63 / 105
おかしい。お愛想で可愛いと言われてただけなのにドキッとするなんて
3
しおりを挟む
ノアは自分の欲に負けた。しかし、世界中のキノコ料理を食せるという希望を手に入れた。
これは勝負に勝って戦いに負けるということなのか。
それとも身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれということなのだろうか。
…… いやそんな、いなせな表現は似つかわしくない。ただ単に食い意地が張っていただけである。
「宮廷内では、身分の低い者から高い者に最初に声をかけてはいけない決まりがあります。ノア様は殿下の婚約者。ですので、ほとんどの参列者から声を掛けられることはございません。しかし、全てを無視するというのは、マナー違反となります。で、これが当日ノア様から声を掛けなければいけない参加者のリストです。あと、こっちが挨拶文です。まぁ何種類か用意しましたが、だいたいの内容は一緒で、要は……─── ノア様、意識を飛ばさないでください」
「…… 無理です」
絶対零度の視線を受けたノアは、頭をぐらつかせながら素直な気持ちを吐露した。
「無理ではないです。たった一晩で高級キノコの名称と成分と形とベストな調理方法を覚えたあなた様なのですから、3日もあれば覚えられるでしょう。さぁ、弱音は夜会後にいくらでも聞きますから、続けますよ」
「……っ」
(夜会終わってから、弱音を吐いてももう遅い!!)
ノアは押し付けられた来場者リストで顔を隠しながら舌打ちした。
興味が無いものを覚えろと言ったって、土台無理な話だ。ウサギにお手を覚えさせるようなもの。無茶ぶりにも程がある。
ちなみに手にしているリストと挨拶の台詞カンペは、シイタケのカサくらいの厚みがある。控え目に言って分厚い。
たった2行の魔法文字の暗記に一か月かかったノアにしたら、必死に覚えようとしたって、来世までかかると豪語できる。
(あー……意識が遠のく)
一度はグレイアスのお叱りで目が覚めたノアではあるが、いつでも宮廷魔術師の室温が快適なのも手伝って、小さくあくびをしてしまう。
「……ノア様、夜会に出ると決めたのは、他でもないあなた自身です。それをお忘れなく」
ふぁーっと息を吐いた瞬間、ぞっとするほど低い声が降ってきて、ノアはリストをぎゅっと握る。
ぐうの音も出ないとは、まさにこのこと。
でも、キノコという狡いカードを出してきたグレイアス先生は、ぶっちゃけ姑息な奴ではないのだろうか。いや、絶対に卑怯者だ。
もちろん最終的に是と頷いたのだから、ノアは夜会のための授業を毎日受けている。もう10日経つが、逃亡なんて一度もしていない。
そして、一度決めたからには、これからも毎日出席する所存だ。
(ただ……これくらいの要望は聞き入れて欲しい)
「グレイアス先生、前向きなお願いがあります」
「内容によりますが……まぁ、良いでしょう。言ってみなさい」
上から目線のグレイアスの物言いにカチンときたノアであるが、それをぐっと押さえてこんな主張をした。
「これからのテキストは、全てキノコに例えた文章にしてください。そうしたら、私、もっと頑張りますから!」
なかなかの折衷案を出したノアではあったが、グレイアス先生からの返事は「善処します」という、ひどく素っ気ないものだった。
これは勝負に勝って戦いに負けるということなのか。
それとも身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれということなのだろうか。
…… いやそんな、いなせな表現は似つかわしくない。ただ単に食い意地が張っていただけである。
「宮廷内では、身分の低い者から高い者に最初に声をかけてはいけない決まりがあります。ノア様は殿下の婚約者。ですので、ほとんどの参列者から声を掛けられることはございません。しかし、全てを無視するというのは、マナー違反となります。で、これが当日ノア様から声を掛けなければいけない参加者のリストです。あと、こっちが挨拶文です。まぁ何種類か用意しましたが、だいたいの内容は一緒で、要は……─── ノア様、意識を飛ばさないでください」
「…… 無理です」
絶対零度の視線を受けたノアは、頭をぐらつかせながら素直な気持ちを吐露した。
「無理ではないです。たった一晩で高級キノコの名称と成分と形とベストな調理方法を覚えたあなた様なのですから、3日もあれば覚えられるでしょう。さぁ、弱音は夜会後にいくらでも聞きますから、続けますよ」
「……っ」
(夜会終わってから、弱音を吐いてももう遅い!!)
ノアは押し付けられた来場者リストで顔を隠しながら舌打ちした。
興味が無いものを覚えろと言ったって、土台無理な話だ。ウサギにお手を覚えさせるようなもの。無茶ぶりにも程がある。
ちなみに手にしているリストと挨拶の台詞カンペは、シイタケのカサくらいの厚みがある。控え目に言って分厚い。
たった2行の魔法文字の暗記に一か月かかったノアにしたら、必死に覚えようとしたって、来世までかかると豪語できる。
(あー……意識が遠のく)
一度はグレイアスのお叱りで目が覚めたノアではあるが、いつでも宮廷魔術師の室温が快適なのも手伝って、小さくあくびをしてしまう。
「……ノア様、夜会に出ると決めたのは、他でもないあなた自身です。それをお忘れなく」
ふぁーっと息を吐いた瞬間、ぞっとするほど低い声が降ってきて、ノアはリストをぎゅっと握る。
ぐうの音も出ないとは、まさにこのこと。
でも、キノコという狡いカードを出してきたグレイアス先生は、ぶっちゃけ姑息な奴ではないのだろうか。いや、絶対に卑怯者だ。
もちろん最終的に是と頷いたのだから、ノアは夜会のための授業を毎日受けている。もう10日経つが、逃亡なんて一度もしていない。
そして、一度決めたからには、これからも毎日出席する所存だ。
(ただ……これくらいの要望は聞き入れて欲しい)
「グレイアス先生、前向きなお願いがあります」
「内容によりますが……まぁ、良いでしょう。言ってみなさい」
上から目線のグレイアスの物言いにカチンときたノアであるが、それをぐっと押さえてこんな主張をした。
「これからのテキストは、全てキノコに例えた文章にしてください。そうしたら、私、もっと頑張りますから!」
なかなかの折衷案を出したノアではあったが、グレイアス先生からの返事は「善処します」という、ひどく素っ気ないものだった。
0
お気に入りに追加
1,780
あなたにおすすめの小説
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
皇帝とおばちゃん姫の恋物語
ひとみん
恋愛
二階堂有里は52歳の主婦。ある日事故に巻き込まれ死んじゃったけど、女神様に拾われある人のお世話係を頼まれ第二の人生を送る事に。
そこは異世界で、年若いアルフォンス皇帝陛下が治めるユリアナ帝国へと降り立つ。
てっきり子供のお世話だと思っていたら、なんとその皇帝陛下のお世話をすることに。
まぁ、異世界での息子と思えば・・・と生活し始めるけれど、周りはただのお世話係とは見てくれない。
女神様に若返らせてもらったけれど、これといって何の能力もない中身はただのおばちゃんの、ほんわか恋愛物語です。
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです
風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。
婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。
そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!?
え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!?
※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。
※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる