皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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一部 不本意ながら襲われていますが......何か?

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 アルビスの狡い心を見透かした佳蓮は、馬乗りになったまま動かない。 

 またがったままでいるのは、気が変わってとどめを刺したいだからじゃないし、これから先の未来に絶望して呆然としている訳でもない。

 佳蓮は、ただただ考えていた。寒さも感じない程、あることだけを一心に考えていた。

 アルビスは、これまでずっと頑張ってきた。

 色んな人から押し付けられたものを背負わされ、追い詰められたのに、一つも捨てることなく完璧な皇帝を演じてきた。

 それはきっと真っ暗な嵐の海の中を、一人で泳ぎ続けるようなものなのだろう。

 孤独で、寂しくて、苦しくてやるせなくて。吹きすさぶ風は冷たく、荒れ狂う波に何度も飲まれそうになって、いっそ海の藻屑になりたいと思ったこともあっただろう。

 けれど自分が死ねば国が荒れることを知っているアルビスは、泳ぎ続けた。望んでなどいないのに。

 それなのに頑張った人間が最後に辿り着く場所が、こんなうら寂しい林の中でひっそりと息絶える。そんな悲しい結末などあってたまるものか。

 何の抵抗もしないアルビスの整った顔は、間近で見ると目の下の深い影があった。多分もうずっと眠っていなかったのだろう。青い唇。ひどくやつれた顔。張られた頬は赤く痛々しい。

 そんな顔を見てしまったら、佳蓮はこれ以上、怒りをぶつけることができない……わけじゃない。

 むしろ何でこんなふうに自分勝手に振舞えることが不思議だったし、こうしたら相手が傷付くとか考えないで好き勝手なことができる図太い神経を羨ましいと思った。

 自分が嫌だと思うことは他の人にやってはいけない。人には優しく接しましょう。相手の悪いところではなく、良いところを探すようにしよう。困っている人には自分から手を差し伸べよう。

 そういう善意は、小さい頃から培われて心の根底にあった。だから佳蓮は無視をすれば罪悪感を持っていたし、何かにつけて疑ってしまう自分を恥じていた。

 でも、もういいじゃん。アルビスにそんな気持ちを持ったって仕方ないじゃん。元の世界の道徳心なんて意味がないと。

 そんなふうに諦めにも似た感情を抱えた佳蓮は、泣いているようにも笑っているようにも見えた。

 月は変わらず、木々の隙間から二人を照らしている。風が吹き、地面に積もった雪が舞い上がる。

 二人の髪が風にさらわれ、アルビスの頬に生暖かい雫がはたりと落ちる。それは次第にぽたぽたと断続的に続き、まるでアルビスが涙を流しているかのようだった。

 けれど泣いているのは佳蓮の方だった。微かに嗚咽を漏らしながら泣いていた。

 佳蓮は涙をぬぐうことはせず、ぐちゃぐちゃになった表情のまま、アルビスに問いかけた。 

「ねえ、私のこと……好き?」
「ああ、好きだ」

 顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにした女を好きだなんて。しかも馬乗りになって自分を殺そうとしているのに、堂々と好きと言うこの男は気が狂っている。

 佳蓮はそう思った。でも、さらに問いを重ねた。

「愛してる?」
「何ものにも代えがたい程に、君を愛している」

 二度目の問いにもアルビスは澱みなく答えた。

 やっぱりこの人は馬鹿だ。そして、こんなふうにしか人を愛せないなんて、寂しい人だ。

 佳蓮はそうも思ったが、同情はしない。同情できる域はもうとっくに超えている。

(私はこの人に、ちゃんと罪を償ってもらいたい)

 ぎこちなく笑みを向けた佳蓮は、アルビスが一番望んでいる言葉を静かに紡いだ。

「そう。じゃあ……私、あなたと結婚してあげる」
「っ……!」

 アルビスは信じられないといった感じで目を見開いた。深紅の瞳に歓喜の色が浮かび、それはどんどん大きくなって、瞳全部が悦びに染まろうとしていた。

 反対に佳蓮は、視界が黒く染まって深い海の底に沈んでいくような錯覚を覚えた。

(まんまと騙されて。本当に愚かな男)

 佳蓮はアルビスを奈落の底に突き落とすために、自分の心に傷を負うことを承知で、わざと喜ばせたのだ。

「ただし、条件があるから」

 佳蓮はそう言ってアルビスの胸倉を掴むと、声を張り上げた。

「一生私を抱かないでっ。キスもしないでっ。恋人みたいに、触れたりしないでよね!!」
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