盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜

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お仕事のはずなのに、そんな顔であんなことをするのは少し狡いと思う

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(うわぁあああ、なんか自分から抱きついちゃった!)

 ノアは人生で初めて成人した男をぎゅっとしている現実に、なんだか恥ずかしくなって顔が熱くなる。

 でも、これは具合の悪い雇用主こと盲目王子を介抱しているだけだと言い聞かせる。

 だってそうしないと、なんだかいけない場所に踏み込んでしまったような気持ちになってしまうから。

 ただ、こんなふうにアタフタするのは、そもそもアシェルのせいだとノアはちょっとだけムッとする。

(もうっ、私たちはお仕事だけの関係のはずなのに、そんな顔であんなことをするのは少し狡いと思う!)

 そんな主張をしながら今、抱きしめ抱きしめられている相手に八つ当たりをしたくなる。

 だけど口から出た言葉は別のものだった。

「殿下、私は急に居なくなったりはしませんよー」
「……本当に?」
「はい。約束します……って、殿下、苦しいです」

 即答した途端に腕の力を強められるのは、なぜ?とノアは首を傾げる。

 あと、こんなに元気ならもう歩けるんじゃないかとも思ってしまったりもする。

「殿下、そろそろ戻りましょう。お部屋まで案内しますよ」
「……嫌だ」
「えー」

 無理難題をふっかけたつもりはないのに、掠れた声で首を横に振られてしまい、ノアは困惑した声を出すことしかできない。

 だからと言って、今度はアシェルに対してムッとしたりはしない。それがとっても不思議だなとノアは頭の隅でふと思う。

 でも、その小さくて大切な疑問をちゃんと考える前に、ガサッと植え込みが音を立てて揺れた。

「……ノア様、突然ですが残念なお知らせがありますが、お伝えしてもよろしいでしょうか?」

 瞬きする間に消えて、絶妙なタイミングで現れたのはフレシアだった。

 ぶっちゃけ、彼女の登場の方がよっぽど突然のような気がする。

 だが、それに突っ込みを入れる前に、まずは誤解されそうなこの状況をなんとかする方が先決だとノアは思った。けれども───

「ん?この声はフレシアだね。良いよ、言って」

 なぜかアシェルがフレシアに許可を出す。しかもノアを抱きしめたまま。

(え?殿下はこのままで良いの!?)

 ノアとしては、早急に離れるべきだと思う。だがしかし、身じろぎをしても頑丈な腕はピクリとも動かない。

 そしてフレシアは抱き合っている二人なんぞ興味が無いようで、感情を乗せない声で衝撃的なことを告げた。

「では、失礼して───……ノア様、申し訳ございません。実は用意していた馬車に不具合がありまして、本日はどう頑張っても替えの馬車を用意することができません」

(……はぁ?)
「……はぁ?」

 心の中で思ったと同時に、ついそのまま口から出てしまった。

 しかし……まぁ、今回の一時帰宅はグレイアス先生の善意で成り立っているのがほとんどだったので、ノアが言えるのはこれだけだった。

「フレシアさん、わざわざ先回りして馬車を見に行ってくれたんですね。ありがとうございます。あと、殿下……そういうことですので、動けるようになったら」
「うん。動けるようになったよ。ノア、帰ろう」

 ノアの言葉にかぶせるようにそう言ったアシェルに、ノアは「随分タイミングが良いな」と思うべきだった。

 でも、なんかもう疲れてしまったノアは全てを放棄してこくりと頷くと、アシェルの手を取って離宮へと歩き始めた。

 ちなみに今回は、フレシアは消えることなく離宮まで先導してくれた。
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