118 / 142
二部 ささやかな反抗をしますが……何か?
4
しおりを挟む
陽はすっかり西に傾き、少し開けた窓から涼しい風が入り込みカーテンを揺らす。ひらりひらりと、カーテンの隙間から見え隠れするオレンジ色の雲は、焦げてしまいそうだ。
窓から差し込む夕日が、三人の影を長く伸ばす。一つの影が揺れたと同時に、少し緊張した声が部屋に響いた。
「低予算でパッと人の目を引いて思わず買いたくなるもので、孤児院でしか買えない希少価値のあるものかぁ──ねえ、なにかある?」
「申し訳ありません。今すぐには思いつきません」
「ないねー。ごめん、カレン様」
「だよね。私も思いつかない」
急遽始まった孤児院救済会議は、開始5分で暗礁に乗り上げてしまった。
「っていうか、二人に聞きたいんだけど……今更だけど、孤児院のバザーって何をやるの?」
見方を変えればいいアイデアが思い浮かぶかもという魂胆から尋ねたけれど、返ってきた内容は元の世界とほぼ同じものだった。
ロタ曰く、あの孤児院は定期的に……いやむしろ、他の孤児院と比べたら格段に多い回数で、バザーを開いているらしい。
それでも貧困から抜け出せないなら、これまでとは違うやり方をしたほうがいい。
「ううーん……ならイベントちっくな感じで、騒がしくして集客を狙ってみよっか。ねえ、二人とも何か特技とかある?歌とか踊りとか。楽器なんかもできると嬉しいな」
「申し訳ありません……わたくしは芸術面においては、全面的に才能がございません」
「僕も同じ。暗殺と変装なら得意なんだけど、それって流石に人前で披露するのはヤバいよね?」
「うん。超ヤバいね。一生禁止。ってか、私も特技なんてないなぁ」
あーあ、と溜息を吐いてカレンは頬杖をつく。
部活は入学当初からずっと茶道部に在籍していたけれど、人数合わせで入部しただけ。茶の味もわからなければ、点れ方もわからない。
こんなことなら、少しは部室に顔を出していれば良かったと後悔したが、どんなに熱心に部活動をしていても、この世界の人達に茶道の心を説けるはずもない。
ただその回想のおかげで、カレンの思考が切り替わる。
孤児院が主催するバザーは、子供たちの手作り品の販売と歌の披露がメインだ。あと限りなくゼロに近い支援者達が寄付する刺繍や小物類。
唯一違うのは、中古品は取り扱わないということ。見栄を張っているのだろうか。それとも、そもそもリサイクルという概念がないのかわからない。
それにしても……集客についてアレコレ考えるなんて、まるで元の世界の文化祭の準備をしてるみたいだなと、カレンは思う。
クラスの皆で案を出し合って決めたお化けメイド喫茶は、人気投票で一位になれただろうか。パンケーキは好評だっただろうか。
お化け役の男子が吸血鬼がいいと騒いでいたけれど、女子に反対されていた。結局どんなお化けになったのだろうか。
(私も、参加したかったな)
趣味が節約レシピを作ることだったから、メニューを決める時はリーダー役だった。思いついたまま色々作った試作品は、どれも美味しいと言って食べてくれた。
そう。悩んだところである日突然、特別な力なんて与えられたりなんかしない。結局、自分の武器になるのは長年積み重ねた経験でしかないのだ。
「タピオカの作り方……覚えておけば良かったな」
「は?なあに、それ」
するりと零れた呟きに、ロタは首を傾げた。
「芋のでんぷんを固めて作ったスウィーツなの。私の世界ではずいぶん長く人気だったんだ。文化祭の時も模擬店やるクラスは抽選だったの」
「へー。で、文化祭って何?」
「あ、えっと……学校行事なんだけどね、色んな発表会があったり、生徒がお店を出して、来てくれた人におもてなしをしたりするお祭りみたいなやつ」
「ふぅーん。なんか楽しそうだね」
「うん。すごく楽しいの!文化祭の最後は、表彰式の後、校庭で花火をあげるんだ。それがとっても奇麗で……」
──お母さんに見て欲しかった。
最後の言葉を、カレンは飲み込んだ。
カレンの母親の母校でもあった高校は高台にあって、自宅からでも母親が働く病院からでも花火を見ることができた。
毎年、看護師で思うように休みを取れない母親でも花火だけは見てくれた。そして「お疲れ。今年も頑張ったね」とカサついた手で頭を撫でてくれた。
あの時──文化祭の準備をしている時は、今年もそうしてくれるだろうと何の疑問も持たずに楽しみにしていた。
でもそれはタラレバだった。未来なんて誰にもわからない。当たり前の日常がどれだけ尊いものか、身をもって知った。
ふいに襲われた寂しさから、カレンが言葉を止めると、沈黙が落ちる。
同じテーブルに着いている二人は、なんとなく察してくれたが、切なさに身を任せるのは一人になってからにしよう。
そんなカレンの気持ちに気付いたのか、ロタはこの空気を変えようと場違いなほど明るい声を出した。
「それにしてもカレン様の世界って、不思議だよね。学ぶために行ってるアカデミーで、わざわざ労働者の真似事をするなんて……マジ変わってるね」
最後にしみじみと呟いたロタを見て、カレンは唖然とする。
(マジ変わってる、か)
元の世界では当たり前だったことでも、異世界の人からするとそんなにも不可思議に思えることなのか。
「そっか……そうなんだね」
ロタと再会できたことに喜んだのも束の間、また孤独を感じてしまう。でもそれは仕方が無いことなんだと、カレンは無理矢理割り切ることにした。
窓から差し込む夕日が、三人の影を長く伸ばす。一つの影が揺れたと同時に、少し緊張した声が部屋に響いた。
「低予算でパッと人の目を引いて思わず買いたくなるもので、孤児院でしか買えない希少価値のあるものかぁ──ねえ、なにかある?」
「申し訳ありません。今すぐには思いつきません」
「ないねー。ごめん、カレン様」
「だよね。私も思いつかない」
急遽始まった孤児院救済会議は、開始5分で暗礁に乗り上げてしまった。
「っていうか、二人に聞きたいんだけど……今更だけど、孤児院のバザーって何をやるの?」
見方を変えればいいアイデアが思い浮かぶかもという魂胆から尋ねたけれど、返ってきた内容は元の世界とほぼ同じものだった。
ロタ曰く、あの孤児院は定期的に……いやむしろ、他の孤児院と比べたら格段に多い回数で、バザーを開いているらしい。
それでも貧困から抜け出せないなら、これまでとは違うやり方をしたほうがいい。
「ううーん……ならイベントちっくな感じで、騒がしくして集客を狙ってみよっか。ねえ、二人とも何か特技とかある?歌とか踊りとか。楽器なんかもできると嬉しいな」
「申し訳ありません……わたくしは芸術面においては、全面的に才能がございません」
「僕も同じ。暗殺と変装なら得意なんだけど、それって流石に人前で披露するのはヤバいよね?」
「うん。超ヤバいね。一生禁止。ってか、私も特技なんてないなぁ」
あーあ、と溜息を吐いてカレンは頬杖をつく。
部活は入学当初からずっと茶道部に在籍していたけれど、人数合わせで入部しただけ。茶の味もわからなければ、点れ方もわからない。
こんなことなら、少しは部室に顔を出していれば良かったと後悔したが、どんなに熱心に部活動をしていても、この世界の人達に茶道の心を説けるはずもない。
ただその回想のおかげで、カレンの思考が切り替わる。
孤児院が主催するバザーは、子供たちの手作り品の販売と歌の披露がメインだ。あと限りなくゼロに近い支援者達が寄付する刺繍や小物類。
唯一違うのは、中古品は取り扱わないということ。見栄を張っているのだろうか。それとも、そもそもリサイクルという概念がないのかわからない。
それにしても……集客についてアレコレ考えるなんて、まるで元の世界の文化祭の準備をしてるみたいだなと、カレンは思う。
クラスの皆で案を出し合って決めたお化けメイド喫茶は、人気投票で一位になれただろうか。パンケーキは好評だっただろうか。
お化け役の男子が吸血鬼がいいと騒いでいたけれど、女子に反対されていた。結局どんなお化けになったのだろうか。
(私も、参加したかったな)
趣味が節約レシピを作ることだったから、メニューを決める時はリーダー役だった。思いついたまま色々作った試作品は、どれも美味しいと言って食べてくれた。
そう。悩んだところである日突然、特別な力なんて与えられたりなんかしない。結局、自分の武器になるのは長年積み重ねた経験でしかないのだ。
「タピオカの作り方……覚えておけば良かったな」
「は?なあに、それ」
するりと零れた呟きに、ロタは首を傾げた。
「芋のでんぷんを固めて作ったスウィーツなの。私の世界ではずいぶん長く人気だったんだ。文化祭の時も模擬店やるクラスは抽選だったの」
「へー。で、文化祭って何?」
「あ、えっと……学校行事なんだけどね、色んな発表会があったり、生徒がお店を出して、来てくれた人におもてなしをしたりするお祭りみたいなやつ」
「ふぅーん。なんか楽しそうだね」
「うん。すごく楽しいの!文化祭の最後は、表彰式の後、校庭で花火をあげるんだ。それがとっても奇麗で……」
──お母さんに見て欲しかった。
最後の言葉を、カレンは飲み込んだ。
カレンの母親の母校でもあった高校は高台にあって、自宅からでも母親が働く病院からでも花火を見ることができた。
毎年、看護師で思うように休みを取れない母親でも花火だけは見てくれた。そして「お疲れ。今年も頑張ったね」とカサついた手で頭を撫でてくれた。
あの時──文化祭の準備をしている時は、今年もそうしてくれるだろうと何の疑問も持たずに楽しみにしていた。
でもそれはタラレバだった。未来なんて誰にもわからない。当たり前の日常がどれだけ尊いものか、身をもって知った。
ふいに襲われた寂しさから、カレンが言葉を止めると、沈黙が落ちる。
同じテーブルに着いている二人は、なんとなく察してくれたが、切なさに身を任せるのは一人になってからにしよう。
そんなカレンの気持ちに気付いたのか、ロタはこの空気を変えようと場違いなほど明るい声を出した。
「それにしてもカレン様の世界って、不思議だよね。学ぶために行ってるアカデミーで、わざわざ労働者の真似事をするなんて……マジ変わってるね」
最後にしみじみと呟いたロタを見て、カレンは唖然とする。
(マジ変わってる、か)
元の世界では当たり前だったことでも、異世界の人からするとそんなにも不可思議に思えることなのか。
「そっか……そうなんだね」
ロタと再会できたことに喜んだのも束の間、また孤独を感じてしまう。でもそれは仕方が無いことなんだと、カレンは無理矢理割り切ることにした。
49
お気に入りに追加
3,089
あなたにおすすめの小説

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜
水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。
その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。
危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。
彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。
初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。
そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。
警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。
これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

残念ながら、定員オーバーです!お望みなら、次期王妃の座を明け渡しますので、お好きにしてください
mios
恋愛
ここのところ、婚約者の第一王子に付き纏われている。
「ベアトリス、頼む!このとーりだ!」
大袈裟に頭を下げて、どうにか我儘を通そうとなさいますが、何度も言いますが、無理です!
男爵令嬢を側妃にすることはできません。愛妾もすでに埋まってますのよ。
どこに、捻じ込めると言うのですか!
※番外編少し長くなりそうなので、また別作品としてあげることにしました。読んでいただきありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる