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一部 復讐という名の結婚をしますが……何か?

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 婚礼衣装の深紅のローブをまとったアルビスは、一段と輝かしい。光をふんだんに取り入れたこの部屋では、藍銀色の髪は銀色の方が強くなっている。

 断りもなく部屋に入室したアルビスに、リュリュとルシフォーネはすぐさま礼を執る。けれど佳蓮は、鏡越しにアルビスを睨みつけた。

「で、あの子は元気なの?」
「ああ、元気だ。食事も君よりしっかり取っている。ただ当分は牢屋から出すことはできない。あやつも納得している」
「あっそう」 
 
 素っ気無い返事をする佳蓮だったけれど、これ以上アルビスに突っかかることはしない。

 暗殺者であるロタが牢屋に入れられているのは危険人物だからというのもあるが、彼の身を守るためでもある。

 それほどまでにロタは、裏の事情をたくさん知りすぎてしまった。

 寿命を延ばすために、ロタがこのまま一生獄中生活をするのかどうかはわからない。佳蓮とて、どう処罰していいのか答えられない。

 ただ一つわかるのは暗殺者を処刑せずに、生かしておくことは特例中の特例だということ。そんなことをゴリ押しできるのは、この帝国でアルビスしかいない。

 つまりアルビスは政治的な判断より、佳蓮の意志を尊重してくれたのだ。

 もちろん佳蓮とて、それがどれほど重大なことなのかわかっている。でも口から出た言葉は、別のものだった。

「約束、忘れないでよね」

 今度は目を合わせて念を押せば、花婿は苦笑を浮かべた。

「そう何度も言われずとも……約束を違えることはしない」

 アルビスがそう言った瞬間、リュリュとルシフォーネは居たたまれない表情になる。二人は佳蓮が条件付きでアルビスと結婚をすることを知っている。

「べ、別に……それならいいんだけど……」

 澱みのない返事に居心地悪さを覚えてしまった佳蓮に、アルビスは意地悪く笑った。

「カレン、君こそ今更逃げようなどとは思うな」
「はっ」

 あまりの発言に、佳蓮は思いっきり鼻で笑った。

「あんたからの帝冠なんて、その場で叩き落としてやるからねっ」

 佳蓮の度を超えた発言に、ルシフォーネの手が止まる。表情もみるみるうちに険しくなる。

 けれどアルビスだけは、この会話を楽しんでいるようだった。

「ははっ、それは構わんが帝冠は重い。それに装飾も多いから、手に取るときは怪我をしないようにしてくれ」

 的外れなアルビスの忠告に、佳蓮は疲労困憊とは思えない動きで勢いよく立ち上がった。

「余計なおせっかいよっ。もう、うるさい!今すぐ、出て行けー!!」

 地団太を踏んだ佳蓮は、鏡台に置いてあった櫛を手に取るとアルビスに向かって思いっきり投げつけた。

「おっと」

 軽々と片手で受け取ったアルビスはすぐ傍のチェストにそれを置くと、佳蓮の言われた通りにする。

「ではまた、すぐに会おう」

 そう言って名残惜しそうに背を向けたが、すぐに振り返る。

「なによ、早く出て行っ──」
「カレン、良く似合っている。とても綺麗だ。それと……ありがとう」

 佳蓮は思わず息を呑んだ。

 ありきたりで、歯の浮くような台詞を吐いたアルビスが、幸せという言葉のままの笑みを浮かべていたから。

 どうして一生愛されることがない相手に、そんな満ち足りた表情を浮かべることができるのか、佳蓮にはさっぱりわからなかった。





 帝都から祝福の声が風に乗って届いてくる。事情を知らない人達にとったら、きっと今日は格別におめでたい日なのだろう。

 幸せそうに見える恋人だって、そう見えるだけで真相は二人しか知らないという歌があったことを思い出す。

(まさにその通りだ)

 佳蓮が感慨にふけったその時、聖職者の手によって重厚な扉が音を立てて開いた。

 目の前に広がる光景は、ファンタジーの世界から飛び出してきたような仰々しい服を着た男女が、左右に分かれて起立していた。

 中央には長いバージンロード。陽の光がステンドグラスに差し込んで、祭壇へと続く道をキラキラと輝かせている。

 それを目にした佳蓮は、幼い頃にどこまで行けるのか浜辺を一人歩いたことを思い出す。

 歩けど歩けど同じ景色が続いていたけれど、突然見たこともない世界に迷い込んだ錯覚を覚えた。まさに今、それと同じ気持ちでいる。
 
(でも私は、ちゃんと家に戻ってこれた)

 だからこうして、一人バージンロードを歩く羽目になっている。

 幼かったあの頃、不安で寂しくて泣きながらも「絶対に帰る」と願い続けて歩いたことは忘れていない。

 ここは知らない世界。自分はあの時と同じように迷子になっている。けれど目的さえ失わなければ、返りたい場所に辿り着ける。そう確信している。

 佳蓮は、一歩一歩、大勢の参列者の視線を浴びながらバージンロードを踏みにじるように歩き出す。

 歩き続ければ、祭壇に一際美しい男が立っているのがヴェール越しに見えた。

 この男は自分から大切なものを奪い、この世界に縛り付けた憎んでも憎んでも、憎み足りない男。
 
 死に際に笑みを浮かべられるほど自分の命を粗末にしてしまう男で、一度も愛されることなく孤独の中を生き続ける男。

 そう遠くない未来、愛する人との別れが待っていることを知っている男。

 それでも限りある日々を、愛する人と共に生きられることに心から喜びを感じている──そんな男でもあった。


◇◆ 一部完結 ◆◇


読んでいただきありがとうございましたm(_ _"m)
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