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二部 自ら誘拐されてあげましたが……何か?

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 舌打ちしたい感情が暴れるが、カレンはグッと堪えて最後までウッヴァの話を聞くことにする。

「どうしても花を手放したくない思いから、わたくしは首を横に振り続けてしまい……見るに見かねて、後ろ盾になってくださったお方は、聖皇后陛下を自分の代わりに支援者にするよう提案されました。聖皇后陛下に献上した品は、その時、後ろ盾になってくださったお方が、用意してくださったものです」

 自分の予想が当たっても、カレンはぜんぜん嬉しくない。それよりも、元支援者の方が気になる。なんだか、きな臭い。

 ずっとウッヴァの話に耳を傾けていたアルビスも同じ気持ちだったようで、ここで静かに問うた。

「お前の花を求めた元支援者の名はドウェイ家だったはず。あの家門は慈善事業に力を入れている。そのような仕打ちをするとは思えない」
「……あ、そ、その……ドウェイ卿は、今でも支援をしてくださっています。ですが……もう一人、名を伏せて支援をしてくださっておりまして……そのお方こそが」
「本当の支援者だったというわけか。で、その者の名は?」

 ウッヴァは、無言で頷いたまま、カタカタと震えだす。

「そ、それは……名を出してしまえば、神殿は……」
「ウッヴァよ。お前は、誰を前にしてそんなことを言っている?」 
  
 言外に、黙秘は通用しないと、アルビスは警告している。

 それを無視できるはずもなく、ウッヴァは観念した。

「……ナセフ家のご当主……ラリガ様で……ございます」

 その名が出た途端、後ろからカレンを抱きかかえているリュリュが、小さく息を吞んだ。

(え?知り合い??)

 誰?と、カレンが尋ねる前に、気配を消してこちらに近づいたアオイが、こそっと囁く。

「そいつ、シャオエの幼馴染だよ」

 今度は、カレンが息を呑んだ。まさかここで、彼女の名前が出るなんて。

「ラリガは、シャオエにぞっこんだったからね。まぁ、シャオエは使える手足程度にしか思ってなかったけど。きっとラリガは、シャオエを処刑した仕返しに、何か企んでいたんだろうね。門外不出のサーバウルの栽培方法は貴重だから、相当高値で取引されるだろうし、きっとその金で武器を用意して、傭兵を雇って、謀反を起こそうとしたんだろうね。それか……僕みたいな暗殺者を大量に雇う気だったのかも。ははっ、馬鹿だね、あいつ」

 付け足された情報に、胸がザラザラする。

 自分の暗殺を企てたシャオエが斬首され、それを知ったラリガが復讐を計画し、ウッヴァが標的にされ、孤児院はとばっちりを受けた。

 まさに負の連鎖だ。その最たる原因は、召喚された自分にある。

(あの時、私が一本早い電車に乗ろうとしなければ……!)

 召喚したのはアルビスだ。彼を責めればいい。それに、これまでの自分の行動が間違っていたとは思わないし、こっちは被害者なのだから罪悪感を覚える必要なんてない。

 そう頭ではわかっているが、感情は割り切ることができない。

「まさか、変なこと考えてる?言っとくけど、カレン様は何も悪くないよ」

 カレンの心情を読み取ったかのように、アオイは小声で、でも力強く言った。

「シャオエは、やっちゃいけないことをしたんだ。腹を立てるアイツが間違ってる。それに……喧嘩を売る相手は、ちゃんと見極めないと」

 アルビスに視線を向けたアオイは、「王様おっかないからね」と顔をしかめる。
 
 その顔は、畏怖してるというより、苦手な食べ物を目にした子供みたいだった。ついカレンは、小さく笑う。

 そんな二人のやり取りを視界の隅に入れたアルビスは、チラリとカレンに視線を向け、再びウッヴァに目を向けた。

「おおむね事情はわかった。しかし、お前が罪を犯したことには変わらない」

 低く慈悲のない声でそう告げたアルビスは、パチンと指を鳴らす。その音に反応して、床に投げ捨てられていた剣が、吸い寄せられるように彼の手に収まった。

 ぞくりとした。結局、足を痛めても、何も変わっていない現実に、カレンの瞳が凍り付く。

「ま、待って──ん……っ!!」

 咄嗟にウッヴァを庇おうとしたけれど、リュリュは抱きしめる力を強くするし、アオイに口を塞がれてしまった。

 ウッヴァは、もう泣き止んでいる。そして凪いだ目をして、祈るように指を胸のところで組み合わせると、静かに頭を下げた。

 カツンと、また靴音が響き、アルビスはウッヴァの目の前に立つ。

「覚悟はできているな」

 ウッヴァが頷くのと、アルビスが剣を振り上げるのは、ほぼ同時だった。

 無情にも剣が振り下ろされる。ウッヴァは微動だにしない。

(やだ!やだ、やだ、やだ、やだ!!やめて!!お願い!!誰でもいいから止めて!)

 拘束され身動きが取れないカレンは、祈ることしかできない。 

 切っ先は、迷いなくウッヴァの首に狙いを定めている。この部屋が血まみれになるのは、避けられない。

 そう絶望したカレンだが、次の瞬間、目に困惑の色が浮かんだ。

(……え?)

 瞬きを繰り返す。何度、それを繰り返しても、現状は変わらない。

(殺して……ない??)

 ウッヴァの首はつながったままだった。ただ切っ先は、首元ギリギリに添えられている。少しでも動けば、皮膚は切り裂かれてしまうだろう。

 そんな器用な芸当ができることに驚くが、それより剣を中途半端なところで止めたことの方が気になる。

(まさか……一回止めて、やっぱ殺すなんてない……よね?)

 そんな卑劣な真似をされたら、どんな行動に出るのか、カレン自身もわからなかった。
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