皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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二部 ささやかな反抗をしますが……何か?

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 陽はすっかり西に傾き、少し開けた窓から涼しい風が入り込みカーテンを揺らす。ひらりひらりと、カーテンの隙間から見え隠れするオレンジ色の雲は、焦げてしまいそうだ。

 窓から差し込む夕日が、三人の影を長く伸ばす。一つの影が揺れたと同時に、少し緊張した声が部屋に響いた。

「低予算でパッと人の目を引いて思わず買いたくなるもので、孤児院でしか買えない希少価値のあるものかぁ──ねえ、なにかある?」
「申し訳ありません。今すぐには思いつきません」
「ないねー。ごめん、カレン様」
「だよね。私も思いつかない」

 急遽始まった孤児院救済会議は、開始5分で暗礁に乗り上げてしまった。 

「っていうか、二人に聞きたいんだけど……今更だけど、孤児院のバザーって何をやるの?」

 見方を変えればいいアイデアが思い浮かぶかもという魂胆から尋ねたけれど、返ってきた内容は元の世界とほぼ同じものだった。

 ロタ曰く、あの孤児院は定期的に……いやむしろ、他の孤児院と比べたら格段に多い回数で、バザーを開いているらしい。

 それでも貧困から抜け出せないなら、これまでとは違うやり方をしたほうがいい。

「ううーん……ならイベントちっくな感じで、騒がしくして集客を狙ってみよっか。ねえ、二人とも何か特技とかある?歌とか踊りとか。楽器なんかもできると嬉しいな」
「申し訳ありません……わたくしは芸術面においては、全面的に才能がございません」
「僕も同じ。暗殺と変装なら得意なんだけど、それって流石に人前で披露するのはヤバいよね?」
「うん。超ヤバいね。一生禁止。ってか、私も特技なんてないなぁ」

 あーあ、と溜息を吐いてカレンは頬杖をつく。

 部活は入学当初からずっと茶道部に在籍していたけれど、人数合わせで入部しただけ。茶の味もわからなければ、点れ方もわからない。

 こんなことなら、少しは部室に顔を出していれば良かったと後悔したが、どんなに熱心に部活動をしていても、この世界の人達に茶道の心を説けるはずもない。

 ただその回想のおかげで、カレンの思考が切り替わる。

 孤児院が主催するバザーは、子供たちの手作り品の販売と歌の披露がメインだ。あと限りなくゼロに近い支援者達が寄付する刺繍や小物類。

 唯一違うのは、中古品は取り扱わないということ。見栄を張っているのだろうか。それとも、そもそもリサイクルという概念がないのかわからない。

 それにしても……集客についてアレコレ考えるなんて、まるで元の世界の文化祭の準備をしてるみたいだなと、カレンは思う。

 クラスの皆で案を出し合って決めたお化けメイド喫茶は、人気投票で一位になれただろうか。パンケーキは好評だっただろうか。

 お化け役の男子が吸血鬼がいいと騒いでいたけれど、女子に反対されていた。結局どんなお化けになったのだろうか。

(私も、参加したかったな)

 趣味が節約レシピを作ることだったから、メニューを決める時はリーダー役だった。思いついたまま色々作った試作品は、どれも美味しいと言って食べてくれた。

 そう。悩んだところである日突然、特別な力なんて与えられたりなんかしない。結局、自分の武器になるのは長年積み重ねた経験でしかないのだ。

「タピオカの作り方……覚えておけば良かったな」
「は?なあに、それ」

 するりと零れた呟きに、ロタは首を傾げた。

「芋のでんぷんを固めて作ったスウィーツなの。私の世界ではずいぶん長く人気だったんだ。文化祭の時も模擬店やるクラスは抽選だったの」
「へー。で、文化祭って何?」
「あ、えっと……学校行事なんだけどね、色んな発表会があったり、生徒がお店を出して、来てくれた人におもてなしをしたりするお祭りみたいなやつ」
「ふぅーん。なんか楽しそうだね」
「うん。すごく楽しいの!文化祭の最後は、表彰式の後、校庭で花火をあげるんだ。それがとっても奇麗で……」
 ──お母さんに見て欲しかった。

 最後の言葉を、カレンは飲み込んだ。

 カレンの母親の母校でもあった高校は高台にあって、自宅からでも母親が働く病院からでも花火を見ることができた。

 毎年、看護師で思うように休みを取れない母親でも花火だけは見てくれた。そして「お疲れ。今年も頑張ったね」とカサついた手で頭を撫でてくれた。

 あの時──文化祭の準備をしている時は、今年もそうしてくれるだろうと何の疑問も持たずに楽しみにしていた。

 でもそれはタラレバだった。未来なんて誰にもわからない。当たり前の日常がどれだけ尊いものか、身をもって知った。 

 ふいに襲われた寂しさから、カレンが言葉を止めると、沈黙が落ちる。

 同じテーブルに着いている二人は、なんとなく察してくれたが、切なさに身を任せるのは一人になってからにしよう。

 そんなカレンの気持ちに気付いたのか、ロタはこの空気を変えようと場違いなほど明るい声を出した。

「それにしてもカレン様の世界って、不思議だよね。学ぶために行ってるアカデミーで、わざわざ労働者の真似事をするなんて……マジ変わってるね」

 最後にしみじみと呟いたロタを見て、カレンは唖然とする。

(マジ変わってる、か)

 元の世界では当たり前だったことでも、異世界の人からするとそんなにも不可思議に思えることなのか。

「そっか……そうなんだね」

 ロタと再会できたことに喜んだのも束の間、また孤独を感じてしまう。でもそれは仕方が無いことなんだと、カレンは無理矢理割り切ることにした。
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