上 下
122 / 142
二部 ささやかな反抗をしますが……何か?

8

しおりを挟む
 第一回孤児院救済会議から10日後。

 今日も今日とてカレンは、城内の神殿で祈りを捧げている。

 しかしここ最近、デフォルトになった元の世界に戻りたいという願いの他に、もう一つお願うことがある。

「……神様お願いです。どうか試作品が上手に作れますように。あと、当日のバザーが成功しますように。完売してくれますように」

 祭壇の前で膝を付いて祈るカレンの表情は、鬼気迫るものがある。
 
 なぜなら今日は、バザーに出す予定の”りんご飴ならぬフルーツ飴”の試作をするからだ。

 孤児院とやり取りをしたり、材料を手配したりと思いのほか時間がかかってしまったため、バザーまで一ケ月を切っている。万が一不評でも、もう一度メニューを考えるのは、時間的に厳しい。

 もちろん、文化祭準備では最後まで候補に残っていたメニューだし、自宅で練習も嫌というほどしたから、しばらくキッチンに立っていなかったとはいえ失敗しない自信はある。

 それにフルーツ飴は、リュリュに頼んで他の王宮内のメイド達にも調査したところ、やっぱりこの世界では馴染みがないそうだ。

 コツさえ掴めば誰でも簡単に作れて、美味しく、見栄えも良い。運が良ければフルーツ飴は、革命的な菓子になるだろう。

 けれどやっぱりここは、異世界。受け入れられるかはやってみなければわからないから、カレンは最終手段の神頼みをしている。

「ま、とにかく神様。これぐらいは手を貸してよね……ってことで、行くとするか」

 1周まわって神様を脅して祈りを終えたカレンは、よいしょと立ち上がると出口扉に立っているリュリュに視線を向ける。

 すぐさまリュリュは心得たように頷き、扉を開けてくれた。     
  
 扉を出て厨房に向かうカレンは、文化祭の準備が始まる前に担任が言っていた言葉をふと思い出す。

『いいか、お前ら。文化祭の準備はお前らが自由にやっていいぞ。どんな店でも展示でも好きにやれ。先生がゴリ押しして絶対にやらしてやる。ただし自由と責任は背中合わせだ。そのことを忘れるなよ』

 あの時は、新婚の担任が手を抜きたいからだと、クラスの皆は冷やかした。

 でも今になって担任の言葉が、とても重いものだったのかよくわかる。

 自由とは何か。辞書には他からの強制や支配などを受けないで、自らの意思や本性に従うこと、と書いてある。哲学っぽい言い方をするなら、自由とは人間的欲望の本質。

 カレンは、自由とは責任行動だと思っている。行動により生じた結果は、本人が引き受けるべき。やりたいようにする以上、誰のせいにしてもいけない。

「頑張らなくっちゃ」

 城内は広く、使われていない調理場あるらしい。今日は、そこを使わせてもらう。既にアオイは調理場にいるのだろうか。

 一応側室ということになっているアオイが、他の側室に意地悪されていないか心配だけれど、彼ならきっと要領良くかわしてくれるだろう。

「リュリュさん、神殿で時間を食っちゃったから急ごう。アオイを待たせるの、悪いし」
「かしこまりました。ですが、そう慌てなくても大丈夫かと……」
「え?なんで?」

 キョトンとするカレンの頭上に、馴染みのある声が降ってきた。

「遅いから迎えにきたよーカレン様」
「あ、アオイ。おはよ」

 高い木の枝の隙間から顔を覗かせたアオイは、そのままぴょんと飛び降りて、難なく着地を決めた。

「すごいね」
「あははっ。ありがとう、カレン様。こんなことで褒められるとは思わなかったけどさ」
「褒めてないよ。っていうか危ないから、もうそんなことしちゃ駄目だよ」
「ん、じゃあカレン様がいるところではもうやらない」
「えー、そういうことじゃなくってさー」

 そんな軽口を交わしながら三人そろって調理場に向かっていたけれど、突然アオイが足を止めた。

「それにしてもカレン様は信仰心熱いよねー。毎日神殿に来るんだもん」

 あっけらかんと笑って神殿をチラ見するアオイは、カレンが毎日毎日飽きもせず元の世界に戻りたいと祈っていることを知らない。

 無論、カレンとてそれを伝える気は無い。でも勘違いされたままでいるのは癪に障る。

「あのね、私が毎日お祈りをしているのは、別に信仰心があるからじゃないよ」

 謙遜ではなく強い拒絶を感じたアオイは、不思議そうな顔をする。

「じゃあ、なんで毎日あそこに?」
「それは……」

 なんとなくとか、暇だから。そんな曖昧な言葉が舌から滑り落ちそうになったけれど、それを噛み砕いてカレンは沈黙する。

 アオイに全部を伝えることはできない。でも、嘘は吐きたくない。

 そんな気持ちからカレンは本心を口にすることにした。

「私が神様に祈るのは、怖いからだよ」
「怖い?」
「そう。怖いから。あと後悔したくないから、毎日ここに来るの」

 アオイから目を逸らさず、カレンはそう言った。

 奇麗事や正論しか言わない神様や天使にも是非聞いて欲しいと願いながら、更に言葉を重ねる。

「あのね、この世界に来てから私、たくさん神様に祈ったの。でもねどれだけ祈っても神様は一度だって自分の味方をしてくれることはなかったんだ。……それでも毎日、祈り続けるのは、あの時ちゃんとお祈りしとけばよかったなって後悔したくないから、ここに来てるだけなんだ」
「じゃあカレン様にとって神様って悪魔に近いってこと?」

 痛いところを突いたアオイの発言に、カレンは笑おうとして失敗した。頬が歪むのがわかる。

「そうかもね」

 せめて、声が震えていませんように。

 カレンは怖い怖い神様に祈りながら、止まっていた足を動かし始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

「何でも欲しがる妹に、嫌いな婚約者を押し付けてやりましたわ。ざまぁみなさい」という姉の会話を耳にした婚約者と妹の選択

当麻月菜
恋愛
広大な領地を持つ名門貴族のネリム家には、二人の姉妹がいる。 知的で凛とした姉のアンジェラ。ふんわりとした印象を与える愛らしい容姿の妹リリーナ。 二人は社交界の間では美人姉妹と有名で、一見仲睦まじく見える。 でものリリーナは、姉の物をなんでも欲しがる毒妹で、とうとうアンジェラの婚約者セルードまで欲しいと言い出す始末。 そんな妹を内心忌々しく思っていたアンジェラであるが、実はセルードとの婚約は望まぬもの。これは絶好の機会とあっさりリリーナに差し出した。 ……という一連の出来事を侍女に面白おかしくアンジェラが語っているのを、リリーナとセルードが運悪く立ち聞きしてーー とどのつまり、タイトル通りのお話です。

別れを告げたはずの婚約者と、二度目の恋が始まるその時は

当麻月菜
恋愛
好きだった。大好きだった。 でも、もう一緒にはいられない。 父の死を機に没落令嬢となったクラーラ・セランネは、婚約者である次期公爵家当主ヴァルラム・ヒーストンに別れを告げ、王都を去った。 それから3年の月日が経ち──二人は人里離れた研究所で最悪の再会をした。 すれ違った想いを抱えたままクラーラとヴァルラムは、その研究所で上司と部下として共に過ごすことになる。 彼の幸せの為に身を引きたいと間違った方向に頑張るクラーラと、戸惑い傷付きながらも絶対に手放す気が無いヴァルラム。 ただでさえ絡まる二人を更にややこしくするクラーラの妹が登場したり、クラーラの元執事がヴァルラムと火花を散らしたり。 個性的な研究所の先輩たちに冷やかされたり、見守られながら、二人にとって一番良い結末を模索する二度目の恋物語。 ※他のサイトでも重複投稿しています。 ※過去の作品を大幅に加筆修正して、新しい作品として投稿しています。 ※表紙はフリー素材ACの素材を使用しての自作です。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~

柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。 大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。 これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。 ※他のサイトにも投稿しています

かつて「お前の力なんぞ不要だっ」と追放された聖女の末裔は、国は救うけれど王子の心までは救えない。

当麻月菜
恋愛
「浄化の力を持つ聖女よ、どうか我が国をお救いください」 「......ねえ、それやったら、私に何か利点があるの?」  聖なる力を持つ姫巫女(略して聖女)の末裔サーシャの前に突如現れ、そんな願いを口にしたのは、見目麗しいプラチナブロンドの髪を持つ王子様だった。  だが、ちょっと待った!!  実はサーシャの曾祖母は「お前のその力なんぞ不要だわっ」と言われ、自国ライボスアの女王に追放された過去を持つ。そしてそのまま国境近くの森の中で、ひっそりとあばら家暮らしを余儀なくされていたりもする。  そんな扱いを受けているサーシャに、どの面下げてそんなことが言えるのだろうか。  ......と言っても、腐っても聖女の末裔であるサーシャは、嫌々ながらも王都にて浄化の義を行うことにする。  万物を穢れを払うことができる聖女は、瘴気に侵された国を救うことなど意図も容易いこと。  でも王子のたった一つの願いだけは、叶えることができなかった。  などという重いテーマのお話に思えるけれど、要は(自称)イケメン種馬王子アズレイトが、あまのじゃく聖女を頑張って口説くお話です。 ※一話の文字数は少な目ですがマメに更新したいと思いますので、最後までお付き合いいただければ幸いです。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

処理中です...