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一部 別居中。戻る気なんて0ですが......何か?
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馬車に戻った3人は、何とか座席に腰かける。車内にある書類は片付けようがないので、一部は床に置き、残りはシダナとヴァーリの膝の上に乗せた。
雪道を走る馬車の進みはひどく遅いが、揺れは少なく室内も静かだ。これなら城に戻るまでには、話し終えることができるだろう。
これから語る話がとても長くなることを知っているシダナは、ほっとしながら静かに語り出した。
まず最初にシダナは、佳蓮が語った文化祭のことを自分が聞いた通りに伝えた。アルビスは初めて聞く言葉の多さに目を丸くしたが、何も言わなかった。
しかしそれは、続きを語ることを拒んでいる態度ではない。むしろ前かがみになったその姿は、続きを早く聴きたいと急かしているようだった。
シダナの口調から滑らかさが消え、低く重いもの変わる。
文化祭の話は前置きのようなもので、本当にに伝えたかったのはここからだった。
佳蓮が元の世界に戻りたいと願う一番の理由は、あの日できなかった母親へのサプライズをどうしてもやりたかったから。
そのサプライズとは、佳蓮の母親である美里に事前に準備をしていた婚姻届けを渡すこと。結婚相手は冬馬の父親だ。
佳蓮は美里のお腹にいる時に、父親を事故で亡くした。
身内に縁が無かった美里はたった一人で佳蓮を産み育てたけれど、佳蓮が中学生になったころ変化が訪れた。看護師をしている美里の前に、一人の男性が現れたのだ。
その人の名は若林和彦。美里と同じ職場で働く男性で、小学生の男の子の父親でもあった。
シングルファザーの克彦は当初、美里を口説くつもりはなかった。家庭と仕事の両立ができず途方に暮れていて、片親の先輩である美里に助言を乞うたのだ。
それがきっかけで、家族ぐるみの付き合いが始まった。
佳蓮と冬馬は少し年が離れていたのが良かったのか、それとも佳蓮が面倒見の良い性格だったからなのかはわからないけれど、あっという間に二人は兄弟のような関係になった。
けれど、美里と克彦の関係はそうではなかった。互いに意識をしているのは一目瞭然なのに、ヤキモキするほど清潔な関係を続けていた。佳蓮も冬馬も、家族が増えることを強く望んでいたのに。
だからあの日──佳蓮がこの世界に召喚されてしまった日、かねてから冬馬と計画していたサプライズを実行しようとしたのだ。美里と克彦に婚姻届けを書いてもらおうと。
インターネットでダウンロードした婚姻届けを、デコレーションしたピンクのファイルに入れてプレゼントする予定だった。
二人が片親になった経緯は違うけれど、子供を大切にする気持ちは同じ。そして子供を想うあまり、自分の幸せを後回しにすることも。
だからその子供から婚姻届けを渡されたら、もう観念して署名してくれるだろうと信じていた。
でも結局、佳蓮はそれを渡すことができなかった。あんなに頑張って準備して、息を切らすほど走って、電車に飛び乗ろうとしたというのに。
佳蓮は日記も書いていなければ、交流系SNSもやっていない。二人の結婚を強く望んでいたことを知っているのは冬馬だけ。
でも冬馬はまだ中学生。自分が消えてしまった後、二人を支え、しぶっている結婚を説得できるかといえば、残念ながら不可能だろう。
だから佳蓮は元の世界に戻って、サプライズをやり直したかった。
克彦のことを、お父さんと呼びたかった。冬馬に美里のことを叔母さんではなく、お母さんと呼ばせたかった。
何より自分のせいで結ばれるはずの2人が、それを諦めてしまうのがどうしても嫌だった。行方不明の娘を抱えた母親が、自分の幸せを選ぶわけがないのを知っているから。
佳蓮は世界中で一番大好きな母親に、幸せになって欲しかった。
その願いがあるからこそ、今でも元の世界に戻ることを強く望んでいる。
「──陛下、カレンさまはご自身の為だけに元の世界に戻りたかったわけではないのです。他の誰かの幸せを願っていたから戻りたかったのです」
シダナは最後にそう付け加えて、語り終えた。
雪道を走る馬車の進みはひどく遅いが、揺れは少なく室内も静かだ。これなら城に戻るまでには、話し終えることができるだろう。
これから語る話がとても長くなることを知っているシダナは、ほっとしながら静かに語り出した。
まず最初にシダナは、佳蓮が語った文化祭のことを自分が聞いた通りに伝えた。アルビスは初めて聞く言葉の多さに目を丸くしたが、何も言わなかった。
しかしそれは、続きを語ることを拒んでいる態度ではない。むしろ前かがみになったその姿は、続きを早く聴きたいと急かしているようだった。
シダナの口調から滑らかさが消え、低く重いもの変わる。
文化祭の話は前置きのようなもので、本当にに伝えたかったのはここからだった。
佳蓮が元の世界に戻りたいと願う一番の理由は、あの日できなかった母親へのサプライズをどうしてもやりたかったから。
そのサプライズとは、佳蓮の母親である美里に事前に準備をしていた婚姻届けを渡すこと。結婚相手は冬馬の父親だ。
佳蓮は美里のお腹にいる時に、父親を事故で亡くした。
身内に縁が無かった美里はたった一人で佳蓮を産み育てたけれど、佳蓮が中学生になったころ変化が訪れた。看護師をしている美里の前に、一人の男性が現れたのだ。
その人の名は若林和彦。美里と同じ職場で働く男性で、小学生の男の子の父親でもあった。
シングルファザーの克彦は当初、美里を口説くつもりはなかった。家庭と仕事の両立ができず途方に暮れていて、片親の先輩である美里に助言を乞うたのだ。
それがきっかけで、家族ぐるみの付き合いが始まった。
佳蓮と冬馬は少し年が離れていたのが良かったのか、それとも佳蓮が面倒見の良い性格だったからなのかはわからないけれど、あっという間に二人は兄弟のような関係になった。
けれど、美里と克彦の関係はそうではなかった。互いに意識をしているのは一目瞭然なのに、ヤキモキするほど清潔な関係を続けていた。佳蓮も冬馬も、家族が増えることを強く望んでいたのに。
だからあの日──佳蓮がこの世界に召喚されてしまった日、かねてから冬馬と計画していたサプライズを実行しようとしたのだ。美里と克彦に婚姻届けを書いてもらおうと。
インターネットでダウンロードした婚姻届けを、デコレーションしたピンクのファイルに入れてプレゼントする予定だった。
二人が片親になった経緯は違うけれど、子供を大切にする気持ちは同じ。そして子供を想うあまり、自分の幸せを後回しにすることも。
だからその子供から婚姻届けを渡されたら、もう観念して署名してくれるだろうと信じていた。
でも結局、佳蓮はそれを渡すことができなかった。あんなに頑張って準備して、息を切らすほど走って、電車に飛び乗ろうとしたというのに。
佳蓮は日記も書いていなければ、交流系SNSもやっていない。二人の結婚を強く望んでいたことを知っているのは冬馬だけ。
でも冬馬はまだ中学生。自分が消えてしまった後、二人を支え、しぶっている結婚を説得できるかといえば、残念ながら不可能だろう。
だから佳蓮は元の世界に戻って、サプライズをやり直したかった。
克彦のことを、お父さんと呼びたかった。冬馬に美里のことを叔母さんではなく、お母さんと呼ばせたかった。
何より自分のせいで結ばれるはずの2人が、それを諦めてしまうのがどうしても嫌だった。行方不明の娘を抱えた母親が、自分の幸せを選ぶわけがないのを知っているから。
佳蓮は世界中で一番大好きな母親に、幸せになって欲しかった。
その願いがあるからこそ、今でも元の世界に戻ることを強く望んでいる。
「──陛下、カレンさまはご自身の為だけに元の世界に戻りたかったわけではないのです。他の誰かの幸せを願っていたから戻りたかったのです」
シダナは最後にそう付け加えて、語り終えた。
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