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二部 不慮の事故として見逃すことにしましたが……何か?
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「この部屋……暑い」
憎むべき相手からの好意は、どうあっても不快でしかない。
ただ弱っている相手に、それをストレートに伝えることができないカレンは、窓辺に立ち、許可なく窓を開ける。
すぐさまレースのカーテンが揺れて、緑の香りがする心地よい風が頬を撫でる。
「……辛いなら、休めばいいのに」
呟いた言葉は、誰に向けてのものじゃない。まかり間違っても、アルビスを労わるものじゃない。なのに──
「そうもいかない」
小さく笑いながら、アルビスは言った。無言で彼に視線を向けて、カレンは息を呑む。
ベッドに横たわる皇帝陛下は、今にも死にそうな顔色なのに、その深紅の瞳だけは力強い光を湛えていた。
そこでアルビスがどんな男をかを改めて、見せつけられる。
この人は、身体の中が自己愛と慢心で満たされている自分しか愛せない愚かな男ではない。そして自分のことにはとことん無頓着で、命なんてこれっぽっちも大事にしたいと思っていない。
帝国の為に生きて、帝国の為に死ぬ。
自分の意思とは無関係に敷かれたレールを淡々と進むだけの男。
それが幸か不幸かなんて考えていない。帝国の為なら、どんな犠牲だって厭わない。まったく関係のない世界で生きてきた人の人生ですら、平気で踏みにじる冷淡さを持っている。
でも、そんな残酷な選択をしたのは、彼が傲慢だからではない。
周りの心無い人達のせいで、そうするしかなかったとも言える。彼だってこの帝国の犠牲となった一人。そしてこの人は、死を恐れていない。いやむしろ、いつでも死を……
(駄目っ。それ以上、考えちゃ駄目!)
足元がぐらぐら揺れる感覚に襲われたカレンは、無理矢理に思考を止める。それから息を整え、真っすぐにアルビスを見た。
「死なせないよ」
湧き上がる感情のまま口にした。
死んでいいよなどと優しい言葉を、アルビスにかけてあげたりなんか絶対にしてあげない。
甘美な死など与えてなんかあげないし、死地を夢見る権利すらこの人には無い。
そんなふうに偉そうなことを思う自分は神様にでもなったようだ。傲慢な自分が嫌になる。でも、復讐しなくちゃいけないと決めたのだ。そうしなくては、私が私でなくなってしまいそうだったから。
あの日、豪華で重い真っ白なウェディングドレスは自分にとって死に装束だった。神聖な祭壇で、自分は1回死んだんだ。そして佳蓮からカレンになった。
(でも……でも……。アルビスがこの帝国の犠牲者であることは間違いない)
遠くからバタバタと複数の足音が聞こえる。きっとシダナとヴァーリだろう。
二人がこの扉を開けたら、アルビスは弱音を吐けない皇帝に戻らなくてはならない。なら、ほんの少しだけ彼に救いを与えよう。
「忘れてあげる」
街を歩いていて懐かしい歌が聞こえてつい口ずさんでしまった。そんなそよ風みたいな声音で伝えた瞬間、彼は知らない言葉を掛けられたように目を丸くした。
「元の世界に戻ったら、全部忘れてあげる──その後、死のうが逃亡しようが、勝手にして」
最後の無情な言葉も、はっきりと声に出して言った。けれど、アルビスからは返事は無かった。
彼は仰向けの状態で手の甲を額に当て目を閉じ、痛みを堪えるように歯を食いしばっていた。
さわさわと木々の枝がしなる音とともに、涼しい風がカーテンを揺らす。アルビスの前髪も風に遊ばれるけれど、彼は微動だにしない。
(最善の方法を提示したつもりだったのに……)
望むリアクションがもらえずカレンが落胆したと同時に、ノックもなく扉が乱暴に開いた。
「陛下!」
「ちょ、大丈夫ですか!?」
血相変えて部屋に飛び込んできたシダナとヴァーリと入れ替わるように、カレンは部屋を後にする。
アルビスが何も言わなかったのは、寝てしまったせいだと自分に言い聞かせて。
憎むべき相手からの好意は、どうあっても不快でしかない。
ただ弱っている相手に、それをストレートに伝えることができないカレンは、窓辺に立ち、許可なく窓を開ける。
すぐさまレースのカーテンが揺れて、緑の香りがする心地よい風が頬を撫でる。
「……辛いなら、休めばいいのに」
呟いた言葉は、誰に向けてのものじゃない。まかり間違っても、アルビスを労わるものじゃない。なのに──
「そうもいかない」
小さく笑いながら、アルビスは言った。無言で彼に視線を向けて、カレンは息を呑む。
ベッドに横たわる皇帝陛下は、今にも死にそうな顔色なのに、その深紅の瞳だけは力強い光を湛えていた。
そこでアルビスがどんな男をかを改めて、見せつけられる。
この人は、身体の中が自己愛と慢心で満たされている自分しか愛せない愚かな男ではない。そして自分のことにはとことん無頓着で、命なんてこれっぽっちも大事にしたいと思っていない。
帝国の為に生きて、帝国の為に死ぬ。
自分の意思とは無関係に敷かれたレールを淡々と進むだけの男。
それが幸か不幸かなんて考えていない。帝国の為なら、どんな犠牲だって厭わない。まったく関係のない世界で生きてきた人の人生ですら、平気で踏みにじる冷淡さを持っている。
でも、そんな残酷な選択をしたのは、彼が傲慢だからではない。
周りの心無い人達のせいで、そうするしかなかったとも言える。彼だってこの帝国の犠牲となった一人。そしてこの人は、死を恐れていない。いやむしろ、いつでも死を……
(駄目っ。それ以上、考えちゃ駄目!)
足元がぐらぐら揺れる感覚に襲われたカレンは、無理矢理に思考を止める。それから息を整え、真っすぐにアルビスを見た。
「死なせないよ」
湧き上がる感情のまま口にした。
死んでいいよなどと優しい言葉を、アルビスにかけてあげたりなんか絶対にしてあげない。
甘美な死など与えてなんかあげないし、死地を夢見る権利すらこの人には無い。
そんなふうに偉そうなことを思う自分は神様にでもなったようだ。傲慢な自分が嫌になる。でも、復讐しなくちゃいけないと決めたのだ。そうしなくては、私が私でなくなってしまいそうだったから。
あの日、豪華で重い真っ白なウェディングドレスは自分にとって死に装束だった。神聖な祭壇で、自分は1回死んだんだ。そして佳蓮からカレンになった。
(でも……でも……。アルビスがこの帝国の犠牲者であることは間違いない)
遠くからバタバタと複数の足音が聞こえる。きっとシダナとヴァーリだろう。
二人がこの扉を開けたら、アルビスは弱音を吐けない皇帝に戻らなくてはならない。なら、ほんの少しだけ彼に救いを与えよう。
「忘れてあげる」
街を歩いていて懐かしい歌が聞こえてつい口ずさんでしまった。そんなそよ風みたいな声音で伝えた瞬間、彼は知らない言葉を掛けられたように目を丸くした。
「元の世界に戻ったら、全部忘れてあげる──その後、死のうが逃亡しようが、勝手にして」
最後の無情な言葉も、はっきりと声に出して言った。けれど、アルビスからは返事は無かった。
彼は仰向けの状態で手の甲を額に当て目を閉じ、痛みを堪えるように歯を食いしばっていた。
さわさわと木々の枝がしなる音とともに、涼しい風がカーテンを揺らす。アルビスの前髪も風に遊ばれるけれど、彼は微動だにしない。
(最善の方法を提示したつもりだったのに……)
望むリアクションがもらえずカレンが落胆したと同時に、ノックもなく扉が乱暴に開いた。
「陛下!」
「ちょ、大丈夫ですか!?」
血相変えて部屋に飛び込んできたシダナとヴァーリと入れ替わるように、カレンは部屋を後にする。
アルビスが何も言わなかったのは、寝てしまったせいだと自分に言い聞かせて。
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