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一部 別居中。戻る気なんて0ですが......何か?
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佳蓮の嫌味に気づかないふりをするシダナは、表情を変えることなく反撃する。
「もちろんカレンさまのご意向はしっかり受け取っております。ですが……カレン様は説得するなという条件は出されておりません」
「っ……!?」
とんちのような言い訳に、佳蓮は唖然とした。
(冗談じゃない)
佳蓮はムカムカする感情を押さえ込んで口を開く。
「そうだね、確かに私は伝え忘れたかも。それは認めるけど、説得されても嫌。あそこになんか行かない……っていうか離宮は私にとって戻る場所じゃない。私が戻りたいところは、私が生まれたところなの!」
感情が抑えきれず最後は声を荒げた佳蓮に、シダナは困ったように眉を下げた。
「どうしても、嫌ですか?」
「当たり前じゃないっ。……ねえシダナさん、私に何を喋らせたいの?アイツに何をされたか知っているはずなのに……」
佳蓮は憎悪と侮蔑のこもった眼差しをシダナに向ける。そうすればシダナは少しだけバツの悪い顔になる。
「……失礼。わたくしの配慮が欠けておりました。あなたの気持ちはわかりましたが、わたくしはこのまま帰るわけにはいきません」
いや、もう帰れ。佳蓮は心の中で吐き捨てたつもりだったけれど、しっかりと声に出していたようだ。
更に困り顔になるシダナを見ても、佳蓮は謝る必要はないし、悪いとも思っていない。
「じゃ、そういうことで……さよなら」
交渉決裂を告げた佳蓮は、ここを去ろうと席を立つが、シダナに引き止められてしまった。
「お待ちくださいカレンさま。わたしくもそう長居はできぬ身ですので、一つ条件だけを呑んでいただければすぐに帰ります」
「……条件?」
「そうです。交渉と思っていただいても構いません。教えてください、カレンさま。あなたがどうして元の世界に戻りたいかを。それが条件です。あなたは陛下に聖皇后となるべく召喚されました。それはご理解いただいているはずです。ですがあなたは今でも元の世界に戻りたいと仰っている。その理由とはどれほどのものなのでしょうか」
「そう。条件……交渉……ね。それを教えたら、あなたはもうここには来ない?」
「内容によります」
シダナが舐め切った答えを返した途端、佳蓮は立ち上がったままの状態で、ティーカップを手に取った。そしてティーカップをなんの躊躇いもなく傾けた。
──パシャ……ピタ、ピタ、ピタ……。
ティーカップから零れたお茶は、シダナの髪が受け止めることになった。
さほど時間が経っていないそれは熱いし、結構な量があった。お茶はシダナの髪だけに留まらず、額にうなじにと汗のように伝い落ちていく。
無礼すぎる態度だが、佳蓮はそれが当たり前といった態度で、乱暴にティーカップをソーサーに戻した。
「あなた何様?」
「……っ」
「ねえ、教えて。どうして私はあなたに、元の世界に戻りたい理由を”良いか”か”悪いか”決めてもらわないといけないの?ねえ、あなたってそんなに偉いの?答えてよ」
佳蓮の予期せぬ行動に言葉を失ったシダナだが、少し間を置いてやっと気づいた。
目の前の異世界の少女が、こちらをわざと困らせようとして駄々をこねているわけではないということを。
佳蓮は怒っているのだ。それも言葉では言い表せるものではない激しい怒りを抱えているのだ。
シダナはじっと佳蓮を見つめる。佳蓮もシダナから目を逸らすことはしない。
「カレンさま、わたくしは──」
「私のクラスね、文化祭でお化けメイド喫茶をやる予定だったんだ」
「え?」
立ったまま唐突に語り出した佳蓮に、シダナはつい間の抜けた声を出す。
そんな彼を一瞥した佳蓮は、一人掛けのソファに座り直すと続きを語りだす。
「高校最後の文化祭だし、どうせだったら集客一位を狙おうって皆で一致団結してね、でも、どんなお店にするかで揉めちゃったの。ベタなお化け屋敷にするか、ウケ狙いのメイド喫茶をするかで。揉めに揉めた挙句、なら両方やろってことになって、お化けメイド喫茶をすることにしたの。私は裁縫が得意じゃないからレシピ作りの班だったんだ。メイド喫茶っていったら、やっぱり文字入れオムライスでしょ?でもオムライスって結構難しいじゃん?しかも一度にたくさん作れないし。だから文字入れパンケーキにしようってことになったの。生地を事前に3種類たくさん作って、注文が入ったらレンチンすれば失敗しないしね。文字はチョコペンで書くことにしたんだ。まぁそんな感じで、メインはそれで決まったんだけど、他のサイドメニューも決めないといけないんだ。メニュー表作る班が待ってるし。だから私早く元の世界に戻らなきゃいけないの」
つっかえることもなく一気に語る佳蓮の言葉は、シダナにとって聞き覚えのないものばかり。理解ができず、目を丸くすることしかできない。
そんなシダナに佳蓮は、クスッと笑った。
「全然意味わからないって顔してるね」
「……」
何も言わないシダナに、佳蓮はちょっと困ったように、そして呆れたように肩をすくめた。
「うん。そうだよね。意味が分からなくって当たり前だよね。だって全然別の世界の話だし。でもね……」
佳蓮はここで言葉を止めた。
その表情はいつの間にか悲し気なものに変わり、良く見れば唇が小刻みに震えている。感情が高ぶって声が止まってしまったのだろう。
けれど佳蓮は、再び言葉を紡ぐ為に深呼吸をした。そして憐れみを拒む寂しい笑みを浮かべて、こう言った。
「私……この世界に連れてこられてから、ずっとこんな気持ちでいたんだよ」
紡いだ後、笑みを深くしようとして失敗してしまった佳蓮は、ぽたりと片方の瞳から涙をこぼした。
「もちろんカレンさまのご意向はしっかり受け取っております。ですが……カレン様は説得するなという条件は出されておりません」
「っ……!?」
とんちのような言い訳に、佳蓮は唖然とした。
(冗談じゃない)
佳蓮はムカムカする感情を押さえ込んで口を開く。
「そうだね、確かに私は伝え忘れたかも。それは認めるけど、説得されても嫌。あそこになんか行かない……っていうか離宮は私にとって戻る場所じゃない。私が戻りたいところは、私が生まれたところなの!」
感情が抑えきれず最後は声を荒げた佳蓮に、シダナは困ったように眉を下げた。
「どうしても、嫌ですか?」
「当たり前じゃないっ。……ねえシダナさん、私に何を喋らせたいの?アイツに何をされたか知っているはずなのに……」
佳蓮は憎悪と侮蔑のこもった眼差しをシダナに向ける。そうすればシダナは少しだけバツの悪い顔になる。
「……失礼。わたくしの配慮が欠けておりました。あなたの気持ちはわかりましたが、わたくしはこのまま帰るわけにはいきません」
いや、もう帰れ。佳蓮は心の中で吐き捨てたつもりだったけれど、しっかりと声に出していたようだ。
更に困り顔になるシダナを見ても、佳蓮は謝る必要はないし、悪いとも思っていない。
「じゃ、そういうことで……さよなら」
交渉決裂を告げた佳蓮は、ここを去ろうと席を立つが、シダナに引き止められてしまった。
「お待ちくださいカレンさま。わたしくもそう長居はできぬ身ですので、一つ条件だけを呑んでいただければすぐに帰ります」
「……条件?」
「そうです。交渉と思っていただいても構いません。教えてください、カレンさま。あなたがどうして元の世界に戻りたいかを。それが条件です。あなたは陛下に聖皇后となるべく召喚されました。それはご理解いただいているはずです。ですがあなたは今でも元の世界に戻りたいと仰っている。その理由とはどれほどのものなのでしょうか」
「そう。条件……交渉……ね。それを教えたら、あなたはもうここには来ない?」
「内容によります」
シダナが舐め切った答えを返した途端、佳蓮は立ち上がったままの状態で、ティーカップを手に取った。そしてティーカップをなんの躊躇いもなく傾けた。
──パシャ……ピタ、ピタ、ピタ……。
ティーカップから零れたお茶は、シダナの髪が受け止めることになった。
さほど時間が経っていないそれは熱いし、結構な量があった。お茶はシダナの髪だけに留まらず、額にうなじにと汗のように伝い落ちていく。
無礼すぎる態度だが、佳蓮はそれが当たり前といった態度で、乱暴にティーカップをソーサーに戻した。
「あなた何様?」
「……っ」
「ねえ、教えて。どうして私はあなたに、元の世界に戻りたい理由を”良いか”か”悪いか”決めてもらわないといけないの?ねえ、あなたってそんなに偉いの?答えてよ」
佳蓮の予期せぬ行動に言葉を失ったシダナだが、少し間を置いてやっと気づいた。
目の前の異世界の少女が、こちらをわざと困らせようとして駄々をこねているわけではないということを。
佳蓮は怒っているのだ。それも言葉では言い表せるものではない激しい怒りを抱えているのだ。
シダナはじっと佳蓮を見つめる。佳蓮もシダナから目を逸らすことはしない。
「カレンさま、わたくしは──」
「私のクラスね、文化祭でお化けメイド喫茶をやる予定だったんだ」
「え?」
立ったまま唐突に語り出した佳蓮に、シダナはつい間の抜けた声を出す。
そんな彼を一瞥した佳蓮は、一人掛けのソファに座り直すと続きを語りだす。
「高校最後の文化祭だし、どうせだったら集客一位を狙おうって皆で一致団結してね、でも、どんなお店にするかで揉めちゃったの。ベタなお化け屋敷にするか、ウケ狙いのメイド喫茶をするかで。揉めに揉めた挙句、なら両方やろってことになって、お化けメイド喫茶をすることにしたの。私は裁縫が得意じゃないからレシピ作りの班だったんだ。メイド喫茶っていったら、やっぱり文字入れオムライスでしょ?でもオムライスって結構難しいじゃん?しかも一度にたくさん作れないし。だから文字入れパンケーキにしようってことになったの。生地を事前に3種類たくさん作って、注文が入ったらレンチンすれば失敗しないしね。文字はチョコペンで書くことにしたんだ。まぁそんな感じで、メインはそれで決まったんだけど、他のサイドメニューも決めないといけないんだ。メニュー表作る班が待ってるし。だから私早く元の世界に戻らなきゃいけないの」
つっかえることもなく一気に語る佳蓮の言葉は、シダナにとって聞き覚えのないものばかり。理解ができず、目を丸くすることしかできない。
そんなシダナに佳蓮は、クスッと笑った。
「全然意味わからないって顔してるね」
「……」
何も言わないシダナに、佳蓮はちょっと困ったように、そして呆れたように肩をすくめた。
「うん。そうだよね。意味が分からなくって当たり前だよね。だって全然別の世界の話だし。でもね……」
佳蓮はここで言葉を止めた。
その表情はいつの間にか悲し気なものに変わり、良く見れば唇が小刻みに震えている。感情が高ぶって声が止まってしまったのだろう。
けれど佳蓮は、再び言葉を紡ぐ為に深呼吸をした。そして憐れみを拒む寂しい笑みを浮かべて、こう言った。
「私……この世界に連れてこられてから、ずっとこんな気持ちでいたんだよ」
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