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二部 自ら誘拐されてあげましたが……何か?
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深い深い海の底にいるような沈黙が続く。
カレンは口をふさがれたまま、ゴクリと唾を呑む。飲み込む仕草も、身体も、震えているのだろう。リュリュが拘束を緩め、アオイは困り顔になった。
「そうか……わかった。では、お前の処遇を告げるとしよう」
剣を動かさず、アルビスは判決を下す。
「この神殿の門を永久に解放しろ」
「ぎ……御意に……」
神殿が持つ唯一無二の権限を、アルビスは、はく奪した。
罪を認め、罰を受け入れたウッヴァは、神殿の守り人として大切なものを失った。項垂れた彼は、とても痛々しい姿だった。
アルビスが剣を収めると同時に、リュリュとアオイは拘束を解いたが、カレンは押し黙ったまま、その場から動けない。ウッヴァにかける言葉が、見つからないのだ。
再び沈黙が落ちる。しばらく部屋は静まり返っていたが、アルビスが沈黙を破った。
「サーバウルは、もともと草原に咲く一輪花だったはずだ。狭い花壇に押し込まれていたら、さぞ息苦しいだろう。帝都には使われていない花壇が幾らでもあるはずだ。そして……金を払ってでも、見る価値はあるだろう。お前の胸にある誇りを、履き違えるな」
そう言って、アルビスは窓を開けた。
夏の夕風が、サーバウルの花の香りを、部屋に届ける。微かに甘く、優しい香りが、沈鬱としていた空気を浄化する。
「ウッヴァよ、この花に向けて、いつでも誇れるよう精進しろ……お前が丹精込めたサーバウルは美しい。歴史に刻まれるほどにな」
言い終えたアルビスは、目を細めて、ふっと微笑んだ。
(そっか。やり直せって、ことか)
門を開けば、出入りが自由になる。その対象は、来訪者だけではなく、神殿の守り人も。
アルビスは、こう言いたかったのだろう。神殿内で抱え込んでいたサーバウルの花を、帝都の花壇に植えろと。来訪を待つだけではなく、自ら動け、もっと足掻け、無駄な垣根を作るなと。
そうすればきっと、研究を続けられるほどの寄付が集められると言っているのだ。
アルビスの意図に気づいたウッヴァは、憑き物が落ちたような顔になる。
「あ……あり、ありがたき、お言葉……ありがとうございます。ありがとうございます」
顔をぐしゃぐしゃにして泣くウッヴァを、アルビスは穏やかに見つめている。冷徹に処罰し、寛大に許す、皇帝陛下の表情で。
汚れていたウッヴァの目に、光が蘇る。アルビスを見上げる瞳は、希望にあふれている。
居心地の悪かった来客室が、威厳と慈愛に満ちた特別な空間に変わった。変えたのは、アルビスだ。
(これが……皇帝陛下の力なんだ)
アルビスには、人を従わせる力と、導く強さがある。
帝国の民は、アルビスに恐怖で支配されているのではなく、アルビスが民を思い導いている。彼が、帝国の道しるべになっている。
政治のことも、歴史のことも、それこそ帝国の端から端まで見て回ったわけじゃない。知識なんて全然足りないし、知らないことのほうがよっぽど多い。
そんなカレンでも、この光景を目にしただけで理解することができた。アルビスは、立派な皇帝なんだと。
しかし心の中は、別の感情に支配されている。
(なんかさぁ、いい感じに終わらせたけどさぁ……私が今、どんな気持ちでいるのかわかってる?)
カレンの脳裏には、あの日の──真っ白な空間で凌辱された記憶が、鮮明に蘇っている。
彼は二度目の行為の最中、ずっと泣いていた。もしかしたら自分が泣いていることにすら気付いていないのかと思うほど、静かに涙を流していた。
アルビスに無理矢理に抱かれ、とても怖かった。痛かったし苦しかったし、神も仏も無いと絶望した。
なのに、なのに……あの時自分は、アルビスに向けて「どうして?」と思ってしまったのだ。
泣きながら自分を抱く彼に、心を向けてしまった事実を忘れてしまいたいと願っても、ずっと心の中に居座っている。
(ねえ、夢くらいみさせてよ)
アルビスは血も涙もない無情な男で、残忍で冷徹で人を人とも思っていない暴君で、自分はそれに囚われた哀れな人間だと思いたい。
己の快楽の為に無理矢理に女性を犯し、壊して、手中に収める男であってほしい。泣き叫ぶ女性を組み敷き、支配欲を満たす、けだもののような男であってほしい。
そんな最低な男の首に、自分は手を回し、力いっぱい締めあげた。
己の行いを正当化したいわけじゃない。あの寒空の下、二度と元の世界には戻れないと言われた瞬間、明確な殺意を持っていたのは間違いない。
身体を傷つけられたことより、自分が生まれ育った大切な世界を、思い出を、未来を、ないがしろにされたことに沸騰するほどの怒りを覚えた。今でもあの時の感情は、消えることなく心の中でくすぶり続けている。
そんな感情を持っていても、この光景は美しい。
でも美しい光景を、心のまま美しいと思うことができない自分が、とても辛かった。
カレンは口をふさがれたまま、ゴクリと唾を呑む。飲み込む仕草も、身体も、震えているのだろう。リュリュが拘束を緩め、アオイは困り顔になった。
「そうか……わかった。では、お前の処遇を告げるとしよう」
剣を動かさず、アルビスは判決を下す。
「この神殿の門を永久に解放しろ」
「ぎ……御意に……」
神殿が持つ唯一無二の権限を、アルビスは、はく奪した。
罪を認め、罰を受け入れたウッヴァは、神殿の守り人として大切なものを失った。項垂れた彼は、とても痛々しい姿だった。
アルビスが剣を収めると同時に、リュリュとアオイは拘束を解いたが、カレンは押し黙ったまま、その場から動けない。ウッヴァにかける言葉が、見つからないのだ。
再び沈黙が落ちる。しばらく部屋は静まり返っていたが、アルビスが沈黙を破った。
「サーバウルは、もともと草原に咲く一輪花だったはずだ。狭い花壇に押し込まれていたら、さぞ息苦しいだろう。帝都には使われていない花壇が幾らでもあるはずだ。そして……金を払ってでも、見る価値はあるだろう。お前の胸にある誇りを、履き違えるな」
そう言って、アルビスは窓を開けた。
夏の夕風が、サーバウルの花の香りを、部屋に届ける。微かに甘く、優しい香りが、沈鬱としていた空気を浄化する。
「ウッヴァよ、この花に向けて、いつでも誇れるよう精進しろ……お前が丹精込めたサーバウルは美しい。歴史に刻まれるほどにな」
言い終えたアルビスは、目を細めて、ふっと微笑んだ。
(そっか。やり直せって、ことか)
門を開けば、出入りが自由になる。その対象は、来訪者だけではなく、神殿の守り人も。
アルビスは、こう言いたかったのだろう。神殿内で抱え込んでいたサーバウルの花を、帝都の花壇に植えろと。来訪を待つだけではなく、自ら動け、もっと足掻け、無駄な垣根を作るなと。
そうすればきっと、研究を続けられるほどの寄付が集められると言っているのだ。
アルビスの意図に気づいたウッヴァは、憑き物が落ちたような顔になる。
「あ……あり、ありがたき、お言葉……ありがとうございます。ありがとうございます」
顔をぐしゃぐしゃにして泣くウッヴァを、アルビスは穏やかに見つめている。冷徹に処罰し、寛大に許す、皇帝陛下の表情で。
汚れていたウッヴァの目に、光が蘇る。アルビスを見上げる瞳は、希望にあふれている。
居心地の悪かった来客室が、威厳と慈愛に満ちた特別な空間に変わった。変えたのは、アルビスだ。
(これが……皇帝陛下の力なんだ)
アルビスには、人を従わせる力と、導く強さがある。
帝国の民は、アルビスに恐怖で支配されているのではなく、アルビスが民を思い導いている。彼が、帝国の道しるべになっている。
政治のことも、歴史のことも、それこそ帝国の端から端まで見て回ったわけじゃない。知識なんて全然足りないし、知らないことのほうがよっぽど多い。
そんなカレンでも、この光景を目にしただけで理解することができた。アルビスは、立派な皇帝なんだと。
しかし心の中は、別の感情に支配されている。
(なんかさぁ、いい感じに終わらせたけどさぁ……私が今、どんな気持ちでいるのかわかってる?)
カレンの脳裏には、あの日の──真っ白な空間で凌辱された記憶が、鮮明に蘇っている。
彼は二度目の行為の最中、ずっと泣いていた。もしかしたら自分が泣いていることにすら気付いていないのかと思うほど、静かに涙を流していた。
アルビスに無理矢理に抱かれ、とても怖かった。痛かったし苦しかったし、神も仏も無いと絶望した。
なのに、なのに……あの時自分は、アルビスに向けて「どうして?」と思ってしまったのだ。
泣きながら自分を抱く彼に、心を向けてしまった事実を忘れてしまいたいと願っても、ずっと心の中に居座っている。
(ねえ、夢くらいみさせてよ)
アルビスは血も涙もない無情な男で、残忍で冷徹で人を人とも思っていない暴君で、自分はそれに囚われた哀れな人間だと思いたい。
己の快楽の為に無理矢理に女性を犯し、壊して、手中に収める男であってほしい。泣き叫ぶ女性を組み敷き、支配欲を満たす、けだもののような男であってほしい。
そんな最低な男の首に、自分は手を回し、力いっぱい締めあげた。
己の行いを正当化したいわけじゃない。あの寒空の下、二度と元の世界には戻れないと言われた瞬間、明確な殺意を持っていたのは間違いない。
身体を傷つけられたことより、自分が生まれ育った大切な世界を、思い出を、未来を、ないがしろにされたことに沸騰するほどの怒りを覚えた。今でもあの時の感情は、消えることなく心の中でくすぶり続けている。
そんな感情を持っていても、この光景は美しい。
でも美しい光景を、心のまま美しいと思うことができない自分が、とても辛かった。
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