皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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一部 別居中。戻る気なんて0ですが......何か?

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「お話聞かせていただきありがとうございました」
「……ううん」
「わたくしが言うのもなんですが……カレンさま、どうか少しでもいいのでお食事を取ってください」
「……う、うん」
「本当ならお肉をしっかり食べていただきたのですが、まずは消化の良いものを。シチューや具の多いスープをおすすめします。それと季節柄果物は手に入りにくいですが、差し出がましいかもしれませんがわたくしがご用意を──」
「シダナさん」
「はい。なんでしょう」
「もう帰ったら?」
「……わかりました。それでは……失礼いたします」 

 うんざりした表情を浮かべた佳蓮に見送られ、シダナは応接間を後にした。





 トゥ・シェーナ城はぐるりと水堀に囲われている造りになっているので、入出城の際には跳ね橋を利用する。

 普段は上げられたままの跳ね橋が、ギギッ、ギッ、ギッーと重い音を立てて水堀を跨いで地面に降りる。

 完全に動きが止まったのを確認して、シダナは跳ね橋を足早で歩き出す。

 ウール素材の重いマントが北風にあおられ、ふぁさりと揺れる。前髪がなびくと、お茶の香りがした。

 シダナは17歳で騎士となり、20歳を迎えると同時にアルビスの側近となった。皇帝側近という役職を賜ってからの7年は、長いようであっという間だった。

 けれど平穏無事とは言い難かった。皇帝の側近は、常に危険と隣り合わせの毎日だ。

 誹謗中傷などの火の粉は当たり前。毒を盛られたこともあれば、剣を交えたことも数え切れないほどある。今、生きていることが不思議だと思う出来事だって幾度か経験した。

 そんな経験豊富なシダナでも、頭からお茶をかけられたのは初めてだった。

 あの時、今にも倒れてしまいそうなほど痩せ衰えた少女の中に、そんな激情が眠っていたのなど考えもしなかったから、とても驚いた。

(カレン様は、見かけとは裏腹にとても気が強い)

 苦笑するシダナだったが、その後の佳蓮がどんな話をしたのかを思い出し、憂えた表情になる。

 佳蓮は感情に任せて、元の世界に戻りたい理由を一方的に語るものだと思っていた。

 でも違った。時折、口を噤んで一生懸命に言葉を選び、そして「これわかる?」「これ知ってる?」と聞いている側を気遣い、聞き取りやすいようゆっくりと語ってくれた。
 
 でもきっと、この城に留まるために語ったわけではなかったのだろう。本当は今すぐ、元の世界に帰してくれと声を大にして叫びたかったはずだ。

 シダナは元の世界に戻れないと口にはしなかったが、代わりの言葉を見つけることもできなかった。
 
 雪道を歩いていたシダナは足を止め、そびえ立つ城を目を細めて見上げる。

 トゥ・シェーナ城はメルギオス帝国で二番目に美しいと称される城である。なのに今は、ここが牢獄のように思えて仕方がない。

 美しい牢獄に囚われている少女は全てを語り終えた後、シダナに向けてこう言った。

『……さっきはごめん。熱かった?』

 不貞腐れた表情を浮かべつつも紡いだ言葉は、自身の非を認め、相手のことを案じるもの。

「……こんな自分に気遣う言葉など……掛ける必要はないというのに」

 独りごちたシダナは、再び歩き始めた。

 もともと緑の多い土地に建てられたトゥ・シェーナ城は、帝都と違い歩道の整備はされていない。
 
 林道に近いそこは雪かきをしても道が悪く、シダナが乗ってきた馬車は少し離れた場所にある。

 サクサクと雪を踏む音を聞きながら視線を上にすれば、空からはちぎれた雲の欠片のような柔らかい雪が降ってきた。

 それに目を奪われた途端、背後からバサッと音がしてシダナは弾かれたように振り返った。雪の重さに耐え切れなくなった木の枝が、それを落とした音だった。

 シダナは軽く肩をすくめて再び馬車の方向に身体を向け歩き始めたが、すぐに表情が引きつった。

 鳥が飛び立つより短い間に、自分が仕える主が姿を現したのだ。

「お前はいつから仕事をさぼるようになったんだ?」

 怒りを限界まで抑えたアルビスの低い声が、しんとした林道に響く。

 しかしシダナは優美に微笑むと、いつも通りアルビスに騎士の礼を執る。

 姿勢を変えた拍子に、アルビスの背後でヴァーリが青ざめているのが視界に入った。小刻みに震えているように見えるが、これは寒さからではないだろう。

 シダナは礼の姿勢を保ったまま、事前に考えていた言い訳を口にした。

「気分転換の散歩にございます」
「ぬかせ」

 予想通りアルビスから、鳩尾の奥に鈍痛を感じてしまうような視線が向けられた。
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