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一部 不本意ながら襲われていますが......何か?

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 ひっそりと静まり返る深夜のロダ・ポロチェ城の一室で、シャオエは鼻歌まじりにドレスを選んでいた。

 床に、ソファに、ベッドに埋め尽くされているそれは、夜会用の肌が露出する派手派手しいものでもなければ、お茶会の時のような気品ある衣裳でもない。

 真っ黒なドレス──喪服を選んでいるのだ。

 これまで全ての望みを叶えてきたロタが失態を犯すわけがないと、シャオエは信じきっている。

 だから浮き立つ心を隠して、いつも通りに過ごせばいい。いや今は、少しでも疑われるような素振りは見せてはいけない。じっとロタからのを待たなくてはならない時期だ。

 けれどシャオエは、もともと我慢をすることがとても苦手でだ。逸る気持ちを抑えることができず、聖皇后の葬儀に着る喪服を選んでいる。

「ベルベットは、光沢があり過ぎるかしら?シルクはありきたりかしら?ならウール?それともシフォン?新しく仕立てるには、少し時間が足りないわ」

 鈴のような声で言葉を紡ぎながら、足の踏み場もない程に散らばったドレスや靴、黒光りする宝石たちを眺めるシャオエは、その心根とは裏腹に今日もとても美しかった。

 その美しさに引き寄せられるように、一人の男性が現れた。

「あなたは何を着ても美しいですよ。シャオエさま」

 その声が誰だかシャオエは、すぐに気付けなかった。

 本来ここは一部の衛兵と騎士を除いて、男子禁制だ。けれどシャオエは独断で、数名の男性の入室を許している。

 声の主はその中の誰でもないが、シャオエは動じることはなかった。

「ふふっ、こんな夜更けにどなたかしら?」

 可憐な笑い声をあげて微笑みかければ、男はゆっくりとシャオエの目の前に立った。途端に、シャオエは目を見張る。
 
「まぁ、セリオスさまったら。こんな夜更けに……わたくし驚きましたわ」

 ぱちぱちと、長いまつげに縁どられたシャオエの瞳が、濡れたように輝いた。

 シャオエはアルビスの寵愛を望んでいる。けれど、他の皇族に愛される自分も悪くないと思っていた。

 目の前に現れたセリオスは、アルビスが亡き後には皇帝となる男。保険を掛けておくという意味でも、今日はこの男と伽をするべきだとシャオエは判断した。

「わたくしのことをお望みで?」
 
 シャオエの腰が、誘う言葉を紡ぎながら淫猥に動く。

「ええ。そうです。話が早くて助かります」
「ふふっ、せっかちな人ですこと。夜は長いのですから、ゆっくり楽しみましょう」

 しなを作りながら、うっとりと見上げるシャオエに対して、セリオスは口元だけ笑みを浮かべている。

 ここでシャオエの頭の隅で警鐘が鳴った。何かがおかしいと身震いした。でも夜更けの冷え込みのせいにして、直感より欲望を優先してしまった。
 
「まずはワインでもいかが?」
「はっ、誰が飲むか」

 急に態度が変わったセリオスは、冷ややかな笑みを浮かべて辺りを一瞥した。

「ったく、見苦しい部屋だな。あー、言っておくが、お前がこれを着る必要はない。まぁ……お前の為にこれを着る人はいるかもしれないけどね」
「え?仰っている意味がわかりま──」
「黙れ女狐。うだうだ煩いんだよ。お前は投獄、後に処刑。以上だ」
「なっ」

 耳を疑うセリオスの言葉に、シャオエはここで初めて狼狽した。

 けれどそんなシャオエを無視して、セリオスは何かの合図を送るように片手を上げる。そうすれば派手な音を立てて、数人の衛兵がこの部屋に飛び込んで来た。

 瞬きする間もなく、シャオエは拘束される。

「放してっ。どうして私がっ」

 世界中の不幸を見に背負ったような表情を浮かべるシャオエに対し、セリオスは汚いものを見る視線を向けるだけ。

「罪状は言わなくてもわかるだろ?私も汚らしい罪名を告げる気はない。さようなら、シャオエ嬢……連れていけ」

 心得たとばかりに衛兵達はセリオスに短く返事をすると、暴れるシャオエを引きずりながら部屋を出て行った。
  
 一人残されたセリオスは、軽く伸びをする。

「あー疲れた。それにしても……まったく片付けなんてできないくせに、こんなに散らすなんて。侍女泣かせなお方だ」

 黒一色になっている部屋に苦笑したと同時に、背後から厳しい女性の声が飛んできた。

「何か疲れたですか。たったこれだけのことで愚痴を零すなど、情けない」 

 足音を立てず姿を現したのは、女官長のルシフォーネだ。

 ルシフォーネは、此度の件は全て把握している。つい今しがた、佳蓮を連れて戻ってきたアルビスの代わりにセリオスが動いたということも。

 女官長の立場としてルシフォーネは無事に事が済んだかを見届けるために来ただけだが、セリオスからすると信用されていないよう思えたのだろう。不服そうに唇を尖らした。

「そう言わないでください、ルシフォーネさま。今回の僕は、なかなかの演技だったでしょう?花嫁を連れ戻した兄上へご褒美ってことで頑張ったんだから少しは褒めてくださいよ」
「何が頑張ったですか。もう少し働いて下さい。このままでは陛下の身が持ちません」

 呆れ顔になったルシフォーネに、セリオスは肩をすくめる。女官長の言うことはもっともだ。

「ほんと兄上はすごい。なにせ真冬の水堀泳いで、結界の中で魔法をぶちかまして、それからすぐにまた真冬の水堀泳いで、魔法でこの城に戻ってくるなんて。超人かよ、兄上は」
「他人事のように言わないでくださいませ。遊んでばかりいるあなたは職位を剥奪されて、一度その足だけで地方を巡ってみたらいかがですか?その腐りきった性根も少しはマシになるでしょう」
「あっ、それはご勘弁を。これからはもう少し頑張りますよ。兄上が聖皇帝になれば、僕ももう無能なフリをしなくてすみますから。ね?

 セリオスの最後の一言に、ルシフォーネの眉がピクリと跳ねた。

「人前ではそのような発言を慎むように」
「はい。肝に銘じます」

 素直に頷くセリオスに、先々代の側室だった女官長は溜息を一つ落とした。
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