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一部 おいとまさせていただきますが......何か?
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ヴァーリの絶叫はあまりにうるさくて、アルビスは顔を顰めた。けれどその程度は想定内だ。
しかしヴァーリがしつこく確認を取りたがるのは、予想外だった。
「……あのう、陛下」
「なんだ」
「……えっとですね……」
「だから、なんだ」
歯切れの悪いヴァーリに、アルビスが尖った声を出す。
アルビスの声と視線は「黙れ」と訴えているが、ヴァーリはそれを無視して問いかけた。
「ヤッちゃったんですか?」
「だとしたら?」
間髪いれずに問いを問いで返されたということは、つまりそういうことである。
このメルギオス帝国の皇帝は大なり小なり魔法を使える。そしてどんなに魔力が弱い皇帝でも、一つだけ必ず使える魔法があった。
それは自身の伴侶にだけ使える魔法。皇后が危機に直面した時にだけ発動される、見えない盾のようなもの。
皇后になる女性は、皇帝の妻になった夜に”護り”と呼ばれる魔力を与えられる。言い換えるなら、皇后が皇帝に純潔を捧げた証だ。
昨晩、アルビスは佳蓮を精神だけの状態にして、無理矢理自分のものにした。
一度目はただの衝動に突き動かされて。2度目は佳蓮に護り与えるために抱いた。
そのことまでは伝えてはいないが、大体のことを察したヴァーリは衝撃のあまり言葉を失った。
二人の間に沈黙が落ち、居心地が悪そうにヴァーリの身動ぎする衣擦れの音がやけに大きく響く。
視界に映るヴァーリの無駄な動作にアルビスが苛つきを覚えたころ、控えめなノックの音が部屋に響いた。
許可を得たヴァーリが扉を開けると、女官長であるルシフォーネが茶器が乗った盆を手にして顔を出した。
「おはようございます。お茶をお持ちしました。こちらに置いても?」
「ああ、かまわない」
普段、ルシフォーネは内廷に住まう女性を管理する立場にあるので、政務を執り行う執務室にはめったに訪れることははい。
そんな彼女がここに来たのは、何かしらの用事があってのこと。まかり間違っても、視察を抜けてきたアルビスを労ってお茶を淹れに来たわけではない。
ルシフォーネは無言のまま、お茶の準備をする。唾を飲むことすらためらうほどの、緊張感が部屋を襲う。
沈黙が破られたのは、ルシフォーネが執務机にお茶を置いた時だった。
「ところで陛下」
「なんだ」
「去勢でもされたらいかがでしょうか?」
瞬間、この部屋の空気が凍りついた。
ルシフォーネは昨日、佳蓮の身に何があったのかをある程度知った上で、この発言をした。
アルビスは黙って受け止めることしかできないが、ヴァーリはそれができなかった。
「いやそれはいくらなんでも……」
ほとほと困り果てた表情で間に割って入ったヴァーリに、ルシフォーネは鋭利な視線を向ける。
「ヴァーリさん、あなたもですよ。夜会の後、あなたがカレンさまに何をしたか、わたくしが知らないとでも?」
「ぅげっ」
悪戯が見つかった子供のような顔をしたヴァーリを見て、アルビスの眉間に皺が寄った。
「何があったんだ?」
「いや、ちょっと……まぁ、そんな報告することの程では……」
「話せ」
短い言葉であるがこれは命令に他ならなず、ヴァーリが皇帝の命令に背けるはずもなかった。
しかしヴァーリがしつこく確認を取りたがるのは、予想外だった。
「……あのう、陛下」
「なんだ」
「……えっとですね……」
「だから、なんだ」
歯切れの悪いヴァーリに、アルビスが尖った声を出す。
アルビスの声と視線は「黙れ」と訴えているが、ヴァーリはそれを無視して問いかけた。
「ヤッちゃったんですか?」
「だとしたら?」
間髪いれずに問いを問いで返されたということは、つまりそういうことである。
このメルギオス帝国の皇帝は大なり小なり魔法を使える。そしてどんなに魔力が弱い皇帝でも、一つだけ必ず使える魔法があった。
それは自身の伴侶にだけ使える魔法。皇后が危機に直面した時にだけ発動される、見えない盾のようなもの。
皇后になる女性は、皇帝の妻になった夜に”護り”と呼ばれる魔力を与えられる。言い換えるなら、皇后が皇帝に純潔を捧げた証だ。
昨晩、アルビスは佳蓮を精神だけの状態にして、無理矢理自分のものにした。
一度目はただの衝動に突き動かされて。2度目は佳蓮に護り与えるために抱いた。
そのことまでは伝えてはいないが、大体のことを察したヴァーリは衝撃のあまり言葉を失った。
二人の間に沈黙が落ち、居心地が悪そうにヴァーリの身動ぎする衣擦れの音がやけに大きく響く。
視界に映るヴァーリの無駄な動作にアルビスが苛つきを覚えたころ、控えめなノックの音が部屋に響いた。
許可を得たヴァーリが扉を開けると、女官長であるルシフォーネが茶器が乗った盆を手にして顔を出した。
「おはようございます。お茶をお持ちしました。こちらに置いても?」
「ああ、かまわない」
普段、ルシフォーネは内廷に住まう女性を管理する立場にあるので、政務を執り行う執務室にはめったに訪れることははい。
そんな彼女がここに来たのは、何かしらの用事があってのこと。まかり間違っても、視察を抜けてきたアルビスを労ってお茶を淹れに来たわけではない。
ルシフォーネは無言のまま、お茶の準備をする。唾を飲むことすらためらうほどの、緊張感が部屋を襲う。
沈黙が破られたのは、ルシフォーネが執務机にお茶を置いた時だった。
「ところで陛下」
「なんだ」
「去勢でもされたらいかがでしょうか?」
瞬間、この部屋の空気が凍りついた。
ルシフォーネは昨日、佳蓮の身に何があったのかをある程度知った上で、この発言をした。
アルビスは黙って受け止めることしかできないが、ヴァーリはそれができなかった。
「いやそれはいくらなんでも……」
ほとほと困り果てた表情で間に割って入ったヴァーリに、ルシフォーネは鋭利な視線を向ける。
「ヴァーリさん、あなたもですよ。夜会の後、あなたがカレンさまに何をしたか、わたくしが知らないとでも?」
「ぅげっ」
悪戯が見つかった子供のような顔をしたヴァーリを見て、アルビスの眉間に皺が寄った。
「何があったんだ?」
「いや、ちょっと……まぁ、そんな報告することの程では……」
「話せ」
短い言葉であるがこれは命令に他ならなず、ヴァーリが皇帝の命令に背けるはずもなかった。
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