上 下
42 / 142
一部 別居中。戻る気なんて0ですが......何か?

5

しおりを挟む
 佳蓮の嫌味に気づかないふりをするシダナは、表情を変えることなく反撃する。

「もちろんカレンさまのご意向はしっかり受け取っております。ですが……カレン様は説得するなという条件は出されておりません」
「っ……!?」

 とんちのような言い訳に、佳蓮は唖然とした。

(冗談じゃない)

 佳蓮はムカムカする感情を押さえ込んで口を開く。

「そうだね、確かに私は伝え忘れたかも。それは認めるけど、説得されても嫌。あそこになんか行かない……っていうか離宮は私にとって戻る場所じゃない。私が戻りたいところは、私が生まれたところなの!」

 感情が抑えきれず最後は声を荒げた佳蓮に、シダナは困ったように眉を下げた。

「どうしても、嫌ですか?」
「当たり前じゃないっ。……ねえシダナさん、私に何を喋らせたいの?アイツに何をされたか知っているはずなのに……」

 佳蓮は憎悪と侮蔑のこもった眼差しをシダナに向ける。そうすればシダナは少しだけバツの悪い顔になる。

「……失礼。わたくしの配慮が欠けておりました。あなたの気持ちはわかりましたが、わたくしはこのまま帰るわけにはいきません」

 いや、もう帰れ。佳蓮は心の中で吐き捨てたつもりだったけれど、しっかりと声に出していたようだ。

 更に困り顔になるシダナを見ても、佳蓮は謝る必要はないし、悪いとも思っていない。

「じゃ、そういうことで……さよなら」

 交渉決裂を告げた佳蓮は、ここを去ろうと席を立つが、シダナに引き止められてしまった。

「お待ちくださいカレンさま。わたしくもそう長居はできぬ身ですので、一つ条件だけを呑んでいただければすぐに帰ります」
「……条件?」
「そうです。交渉と思っていただいても構いません。教えてください、カレンさま。あなたがどうして元の世界に戻りたいかを。それが条件です。あなたは陛下に聖皇后となるべく召喚されました。それはご理解いただいているはずです。ですがあなたは今でも元の世界に戻りたいと仰っている。その理由とはどれほどのものなのでしょうか」
「そう。条件……交渉……ね。それを教えたら、あなたはもうここには来ない?」
「内容によります」

 シダナが舐め切った答えを返した途端、佳蓮は立ち上がったままの状態で、ティーカップを手に取った。そしてティーカップをなんの躊躇いもなく傾けた。

 ──パシャ……ピタ、ピタ、ピタ……。

 ティーカップから零れたお茶は、シダナの髪が受け止めることになった。

 さほど時間が経っていないそれは熱いし、結構な量があった。お茶はシダナの髪だけに留まらず、額にうなじにと汗のように伝い落ちていく。

 無礼すぎる態度だが、佳蓮はそれが当たり前といった態度で、乱暴にティーカップをソーサーに戻した。

「あなた何様?」
「……っ」
「ねえ、教えて。どうして私はあなたに、元の世界に戻りたい理由を”良いか”か”悪いか”決めてもらわないといけないの?ねえ、あなたってそんなに偉いの?答えてよ」

 佳蓮の予期せぬ行動に言葉を失ったシダナだが、少し間を置いてやっと気づいた。

 目の前の異世界の少女が、こちらをわざと困らせようとして駄々をこねているわけではないということを。

 佳蓮は怒っているのだ。それも言葉では言い表せるものではない激しい怒りを抱えているのだ。

 シダナはじっと佳蓮を見つめる。佳蓮もシダナから目を逸らすことはしない。

「カレンさま、わたくしは──」
「私のクラスね、文化祭でお化けメイド喫茶をやる予定だったんだ」
「え?」

 立ったまま唐突に語り出した佳蓮に、シダナはつい間の抜けた声を出す。

 そんな彼を一瞥した佳蓮は、一人掛けのソファに座り直すと続きを語りだす。

「高校最後の文化祭だし、どうせだったら集客一位を狙おうって皆で一致団結してね、でも、どんなお店にするかで揉めちゃったの。ベタなお化け屋敷にするか、ウケ狙いのメイド喫茶をするかで。揉めに揉めた挙句、なら両方やろってことになって、お化けメイド喫茶をすることにしたの。私は裁縫が得意じゃないからレシピ作りの班だったんだ。メイド喫茶っていったら、やっぱり文字入れオムライスでしょ?でもオムライスって結構難しいじゃん?しかも一度にたくさん作れないし。だから文字入れパンケーキにしようってことになったの。生地を事前に3種類たくさん作って、注文が入ったらレンチンすれば失敗しないしね。文字はチョコペンで書くことにしたんだ。まぁそんな感じで、メインはそれで決まったんだけど、他のサイドメニューも決めないといけないんだ。メニュー表作る班が待ってるし。だから私早く元の世界に戻らなきゃいけないの」

 つっかえることもなく一気に語る佳蓮の言葉は、シダナにとって聞き覚えのないものばかり。理解ができず、目を丸くすることしかできない。

 そんなシダナに佳蓮は、クスッと笑った。

「全然意味わからないって顔してるね」
「……」

 何も言わないシダナに、佳蓮はちょっと困ったように、そして呆れたように肩をすくめた。

「うん。そうだよね。意味が分からなくって当たり前だよね。だって全然別の世界の話だし。でもね……」

 佳蓮はここで言葉を止めた。

 その表情はいつの間にか悲し気なものに変わり、良く見れば唇が小刻みに震えている。感情が高ぶって声が止まってしまったのだろう。

 けれど佳蓮は、再び言葉を紡ぐ為に深呼吸をした。そして憐れみを拒む寂しい笑みを浮かべて、こう言った。

「私……この世界に連れてこられてから、ずっとこんな気持ちでいたんだよ」

 紡いだ後、笑みを深くしようとして失敗してしまった佳蓮は、ぽたりと片方の瞳から涙をこぼした。
しおりを挟む
感想 529

あなたにおすすめの小説

私は女神じゃありません!!〜この世界の美的感覚はおかしい〜

朝比奈
恋愛
年齢=彼氏いない歴な平凡かつ地味顔な私はある日突然美的感覚がおかしい異世界にトリップしてしまったようでして・・・。 (この世界で私はめっちゃ美人ってどゆこと??) これは主人公が美的感覚が違う世界で醜い男(私にとってイケメン)に恋に落ちる物語。 所々、意味が違うのに使っちゃってる言葉とかあれば教えて下さると幸いです。 暇つぶしにでも呼んでくれると嬉しいです。 ※休載中 (4月5日前後から投稿再開予定です)

くたばれ番

あいうえお
恋愛
17歳の少女「あかり」は突然異世界に召喚された上に、竜帝陛下の番認定されてしまう。 「元の世界に返して……!」あかりの悲痛な叫びは周りには届かない。 これはあかりが元の世界に帰ろうと精一杯頑張るお話。 ──────────────────────── 主人公は精神的に少し幼いところがございますが成長を楽しんでいただきたいです 不定期更新

夫が私に魅了魔法をかけていたらしい

綺咲 潔
恋愛
公爵令嬢のエリーゼと公爵のラディリアスは2年前に結婚して以降、まるで絵に描いたように幸せな結婚生活を送っている。 そのはずなのだが……最近、何だかラディリアスの様子がおかしい。 気になったエリーゼがその原因を探ってみると、そこには女の影が――? そんな折、エリーゼはラディリアスに呼び出され、思いもよらぬ告白をされる。 「君が僕を好いてくれているのは、魅了魔法の効果だ。つまり……本当の君は僕のことを好きじゃない」   私が夫を愛するこの気持ちは偽り? それとも……。 *全17話で完結予定。

鴉の運命の花嫁は、溺愛される

夕立悠理
恋愛
筝蔵美冬(ことくらみふゆ)は、筝蔵家の次女。箏蔵家の元には多大な名誉と富が集まる。けれどそれは、妖との盟約により、いずれ生まれる『運命の花嫁』への結納金として、もたらされたものだった。美冬は、盟約に従い、妖の元へ嫁ぐことになる。  妖。人ならざる者。いったいどんな扱いをうけるのか。戦々恐々として嫁いだ美冬。けれど、妖は美冬のことを溺愛し――。

龍王の番

ちゃこ
恋愛
遥か昔から人と龍は共生してきた。 龍種は神として人々の信仰を集め、龍は人間に対し加護を与え栄えてきた。 人間達の国はいくつかあれど、その全ての頂点にいるのは龍王が纏める龍王国。 そして龍とは神ではあるが、一つの種でもある為、龍特有の習性があった。 ーーーそれは番。 龍自身にも抗えぬ番を求める渇望に翻弄され身を滅ぼす龍種もいた程。それは大切な珠玉の玉。 龍に見染められれば一生を安泰に生活出来る為、人間にとっては最高の誉れであった。 しかし、龍にとってそれほど特別な存在である番もすぐに見つかるわけではなく、長寿である龍が時には狂ってしまうほど出会える確率は低かった。 同じ時、同じ時代に生まれ落ちる事がどれほど難しいか。如何に最強の種族である龍でも天に任せるしかなかったのである。 それでも番を求める龍種の嘆きは強く、出逢えたらその番を一時も離さず寵愛する為、人間達は我が娘をと龍に差し出すのだ。大陸全土から若い娘に願いを託し、番いであれと。 そして、中でも力の強い龍種に見染められれば一族の誉れであったので、人間の権力者たちは挙って差し出すのだ。 龍王もまた番は未だ見つかっていないーーーー。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

キモデブ王子と結婚したくないと妹がごねたので、有難くいただくことにしました ~復縁? そんなの無理に決まっているではありませんか~

小倉みち
恋愛
 公爵令嬢ヘスティアの妹、アイリスは我がままだった。  なんでもかんでも自分が1番じゃないと、自分の思う通りに話が進まないと気の済まない性格。 「あれがほしい」 「これがほしい」  ヘスティアが断ると、ヒステリックを起こす。  両親は妹に甘く、ヘスティアに、 「お姉ちゃんでしょ? 譲ってあげなさい」  と言い出す。  こうしてヘスティアは、妹に色んなものを奪われていった。  そんな折、彼女はまた悲鳴をあげる。 「いやいやいやいや! あんなキモデブと結婚したくない!」  キモデブと揶揄された彼は、この国の第一王子。 「お姉様の婚約者の、イケメンの公爵が良い。お姉様、交換して!」 「はあ」  公爵も了承し、あれよあれよという間に婚約者交換が決まった。  でも私は内心、喜んでいた。  顔だけの公爵よりも、性格の良い第一王子の方がよっぽどマシよ。  妹から有難く「第一王子の婚約者」という立場を貰ったヘスティア。  第一王子とともに穏やかな生活を送っていたある日。  なぜか城へ殴り込んできた妹と元婚約者。  ……は?  復縁?  そんなの無理に決まってるじゃないの。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

処理中です...