12 / 142
一部 基本無視させていただきますが......何か?
9
しおりを挟む
──コトリ。
リュリュが二人分の湯気の立ったティーカップを置く。続いて佳蓮の前にシュガーポットとハチミツ。ミルクとジャムが入った瓶も素早く並べる。
望んだものはすべて用意したから、これ以上の注文はご勘弁を。そんなリュリュの気持ちがありありと伝わってくる。
ヴァーリとシダナは、ずっと薄気味悪い笑顔を張り付けたままだ。
皺一つない真っ白なテーブルクロスの上には、お茶以外にも果実や焼き菓子。サンドイッチやスコーンといった軽食が並べられている。
どれもこれも美味しいそうだ。でも佳蓮はそれらに手を付けることはせず、お茶に砂糖とミルクをたっぷり入れる。
アルビスといえばテーブルに肘を付き頬杖をついて、佳蓮の仕草を凝視している。まるで会話の糸口を見つけようとしているかのように。
その視線を佳蓮は痛いほど感じている。感じていながらも、気にしていないといった感じでティーカップを持ち上げた。
「無理に飲もうとするな。まだ熱い。火傷をするぞ」
子供じゃないんだから、そんなこといちいち言われなくてもわかってる。つまらないことで私に話しかけないで。ウザいんですけど。
口から出かけた言葉を佳蓮は飲み込んだ。
ムッとした佳蓮の視線を受けても、アルビスが目をそらさなかった。それどころか更に視線を強めて、佳蓮を見つめ続けている。
アルビスの整いすぎた顔からは感情は読み取れない。けれど深紅の瞳は、何かを強く訴えかけるように揺らめいている。息苦しさを覚えるほどに。
(そっか。この人は必死なんだ)
佳蓮は唐突にそう思ったけれど、それだけだった。
だってアルビスが必死に訴えたいことがあるように、佳蓮もアルビスに訴えたいことがある。でもそれは却下され続けている。
そんな状態でアルビスの心情を慮る義理はない。むしろ自分と同じように、もっと困ればいいのにという意地の悪い気持ちすら湧いてくる。
そんな気持ちは口にしていないのに、アルビスは美麗な顔を歪めて佳蓮から視線を逸らした。
(ざまあみろ)
ほんの少し溜飲が下がった佳蓮は、手にしたままのティーカップを今度こそ口元に運んだ。
2口それを飲む。たっぷりと砂糖を入れて甘いはずなのに、どことなく苦い。砂糖一つとっても世界が変わると味が違うのだろうか。
そんなことを考えながら佳蓮がもう一口お茶を飲んだ瞬間、アルビスは頬杖を解き、両手をテーブルに乗せて指を組む。
それから迷いを振りきるように軽く頭を振ると、静かに口を開いた。
「10日後、夜会を開く。カレン、君にも出席してもら──」
カシャン……!
佳蓮は、音を立ててティーカップをソーサーに戻す。もう以上、この男の戯言なんて聞きたくなかった。
あからさまにアルビスの言葉を遮った佳蓮は、再びカップを持ち上げてお茶を啜る。
「カレン、聞いているのか?」
「……」
アルビスが問いかけても、佳蓮は無言を貫く。カップをソーサーに戻すこともしない。
一刻も早くここを去りたい佳蓮は、お茶を飲み切ることだけに集中する。それに気づいたアルビスの相貌が鋭くなった。
「カレン」
ぞっとするほど低い声で名を呼ばれ、カップを持つ佳蓮の手がピタリと止まった。
「……聞こえてはいます」
ぎこちなくカップを下ろしながら返事をした佳蓮に、アルビスは目を細める。血のように赤い瞳は、まるでナイフのようだ。
佳蓮のカップを持つ手が震える。
大っ嫌いで、憎しみの感情をこれでもかというほど向けてやりたいのに、この威圧的な声を聞くとどうしたって委縮してしまう。そんな自分が情けない。
(ズルいし、卑怯だよっ。こんなの弱い者いじめじゃん!)
そんな言葉が喉までせりあがる。でもやっぱり言葉にすることができない。今、自分にできるのはアルビスを視界に入れないようにすることだけ。
顔を真っすぐにして彼と目が合ってしまえば、たちまち自分が怯えていることに気付かれてしまうだろう。
そうすればアルビスはきっとこれから先、事あるごとに威圧的に命令をして、自分を意のままに操るようになるのだろう。想像するだけでも恐ろしい。
(前髪、もっと伸ばしておけばよかった……)
俯き必死に表情を隠す佳蓮に、アルビスは残酷なほど柔らかい口調で言葉をつづける。
「夜会への出席は、お願いではない。命令だ」
「……は?」
あまりの発言に、佳蓮は委縮する気持ちが吹っ飛んだ。
「命令?あんたが……私に?」
「そうだ」
「はっ」
アルビスに即答され、佳蓮は鼻で笑った。すぐさまアルビスの眉間に皺が刻まれる。
(しまった。やり過ぎちゃったっ)
これぞまさしく”覆水盆に返らず”状態。でも謝らなくっちゃいけないことは何もしていない。
だから佳蓮は、一気にお茶を飲みほした。
「ごちそうさまでした」
音を立てて乱暴にティーカップをソーサに戻すと、佳蓮は勢いよく立ち上がる。
そしてドレスの裾を引っ掴むと、温室の外に飛び出した。すぐに侍女であるリュリュも後を追う。
「ちょっ、マジかよ。あのお嬢ちゃんっ。陛下、どうします?呼び戻しますか?」
慌ててヴァーリは、アルビスに指示を仰ぐ。
「いい。離宮まで送れ」
皇帝陛下に命じられたヴァーリは、略式の礼を執ると全速力で佳蓮の後を追った。
リュリュが二人分の湯気の立ったティーカップを置く。続いて佳蓮の前にシュガーポットとハチミツ。ミルクとジャムが入った瓶も素早く並べる。
望んだものはすべて用意したから、これ以上の注文はご勘弁を。そんなリュリュの気持ちがありありと伝わってくる。
ヴァーリとシダナは、ずっと薄気味悪い笑顔を張り付けたままだ。
皺一つない真っ白なテーブルクロスの上には、お茶以外にも果実や焼き菓子。サンドイッチやスコーンといった軽食が並べられている。
どれもこれも美味しいそうだ。でも佳蓮はそれらに手を付けることはせず、お茶に砂糖とミルクをたっぷり入れる。
アルビスといえばテーブルに肘を付き頬杖をついて、佳蓮の仕草を凝視している。まるで会話の糸口を見つけようとしているかのように。
その視線を佳蓮は痛いほど感じている。感じていながらも、気にしていないといった感じでティーカップを持ち上げた。
「無理に飲もうとするな。まだ熱い。火傷をするぞ」
子供じゃないんだから、そんなこといちいち言われなくてもわかってる。つまらないことで私に話しかけないで。ウザいんですけど。
口から出かけた言葉を佳蓮は飲み込んだ。
ムッとした佳蓮の視線を受けても、アルビスが目をそらさなかった。それどころか更に視線を強めて、佳蓮を見つめ続けている。
アルビスの整いすぎた顔からは感情は読み取れない。けれど深紅の瞳は、何かを強く訴えかけるように揺らめいている。息苦しさを覚えるほどに。
(そっか。この人は必死なんだ)
佳蓮は唐突にそう思ったけれど、それだけだった。
だってアルビスが必死に訴えたいことがあるように、佳蓮もアルビスに訴えたいことがある。でもそれは却下され続けている。
そんな状態でアルビスの心情を慮る義理はない。むしろ自分と同じように、もっと困ればいいのにという意地の悪い気持ちすら湧いてくる。
そんな気持ちは口にしていないのに、アルビスは美麗な顔を歪めて佳蓮から視線を逸らした。
(ざまあみろ)
ほんの少し溜飲が下がった佳蓮は、手にしたままのティーカップを今度こそ口元に運んだ。
2口それを飲む。たっぷりと砂糖を入れて甘いはずなのに、どことなく苦い。砂糖一つとっても世界が変わると味が違うのだろうか。
そんなことを考えながら佳蓮がもう一口お茶を飲んだ瞬間、アルビスは頬杖を解き、両手をテーブルに乗せて指を組む。
それから迷いを振りきるように軽く頭を振ると、静かに口を開いた。
「10日後、夜会を開く。カレン、君にも出席してもら──」
カシャン……!
佳蓮は、音を立ててティーカップをソーサーに戻す。もう以上、この男の戯言なんて聞きたくなかった。
あからさまにアルビスの言葉を遮った佳蓮は、再びカップを持ち上げてお茶を啜る。
「カレン、聞いているのか?」
「……」
アルビスが問いかけても、佳蓮は無言を貫く。カップをソーサーに戻すこともしない。
一刻も早くここを去りたい佳蓮は、お茶を飲み切ることだけに集中する。それに気づいたアルビスの相貌が鋭くなった。
「カレン」
ぞっとするほど低い声で名を呼ばれ、カップを持つ佳蓮の手がピタリと止まった。
「……聞こえてはいます」
ぎこちなくカップを下ろしながら返事をした佳蓮に、アルビスは目を細める。血のように赤い瞳は、まるでナイフのようだ。
佳蓮のカップを持つ手が震える。
大っ嫌いで、憎しみの感情をこれでもかというほど向けてやりたいのに、この威圧的な声を聞くとどうしたって委縮してしまう。そんな自分が情けない。
(ズルいし、卑怯だよっ。こんなの弱い者いじめじゃん!)
そんな言葉が喉までせりあがる。でもやっぱり言葉にすることができない。今、自分にできるのはアルビスを視界に入れないようにすることだけ。
顔を真っすぐにして彼と目が合ってしまえば、たちまち自分が怯えていることに気付かれてしまうだろう。
そうすればアルビスはきっとこれから先、事あるごとに威圧的に命令をして、自分を意のままに操るようになるのだろう。想像するだけでも恐ろしい。
(前髪、もっと伸ばしておけばよかった……)
俯き必死に表情を隠す佳蓮に、アルビスは残酷なほど柔らかい口調で言葉をつづける。
「夜会への出席は、お願いではない。命令だ」
「……は?」
あまりの発言に、佳蓮は委縮する気持ちが吹っ飛んだ。
「命令?あんたが……私に?」
「そうだ」
「はっ」
アルビスに即答され、佳蓮は鼻で笑った。すぐさまアルビスの眉間に皺が刻まれる。
(しまった。やり過ぎちゃったっ)
これぞまさしく”覆水盆に返らず”状態。でも謝らなくっちゃいけないことは何もしていない。
だから佳蓮は、一気にお茶を飲みほした。
「ごちそうさまでした」
音を立てて乱暴にティーカップをソーサに戻すと、佳蓮は勢いよく立ち上がる。
そしてドレスの裾を引っ掴むと、温室の外に飛び出した。すぐに侍女であるリュリュも後を追う。
「ちょっ、マジかよ。あのお嬢ちゃんっ。陛下、どうします?呼び戻しますか?」
慌ててヴァーリは、アルビスに指示を仰ぐ。
「いい。離宮まで送れ」
皇帝陛下に命じられたヴァーリは、略式の礼を執ると全速力で佳蓮の後を追った。
83
お気に入りに追加
3,080
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢の立場を捨てたお姫様
羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ
舞踏会
お茶会
正妃になるための勉強
…何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる!
王子なんか知りませんわ!
田舎でのんびり暮らします!
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
「何でも欲しがる妹に、嫌いな婚約者を押し付けてやりましたわ。ざまぁみなさい」という姉の会話を耳にした婚約者と妹の選択
当麻月菜
恋愛
広大な領地を持つ名門貴族のネリム家には、二人の姉妹がいる。
知的で凛とした姉のアンジェラ。ふんわりとした印象を与える愛らしい容姿の妹リリーナ。
二人は社交界の間では美人姉妹と有名で、一見仲睦まじく見える。
でものリリーナは、姉の物をなんでも欲しがる毒妹で、とうとうアンジェラの婚約者セルードまで欲しいと言い出す始末。
そんな妹を内心忌々しく思っていたアンジェラであるが、実はセルードとの婚約は望まぬもの。これは絶好の機会とあっさりリリーナに差し出した。
……という一連の出来事を侍女に面白おかしくアンジェラが語っているのを、リリーナとセルードが運悪く立ち聞きしてーー
とどのつまり、タイトル通りのお話です。
別れを告げたはずの婚約者と、二度目の恋が始まるその時は
当麻月菜
恋愛
好きだった。大好きだった。
でも、もう一緒にはいられない。
父の死を機に没落令嬢となったクラーラ・セランネは、婚約者である次期公爵家当主ヴァルラム・ヒーストンに別れを告げ、王都を去った。
それから3年の月日が経ち──二人は人里離れた研究所で最悪の再会をした。
すれ違った想いを抱えたままクラーラとヴァルラムは、その研究所で上司と部下として共に過ごすことになる。
彼の幸せの為に身を引きたいと間違った方向に頑張るクラーラと、戸惑い傷付きながらも絶対に手放す気が無いヴァルラム。
ただでさえ絡まる二人を更にややこしくするクラーラの妹が登場したり、クラーラの元執事がヴァルラムと火花を散らしたり。
個性的な研究所の先輩たちに冷やかされたり、見守られながら、二人にとって一番良い結末を模索する二度目の恋物語。
※他のサイトでも重複投稿しています。
※過去の作品を大幅に加筆修正して、新しい作品として投稿しています。
※表紙はフリー素材ACの素材を使用しての自作です。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~
柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。
大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。
これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。
※他のサイトにも投稿しています
かつて「お前の力なんぞ不要だっ」と追放された聖女の末裔は、国は救うけれど王子の心までは救えない。
当麻月菜
恋愛
「浄化の力を持つ聖女よ、どうか我が国をお救いください」
「......ねえ、それやったら、私に何か利点があるの?」
聖なる力を持つ姫巫女(略して聖女)の末裔サーシャの前に突如現れ、そんな願いを口にしたのは、見目麗しいプラチナブロンドの髪を持つ王子様だった。
だが、ちょっと待った!!
実はサーシャの曾祖母は「お前のその力なんぞ不要だわっ」と言われ、自国ライボスアの女王に追放された過去を持つ。そしてそのまま国境近くの森の中で、ひっそりとあばら家暮らしを余儀なくされていたりもする。
そんな扱いを受けているサーシャに、どの面下げてそんなことが言えるのだろうか。
......と言っても、腐っても聖女の末裔であるサーシャは、嫌々ながらも王都にて浄化の義を行うことにする。
万物を穢れを払うことができる聖女は、瘴気に侵された国を救うことなど意図も容易いこと。
でも王子のたった一つの願いだけは、叶えることができなかった。
などという重いテーマのお話に思えるけれど、要は(自称)イケメン種馬王子アズレイトが、あまのじゃく聖女を頑張って口説くお話です。
※一話の文字数は少な目ですがマメに更新したいと思いますので、最後までお付き合いいただければ幸いです。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる