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二部 自ら誘拐されてあげましたが……何か?
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知名度皆無のバザーに人を呼ぶためには、宣伝活動は避けて通れない。
今回、このバザーの宣伝部長に就任したのは、まさかのルシフォーネだ。女官長である彼女の発言は、王城内で影響力を持つ。
ルシフォーネが何気なく「聖皇后陛下が孤児院のバザーに出品する菓子を作っている」と話題にすれば、あっという間にメイド達に広がり、その後は友人知人にと口コミで広がっていく。
無論、ただでは引き受けてくれなかった。次回の夜会参加が条件だ。所持金ゼロで聖皇后の権力をなるべく使いたくないカレンは、渋々要求を呑んだ。
そんな身を削る取引をしたけれど、まだ不安要素が残っている。
それは、目の前にいる男──ウッヴァである。
彼は懲りずに孤児院の前でカレン達を待ち伏せして、顔を見るなりこう言った。
「聖皇后陛下、いい加減、目を覚ましてくださいませ」
随分な物言いに、アオイはまたウッヴァを転ばそうと張り切り、リュリュはウッヴァの肉を削ごうと剣を取り出した。
それを制した自分を褒めてあげたいと思いながら、カレンはしっかりとウッヴァを見据えて口を開いた。
「ねえ、私に何か言いたいことでもあるの?」
「もちろんございます」
食い気味に返してきたウッヴァに「ちょっとは謙遜しなよ!」と心の中で悪態を吐きながら、カレンは誘拐されてやった。
そりゃあ、何をされるのだろうと、ちょっとは怖かった。でも、ウッヴァたちが強硬手段に出て、孤児院がひどい目に合うのは耐えられない。だから手っ取り早く、誘拐されてあげた。
でも、要求を呑むのはそこまで。己の思惑通りなんて絶対にいかないことを知ればいい。
*
生まれてこの方、ジャンクフードしか食べてないの?と思わせるふくよかな体形に、人を値踏みするような目付き。
控え目に言って関りを持ちたくない相手なのに、なぜか微かな親近感がある。
(そっか。古文の先生に似てるんだ)
授業中、教科書の内容からしょっちゅう話が脱線するくせに、雑談が壊滅的に面白くなかった。しかもチャイムが鳴っても、喋り続ける始末。
古文は好きだったけれど、あの先生のことは苦手だった。
特に4時限目に当たった時は最悪だった。購買のパンは早い者勝ちなのに、いつも出遅れてしまう。
人気のコロッケパンはもちろんのこと、惣菜系のパンはことごとく完売で、ジャムパンと中身のないコッペパンしか残されていなかった。
何度「もう先生、職員室に戻って!」と叫びたくなっただろうか。あの恨みは忘れない。元の世界に戻ったら、絶対に教室から追い出してやる。
そんなふうに息巻くカレンは、誘拐後、神殿の一室に通された。
おそらく上位の客をもてなす部屋だろう。至る所に煌びやかな装飾品が飾られているが、カーテンを閉め切っているので薄暗い。
(今、何時かな?)
こんなに長く城の外にいるのは初めてで、カレンはちょっとソワソワしてしまう。
一方、ウッヴァはカレンのことを「救世主」と呼びながら、的を得ない話をベラベラしている。
「──と、いうわけで、ようやっとこちらにお越しいただいて嬉しゅうございます。聖皇后陛下」
ほとんど話を聞いていなかったが、聞き捨てならない台詞に、意識が強制的にウッヴァに向く。
(は?好き好んで来たわけじゃないし)
反論しようとしたカレンだが、ウッヴァはその時間を与えず言葉を続ける。
「さっそくですが本題に入りましょうか。我々も、貴方様をこんな狭いところに押し込めるのは、心苦しいですから。……ああ、その前にお茶でも淹れましょう。わたくしとしたことが、うっかりしてました」
「要らないし、飲まないから」
喰い気味に断わったのに、ウッヴァは無視して、入口扉に待機している神官にお茶を用意するよう命じる。
「……なら、聞かないでよ」
つい、ぼやいてしまったカレンに気づいても、ウッヴァは動じない。
「これまでわたくしたちは、聖皇后陛下が自ら気付いてくださるのをずっと待ってました。しかし、聖皇后陛下におかれましては、正しい道を歩むどころか、間違った道を歩み始めてしまいました。ああ、いえいえ、聖皇后陛下の過ちだとは言っておりません。正しき道を示すのは、我らの使命ですから。お気になさらず」
「……は?」
「おやおや、少し難しいお話に感じてしまわれましたか?大丈夫でございます。神の祝福を受けた聖皇后陛下に与えられた使命を、わたくしがわかりやすくお伝えさせていただきます」
「……はぁ」
流暢に語るウッヴァに、カレンは間抜けな返事しかできない。
だって、本当に何を言いたいのかわからないのだ。
「じゃあ、その使命って……何?」
このままウッヴァの話を聞いていたら、ひどい頭痛に襲われそうだ。
一刻も早く話を黙らせたいカレンは、ウッヴァに続きを促した。すぐさまウッヴァは、オホンともったいぶった咳をした。
「えー、つまりですね、聖皇后陛下の使命というのは、かつての栄光を取り戻すこと。遥か昔……もはや伝説となってしまった聖皇帝を復活させたのと同じように、神殿にも再び光を当てる使命があるのです。かつて、人々の救いの場であったここを、蘇らせるのです」
要は、金と名声を得る協力をしろ。
なんだかんだいって、見た目は神に仕える聖職者だけど、中身は俗世を捨てきれていない。
まるで、元の世界で汚職を繰り返す腐れ政治家のようだ。そういうところだけは世界が変わっても同じ。
知りたくもないことを知ってしまい、カレンは心の底からうんざりした。
今回、このバザーの宣伝部長に就任したのは、まさかのルシフォーネだ。女官長である彼女の発言は、王城内で影響力を持つ。
ルシフォーネが何気なく「聖皇后陛下が孤児院のバザーに出品する菓子を作っている」と話題にすれば、あっという間にメイド達に広がり、その後は友人知人にと口コミで広がっていく。
無論、ただでは引き受けてくれなかった。次回の夜会参加が条件だ。所持金ゼロで聖皇后の権力をなるべく使いたくないカレンは、渋々要求を呑んだ。
そんな身を削る取引をしたけれど、まだ不安要素が残っている。
それは、目の前にいる男──ウッヴァである。
彼は懲りずに孤児院の前でカレン達を待ち伏せして、顔を見るなりこう言った。
「聖皇后陛下、いい加減、目を覚ましてくださいませ」
随分な物言いに、アオイはまたウッヴァを転ばそうと張り切り、リュリュはウッヴァの肉を削ごうと剣を取り出した。
それを制した自分を褒めてあげたいと思いながら、カレンはしっかりとウッヴァを見据えて口を開いた。
「ねえ、私に何か言いたいことでもあるの?」
「もちろんございます」
食い気味に返してきたウッヴァに「ちょっとは謙遜しなよ!」と心の中で悪態を吐きながら、カレンは誘拐されてやった。
そりゃあ、何をされるのだろうと、ちょっとは怖かった。でも、ウッヴァたちが強硬手段に出て、孤児院がひどい目に合うのは耐えられない。だから手っ取り早く、誘拐されてあげた。
でも、要求を呑むのはそこまで。己の思惑通りなんて絶対にいかないことを知ればいい。
*
生まれてこの方、ジャンクフードしか食べてないの?と思わせるふくよかな体形に、人を値踏みするような目付き。
控え目に言って関りを持ちたくない相手なのに、なぜか微かな親近感がある。
(そっか。古文の先生に似てるんだ)
授業中、教科書の内容からしょっちゅう話が脱線するくせに、雑談が壊滅的に面白くなかった。しかもチャイムが鳴っても、喋り続ける始末。
古文は好きだったけれど、あの先生のことは苦手だった。
特に4時限目に当たった時は最悪だった。購買のパンは早い者勝ちなのに、いつも出遅れてしまう。
人気のコロッケパンはもちろんのこと、惣菜系のパンはことごとく完売で、ジャムパンと中身のないコッペパンしか残されていなかった。
何度「もう先生、職員室に戻って!」と叫びたくなっただろうか。あの恨みは忘れない。元の世界に戻ったら、絶対に教室から追い出してやる。
そんなふうに息巻くカレンは、誘拐後、神殿の一室に通された。
おそらく上位の客をもてなす部屋だろう。至る所に煌びやかな装飾品が飾られているが、カーテンを閉め切っているので薄暗い。
(今、何時かな?)
こんなに長く城の外にいるのは初めてで、カレンはちょっとソワソワしてしまう。
一方、ウッヴァはカレンのことを「救世主」と呼びながら、的を得ない話をベラベラしている。
「──と、いうわけで、ようやっとこちらにお越しいただいて嬉しゅうございます。聖皇后陛下」
ほとんど話を聞いていなかったが、聞き捨てならない台詞に、意識が強制的にウッヴァに向く。
(は?好き好んで来たわけじゃないし)
反論しようとしたカレンだが、ウッヴァはその時間を与えず言葉を続ける。
「さっそくですが本題に入りましょうか。我々も、貴方様をこんな狭いところに押し込めるのは、心苦しいですから。……ああ、その前にお茶でも淹れましょう。わたくしとしたことが、うっかりしてました」
「要らないし、飲まないから」
喰い気味に断わったのに、ウッヴァは無視して、入口扉に待機している神官にお茶を用意するよう命じる。
「……なら、聞かないでよ」
つい、ぼやいてしまったカレンに気づいても、ウッヴァは動じない。
「これまでわたくしたちは、聖皇后陛下が自ら気付いてくださるのをずっと待ってました。しかし、聖皇后陛下におかれましては、正しい道を歩むどころか、間違った道を歩み始めてしまいました。ああ、いえいえ、聖皇后陛下の過ちだとは言っておりません。正しき道を示すのは、我らの使命ですから。お気になさらず」
「……は?」
「おやおや、少し難しいお話に感じてしまわれましたか?大丈夫でございます。神の祝福を受けた聖皇后陛下に与えられた使命を、わたくしがわかりやすくお伝えさせていただきます」
「……はぁ」
流暢に語るウッヴァに、カレンは間抜けな返事しかできない。
だって、本当に何を言いたいのかわからないのだ。
「じゃあ、その使命って……何?」
このままウッヴァの話を聞いていたら、ひどい頭痛に襲われそうだ。
一刻も早く話を黙らせたいカレンは、ウッヴァに続きを促した。すぐさまウッヴァは、オホンともったいぶった咳をした。
「えー、つまりですね、聖皇后陛下の使命というのは、かつての栄光を取り戻すこと。遥か昔……もはや伝説となってしまった聖皇帝を復活させたのと同じように、神殿にも再び光を当てる使命があるのです。かつて、人々の救いの場であったここを、蘇らせるのです」
要は、金と名声を得る協力をしろ。
なんだかんだいって、見た目は神に仕える聖職者だけど、中身は俗世を捨てきれていない。
まるで、元の世界で汚職を繰り返す腐れ政治家のようだ。そういうところだけは世界が変わっても同じ。
知りたくもないことを知ってしまい、カレンは心の底からうんざりした。
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