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二部 手のひらで転がされているかもしれませんが......何か?
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しんと静まり返る執務室で、アルビスはじっと扉を見つめている。もしかしたら、もう一度この扉が開くかもしれないという淡い期待を胸に抱いて。
もちろんそんな可能性は限りなくゼロに近いものだし、自分には過ぎたる願いである。それでも、もう一度扉が開いてくれればと願う自分を止められない。
カレンの顔を見ることができて嬉しかった。
黒曜石のような瞳に自分の姿が映っているのだと考えただけで、狂おしほどに胸が疼き、しかめっ面の彼女に向かい、思わず微笑んでしまいそうになるのを堪えるのがどれだけ辛かったか。
それ程までに、アルビスはカレンを求めている。
けれど今の生活は、カレンと過ごす時間は皆無。二人は常に別々の行動をして、互いに干渉することはない。
アルビスにできることは、ただ黙って見守るだけ。事前に危機を予測して、それをカレンに気付かれぬよう排除するのみ。
城内の使用人たちは、聖皇后になったカレンに対して好意を寄せている。そっけないカレンの態度にも、不満の声を漏らす者はいない。
けれど政治的な目線で見ると、カレンはとても危うい存在だ。
こちらの一方的な都合で異世界に召喚されたカレンは、この帝国のことを何も知らない。
どんな派閥があり、どんな歴史を持ち、今、どんな問題を抱えているのかなど、彼女にとっては知りたくもないことだろうし、煩わしいことでしかないはずだ。
けれど聖皇后となった以上、カレンは無関係ではいられない。一部の人間がカレンを利用しよう企んでいるのは事実だ。
(そだけは絶対に阻止しなければ。何があっても)
もう二度と、カレンをこの世界の都合で振り回すわけにはいかない。
アルビスは人知れずカレンを守り続けることを、償いだとは思っていない。
彼女の願いは平穏な生活ではなく、元の世界に戻ること。その願いを叶えるためにアルビスは、禁書と言われる魔法書を一人読みあさっている。
そんなことを考えながら扉を見つめ続けるアルビスの表情は、とても険しい。
朝の議会を間近に控えている側近二人は、どうしていいのか悩んで……恐る恐る声を掛けた。
「陛下」
「あのぅ、陛下ぁ」
同時に声を掛けられ、アルビスはすぐに意識を元に戻した。
「なんだ」
無表情で見つめられた側近ことヴァーリは、ぐっと拳を握るとアルビスに近づきながらこう言った。
「俺、説明してきましょうか?側室に足を向けないのは、ちゃんとした理由があるからだって。それはカレンさまにとって──」
「やめろ」
アルビスは長々と始まりそうなヴァーリの説得をきっぱり拒絶した。要らぬ世話であった。
脳筋のヴァーリがどれだけ釈明しようが、説得しようが、カレンが納得しないのは目に見えているし、余計にこじれる展開になることは火を見るよりも明らかだ。
加えてヴァーリは以前、カレンに対して無礼な態度を取って急所を蹴られた過去を持つ。
(そのことをもう忘れてしまったのだろうか)
ヴァーリの記憶力を本気で心配するアルビスに、今度はシダナが溜息交じりにポツリと呟いた。
「……セリオス殿は、本当に困ったものです」
確かにこの一件は、セリオスの失言から始まった。
内心アルビスも苦々しい思いを抱えている。でも思うだけで、どうこうするつもりはなかった。なぜなら、
「遅かれ早かれ、あれの耳に入っていたことだ」
肩をすくめて会話を終わらせたアルビスは、気持ちを切り替える。
朝の議会には、急がなければ間に合わないかもしれない。
「遅れる。行くぞ」
「ですが」
「でもですねぇ、陛下」
「行くぞ」
アルビスは語尾を強めて言い捨てると、さっさと廊下へと出る。
シダナとヴァーリはアルビスの忠実な側近である。主を一人歩かせることはできない。しぶしぶながら後を追った。
もちろんそんな可能性は限りなくゼロに近いものだし、自分には過ぎたる願いである。それでも、もう一度扉が開いてくれればと願う自分を止められない。
カレンの顔を見ることができて嬉しかった。
黒曜石のような瞳に自分の姿が映っているのだと考えただけで、狂おしほどに胸が疼き、しかめっ面の彼女に向かい、思わず微笑んでしまいそうになるのを堪えるのがどれだけ辛かったか。
それ程までに、アルビスはカレンを求めている。
けれど今の生活は、カレンと過ごす時間は皆無。二人は常に別々の行動をして、互いに干渉することはない。
アルビスにできることは、ただ黙って見守るだけ。事前に危機を予測して、それをカレンに気付かれぬよう排除するのみ。
城内の使用人たちは、聖皇后になったカレンに対して好意を寄せている。そっけないカレンの態度にも、不満の声を漏らす者はいない。
けれど政治的な目線で見ると、カレンはとても危うい存在だ。
こちらの一方的な都合で異世界に召喚されたカレンは、この帝国のことを何も知らない。
どんな派閥があり、どんな歴史を持ち、今、どんな問題を抱えているのかなど、彼女にとっては知りたくもないことだろうし、煩わしいことでしかないはずだ。
けれど聖皇后となった以上、カレンは無関係ではいられない。一部の人間がカレンを利用しよう企んでいるのは事実だ。
(そだけは絶対に阻止しなければ。何があっても)
もう二度と、カレンをこの世界の都合で振り回すわけにはいかない。
アルビスは人知れずカレンを守り続けることを、償いだとは思っていない。
彼女の願いは平穏な生活ではなく、元の世界に戻ること。その願いを叶えるためにアルビスは、禁書と言われる魔法書を一人読みあさっている。
そんなことを考えながら扉を見つめ続けるアルビスの表情は、とても険しい。
朝の議会を間近に控えている側近二人は、どうしていいのか悩んで……恐る恐る声を掛けた。
「陛下」
「あのぅ、陛下ぁ」
同時に声を掛けられ、アルビスはすぐに意識を元に戻した。
「なんだ」
無表情で見つめられた側近ことヴァーリは、ぐっと拳を握るとアルビスに近づきながらこう言った。
「俺、説明してきましょうか?側室に足を向けないのは、ちゃんとした理由があるからだって。それはカレンさまにとって──」
「やめろ」
アルビスは長々と始まりそうなヴァーリの説得をきっぱり拒絶した。要らぬ世話であった。
脳筋のヴァーリがどれだけ釈明しようが、説得しようが、カレンが納得しないのは目に見えているし、余計にこじれる展開になることは火を見るよりも明らかだ。
加えてヴァーリは以前、カレンに対して無礼な態度を取って急所を蹴られた過去を持つ。
(そのことをもう忘れてしまったのだろうか)
ヴァーリの記憶力を本気で心配するアルビスに、今度はシダナが溜息交じりにポツリと呟いた。
「……セリオス殿は、本当に困ったものです」
確かにこの一件は、セリオスの失言から始まった。
内心アルビスも苦々しい思いを抱えている。でも思うだけで、どうこうするつもりはなかった。なぜなら、
「遅かれ早かれ、あれの耳に入っていたことだ」
肩をすくめて会話を終わらせたアルビスは、気持ちを切り替える。
朝の議会には、急がなければ間に合わないかもしれない。
「遅れる。行くぞ」
「ですが」
「でもですねぇ、陛下」
「行くぞ」
アルビスは語尾を強めて言い捨てると、さっさと廊下へと出る。
シダナとヴァーリはアルビスの忠実な側近である。主を一人歩かせることはできない。しぶしぶながら後を追った。
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