皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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一部 別居中。戻る気なんて0ですが......何か?

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 佳蓮の涙を見た瞬間、シダナは己の行動を恥じるように目を伏せた。

 佳蓮の言葉を聞いて、涙を目にして、自分がどれだけおごっていたかを思い知らされたのだ。

 誰だって、どんな時だって、人は最低限の選択肢を与えられている。

 立ち去ること。立ち向かうこと。誰かに救いを求めること。

 けれど異世界の人間である佳蓮は、召喚されてから逃げることもできず、誰かに救いを求めることもできなかった。

「……申し訳なかったです」

 シダナは佳蓮に向かって、深く頭を下げた。

 けれど佳蓮は何も言わない。零れた涙を拭くことすらせず、じっと見つめるだけ。何を考えているのかさっぱりわからない。

 それでもシダナは懐からハンカチを取り出し、佳蓮に差し出す。

「カレンさま、本当にこれまでのこと……どうお詫び申し上げれば──」
「謝らないで」

 佳蓮はぴしゃりとシダナの言葉を遮った。

 これまでより厳しい口調ではないけれど、シダナは頬を引っ叩かれたように顔を歪めた。

 佳蓮は差し出されたハンカチになど見向きもしないで口を開く。

「あなた達は悪いことなんかしてないんでしょ?だったら私に謝る必要なんてないじゃん……それに、今更謝られたって遅すぎるよ」

 何も言い返すことができないシダナは、ただただ首を垂れた。

 そんなシダナを見つめながら、佳蓮は強く唇を噛んだ。

 元の世界とこの世界がまるっと違うことを伝えたくて、シダナに言葉を選ばず理由をぶつけてみた。

 彼のポカンとした表情を見たら、ほれみたことかと嘲笑って終わりにしようと思った。

 でも一度堰を切った言葉は止めることができなくて、自分でもびっくりするくらい止め処なく溢れてきた。

 でもシダナに伝えた理由は、もうどうにもならないこと。今は冬だ。文化祭なんてもうとっくに終わっている。

 行きたい大学だってあった。苦手な数学も1学期の終わりにはだいぶ順位があがった。先生もこのまま頑張れば大丈夫だと太鼓判を押してくれたけれど、センター試験を受けることすらできない。

 そもそもずっと学校に行っていないのだ。出席日数が足りなくて留年したら受験どころではない。

 高校三年生。人生において大切な岐路を迎えるこの時期に時間を奪われるということは、これから先の未来を奪われるのと同じだ。

 もう全部終わったと投げやりな気持ちになる。開き直って異世界で贅沢三昧の生活もいいかもとすら思ってしまう。

 だけど佳蓮はどうしても戻りたかった。自分の未来がどうなろうとも、自分の体を家族の元に届けたかった。

 元の世界では人一人が消えたら、とても大騒ぎになる。そのことをこの世界の人たちは知らない。

 未成年が消えたとなれば、メディアは心配する素振りを見せつつ面白おかしく報道するだろう。同情するコメントを吐きつつ、勝手なことを喋りまくるのだろう。ネットでは、もっとえげつないことを書き込まれる。

 その言葉で、受けた側がどれだけ傷付くのかなんてお構いなしに。

「シダナさんはさぁ、私が元の世界に戻りたい理由を知りたいって言ってたけど、ぜんぜん理解できてないじゃん。だからもうこれ以上この話をしても意味ないよ。それにあなたたち、私のこと人として見てないでしょ?」
「……カレンさま」

 シダナはこれまでのような威圧的な姿が嘘だったかのように眉を下げ、翡翠の瞳は縋るような色すら見せている。

(シダナさんの心に、私の言葉が届いたんだ)

 でも佳蓮はもうちっとも嬉しくなんかなかった。本当に本当に今更だった。

「あなた達は私にいいことをしたんでしょ?ならそれでいいじゃん。それともの私にまで同じ価値観を強要するの?私がこの世界に来て良かった。嬉しい。ありがとうございますって言えば満足する?そう言えば今すぐ帰ってくれる?もう二度とここに来ないでくれる?なら言うよ。これっぽっちも思ってないけど、言ってあげるよ。あーいい世界ですね。こっちに呼んでもらってどうも。いろいろご苦労様です──ねえ、これでいい?満足した?」

 佳蓮はそう言いながら足を組んだ。組んだ足に肘を立て頬杖を付いて、横柄な態度を取った。

 意地の悪い笑みを浮かべながら、こんなことをしたって虚しいだけだとわかってた。それでも止められなかった。

 馬鹿にされたシダナは怒りを覚えるどころか、しゅんと肩を落とし何か言おうと口を開き、閉じる。必死に言葉を探しているのだろう。

(一生そうやっていれば?)

 残酷な気持ちを持ってしまう自分に、ほとほとうんざりしながら、佳蓮は席を立った。
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