上 下
49 / 142
一部 別居中。戻る気なんて0ですが......何か?

12

しおりを挟む
 ──時は遡り、自室に戻った佳蓮は、出窓の物置き部分に腰かけて外の景色を見つめている。

 リュリュが暖炉に薪を追加してくれたおかげで、部屋はとても暖かい。膝の上にも強引に押し付けられた湯たんぽがあるから毛布を被る必要はない。

 外はものすごく寒いのだろう。内側との温度差で、窓は薄いレースのカーテンを引いたように不明瞭だ。

 佳蓮は手のひらで窓ガラスをこすって外を見る。冬の日は短いけれど、まだ夕刻には少し早くて明かりを必要とする時間ではない。

 見るともなく外の景色を見つめていると、不意に白い何かが視界をよぎった。視線を上にすれば、雪が舞っていた。

 雲の中で空気中のほこりが水蒸気を吸って凍ったものが地上に落ちると、雪になるらしい。

 どこの世界でも、雪ができるメカニズムは一緒なのだろうか。ふと考えてみたものの、きっとこの世界の人たちは知らないだろうと、すぐに結論を下す。

 この世界の文明は元の世界よりかなり遅れている。電気もガスも普及していないから、テレビもなければ自動車もない。お風呂に至っては、毎回お湯を運んで湯船に移さなければならない。インターネットなんて論外だ。
 
 でもどちらの世界でも、これだけは一緒。冬になれば雪は降るし、春になれば雪は溶ける。
 
 そう。違う世界でも共通点はあって、認めたくないけれど、認めざるを得ないものだってある。

 例えば、自分を誘拐したアルビスが、とても辛い幼少期を過ごしていたこととか。





 アルビスの父親は先代の皇帝だった。でも母親は皇后ではない。

 メルギオス帝国の一部になったばかりの小国の姫だったアルビスの母親は、人質と言いう名の側室にされ、定期的に訪れる皇帝との夜伽を繰り返して後に皇帝となるアルビスを身籠った。

 アルビスの母親は、自分の身体に子種を注いだ皇帝に対して愛情はなかった。

 けれどメルギオス帝国の一部にされてしまった自国には、執着と呼んでいい程の並々ならぬ愛情を持っていた。

 だからアルビスの母親は、懐妊したことを喜んだ。とても、とても。

 もし生まれてくる子供が男の子で、次の皇帝陛下になってくれたら、ある意味自国を取りもどすことができるから。

 生まれてきた子供は男児で、しかも第一皇子だった。

 人の親になったアルビスの母親は、かけがえのない存在ができたと喜ぶどころか、全てを征服したような勝利に酔っていた。そして生まれたばかりの子供に自分の乳を与える前に、こう命じた。

『お前は次期皇帝になるのよ。そしてもう一度私の国を独立させなさい』

 まだ目も開けていない赤子にそんなことを言うのは母親としてはどうかと思う。でも、その願い自体は無理なことではなかった。

 皇帝が見初めた皇后はとても身体が弱く、世継ぎを設けることは難しいと言われていた。加えてアルビスが生まれた当時、他の側室は懐妊の兆しさえみえなかった。

 だからアルビスの母親の願いは、叶うはずだった。けれど、ここで予期せぬことが起こった。生まれたばかりのアルビスを見て、皇帝が己の子だと認めなかったのだ。

 もちろんアルビスの母親は純潔を皇帝に捧げ、確固たる証拠も皇帝はきちんと目にしている。夜伽と出産日までの日数が合わないということもない。

 なら、なぜ認められなかったかといえば、アルビスの瞳が深紅だったから。その色は皇帝の父親──アルビスの祖父と同じもの。

 アルビスの祖父は賢帝と称された人だった。一方アルビスの父親は何か大きな功績を残せるような器ではなく、同様に大きな失策を行うこともない平凡な皇帝だった。
 
 後に、聖皇帝の父という二つ名を与えられるけれど、もし仮に知っていたらアルビスの父は自分の子供をその手で締め殺していただろう。

 アルビスの父親は、民の目にも官職の目にも、優しく穏やかな皇帝陛下であるよう演じていたが、誰にも見せない心の奥底は、父親に対する劣等感で埋め尽くされていた。

 アルビスの母親は、皇帝の心の闇に気付くことはなかった。彼女が大切にしていたのは、自分の名誉と失ってしまった祖国だけ。

 だから必死にアルビスが皇子であることだけを訴えた。アルビスの髪の色は皇族だけにしか受け継がれない”青”だと。そして瞳の色は先代の皇帝と同じだと。

 そうすれば更にアルビスの父親は意固地になり、決して認めることはなかった。

 とはいえアルビスが皇族の血を引いているのは一目瞭然で、感情のまま行動を起こせば、唯一自身の手でもぎ取った”優しく穏やかな皇帝陛下”という称号すら失ってしまう。そのためアルビスの父親はアルビスの母親を帝国外に追放することも、不敬に処すこともできなかった。

 そんな身勝手な理由で、アルビスの父親と母親はずっと膠着状態が続いていた。

 けれど3年後、その状況を変える出来事が起こった。皇后が身籠り、男の子を出産したのだ。

 生まれてきた赤子には、セリオスという名が与えられた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢の立場を捨てたお姫様

羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ 舞踏会 お茶会 正妃になるための勉強 …何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる! 王子なんか知りませんわ! 田舎でのんびり暮らします!

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

「何でも欲しがる妹に、嫌いな婚約者を押し付けてやりましたわ。ざまぁみなさい」という姉の会話を耳にした婚約者と妹の選択

当麻月菜
恋愛
広大な領地を持つ名門貴族のネリム家には、二人の姉妹がいる。 知的で凛とした姉のアンジェラ。ふんわりとした印象を与える愛らしい容姿の妹リリーナ。 二人は社交界の間では美人姉妹と有名で、一見仲睦まじく見える。 でものリリーナは、姉の物をなんでも欲しがる毒妹で、とうとうアンジェラの婚約者セルードまで欲しいと言い出す始末。 そんな妹を内心忌々しく思っていたアンジェラであるが、実はセルードとの婚約は望まぬもの。これは絶好の機会とあっさりリリーナに差し出した。 ……という一連の出来事を侍女に面白おかしくアンジェラが語っているのを、リリーナとセルードが運悪く立ち聞きしてーー とどのつまり、タイトル通りのお話です。

別れを告げたはずの婚約者と、二度目の恋が始まるその時は

当麻月菜
恋愛
好きだった。大好きだった。 でも、もう一緒にはいられない。 父の死を機に没落令嬢となったクラーラ・セランネは、婚約者である次期公爵家当主ヴァルラム・ヒーストンに別れを告げ、王都を去った。 それから3年の月日が経ち──二人は人里離れた研究所で最悪の再会をした。 すれ違った想いを抱えたままクラーラとヴァルラムは、その研究所で上司と部下として共に過ごすことになる。 彼の幸せの為に身を引きたいと間違った方向に頑張るクラーラと、戸惑い傷付きながらも絶対に手放す気が無いヴァルラム。 ただでさえ絡まる二人を更にややこしくするクラーラの妹が登場したり、クラーラの元執事がヴァルラムと火花を散らしたり。 個性的な研究所の先輩たちに冷やかされたり、見守られながら、二人にとって一番良い結末を模索する二度目の恋物語。 ※他のサイトでも重複投稿しています。 ※過去の作品を大幅に加筆修正して、新しい作品として投稿しています。 ※表紙はフリー素材ACの素材を使用しての自作です。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~

柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。 大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。 これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。 ※他のサイトにも投稿しています

かつて「お前の力なんぞ不要だっ」と追放された聖女の末裔は、国は救うけれど王子の心までは救えない。

当麻月菜
恋愛
「浄化の力を持つ聖女よ、どうか我が国をお救いください」 「......ねえ、それやったら、私に何か利点があるの?」  聖なる力を持つ姫巫女(略して聖女)の末裔サーシャの前に突如現れ、そんな願いを口にしたのは、見目麗しいプラチナブロンドの髪を持つ王子様だった。  だが、ちょっと待った!!  実はサーシャの曾祖母は「お前のその力なんぞ不要だわっ」と言われ、自国ライボスアの女王に追放された過去を持つ。そしてそのまま国境近くの森の中で、ひっそりとあばら家暮らしを余儀なくされていたりもする。  そんな扱いを受けているサーシャに、どの面下げてそんなことが言えるのだろうか。  ......と言っても、腐っても聖女の末裔であるサーシャは、嫌々ながらも王都にて浄化の義を行うことにする。  万物を穢れを払うことができる聖女は、瘴気に侵された国を救うことなど意図も容易いこと。  でも王子のたった一つの願いだけは、叶えることができなかった。  などという重いテーマのお話に思えるけれど、要は(自称)イケメン種馬王子アズレイトが、あまのじゃく聖女を頑張って口説くお話です。 ※一話の文字数は少な目ですがマメに更新したいと思いますので、最後までお付き合いいただければ幸いです。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...