皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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二部 自ら誘拐されてあげましたが……何か?

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 アルビスと視線が絡み合う。

 さっきまでの冷徹さはないけれど、彼の怒りは、まだ消えていない。

(臆したら、負けだ)

 カレンは、威嚇するように腕を組む。

「あのさぁ──」
「足は、痛むか?」

 話の腰を折ってまで訊くことか?それ。見ればわかるでしょ。痛いに決まっている。

 そう言い返そうと思ったけれど、脱線するのは目に見えているからやめた。

「あんたが何を聞いて、ここに来たのかは知らない。けど私、この人との話を邪魔されて、メチャクチャ怒ってるんだけど?」
「……話?」
「そう。話をしていたの」

 暗に誘拐されたわけじゃないとアルビスに伝えれば、彼は訝し気な顔をする。

 背に庇っているウッヴァも、戸惑っているのが気配でわかる。
 
(ちょっと!おじさん、ここは乗っかってよ!)

 今からやるのは、真実を変える演技だ。しかもただの男ではなく、帝国では神のような存在に向けて。一つでも、間違えてはいけない。間違えたら、即終わりだ。

「あんた多分、勘違いしてる。それとも、あんたが選んだ人以外、話をするなってこと?もしそうなら、マジで軽蔑する」

 ギロリと睨めば、アルビスは何か言いかけて、口を閉じる。

「それと門限とかも知らない。っていうか、あっても関係ない。そういうことを押し付けないで。迷惑だから」

 キツイ言葉を吐いてはいるが、アルビスがここに来た理由はわかっている。
 
 だけど神殿と皇室の力関係とか、政治のこととかは、何もわかっていない。

 今の自分は、ただの感情だけで動いている。もっと詳しい内情を知っていたら、ウッヴァを庇わないかもしれない。でも、それでもいいと思っている。

「今すぐ帰って」

 カレンの要求に、アルビスは答えない。

 何かに耐えるように、グッと歯を食いしばっている。

「ウッヴァさんとの話が終わったら、私もそっちに行くから」

 説得しているように聞こえるが、ウッヴァとの話を終えるまでは、ここに居続けるとカレンは主張している。

「……それは、できない」

 苦渋の決断をしたような顔をするアルビスに、カレンは舌打ちする。

(丸く収めたいだけなのに!) 

 もう、いいじゃん。と、言えばアルビスは、引いてくれるだろうか。それとも、可愛くおねだりすれば、わかったと言ってくれるだろうか。死んでも嫌だけど。

「ねぇ……殺さないでよ」

 色々と頭の中で考えたけれど、結局、口から出たのは、ストレートな願いだった。

「私もウッヴァさんにイラついたことは認める。ちょっとだけ怖いと思ったのも。でも、今は違う。本当に話をしたいだけなの。ウッヴァさんは、あんたがいると怖がって話ができない。だから、帰って」
 ──お願い。

 最後の言葉は口に出さなかった。でもアルビスは、これが”お願い”であることに気づいたようだ。

「カレン」

 意思のある声で名を呼ばれ、カレンはゴクリと唾をのむ。

 アルビスを怖いとは思わないけれど、ウッヴァを救えないのは恐ろしい。

 次に放たれる言葉はなんだろう。これまでの経験上、望みどおりになる可能性は極めて低い。

 不安から目を逸らしたくなる。でも、逸らしたら負けだという変な意地のおかげで、向き合っていられる。

 アルビスの唇が動く。しかし、声を放ったのは彼ではなく、ウッヴァだった。

「もう……もう、いいのです。おやめください」

 涙声で訴える相手は、どっちなんだろう。そんな疑問を抱えつつ、カレンは振り返る。すぐに、ぎょっとした。

 ウッヴァは子供みたいに泣いていたのだ。目から大粒の涙を流し、鼻水すら出ている。汚い泣き顔だ。でも、醜くはない。

 とはいえ、大の大人が泣いている事態に、カレンはひどく慌てた。慌てすぎて、よろめいて、身体がぐらりと揺れる。

 普段なら、たたらを踏むだけで終わるが、痛めた足のせいで上手くバランスが取れない。これは間違いなく、倒れてしまう。

 何か掴もうと手を伸ばすが、虚しく宙を切る。

 しかし、カレンは転倒しなかった。傾いた身体は、突如現れた何かに阻まれ、そしてグイッと押され、元の姿勢に戻ることができた。

 その何かは、大股で一歩近づいたアルビスだった。

 背を手に回すことも、腕をつかむこともせず、肩だけを使って、カレンの身体を支えたのだ。絶妙な力加減で。

 事情を知らない者からすると、随分と乱暴な扱いに見えただろう。

 でも、これはアルビスにとって、最善のやり方で、それ以外の方法は許されない。触れないという約束を守ろうとした結果だ。

(約束……覚えてるんだ)

 正直、びっくりした。どうせ反故するのだと、思い込んでいた。そういう奴だと思いたかった。

「……すまない」

 助けた側から謝罪を受けて、カレンは唇を噛む。

 こんな時、どんな言葉を返していいのかわからなかった。
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