皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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一部 おいとまさせていただきますが......何か?

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 ロダ・ポロチェ城内の執務室にいるアルビスは、窓際に立つと腕を組んで、ガラス越しに広がる景色を眺めている。

 今の時刻は朝といっても、まだ早朝だ。官職も騎士達も業務に就くには早く、朝独特の澄んだ空気がガラスを通して伝わってくる。

 昨日の同じ時刻、アルビスは北の最果てにいた。

 既に雪が積もっていて、光彩が視界に入る全てを純白に染め上げていた。枝の梢には白銀の雪の花が咲いていて、とても美しかった。

 そんなふうに感じる自分に、アルビスはとても驚いた。そして佳蓮と一緒に見たら、もっと美しいく見えるだろうとも思った。

 けれど肩を並べて同じ光景を見る機会は、もう一生望めない。いや望むことさえ罪なことをアルビスはしてしまった。

 どれほど後悔しても、アルビスはあの時、飢えが止まらなかった。一度知ってしまった佳蓮の身体は麻薬のようで、幾らでも欲しくなる。 
 
 だからアルビスは佳蓮を遠い地に移し、距離を取ることにした。

 しかし贖罪のために佳蓮の願いを叶えるというのは、都合のいい言い訳だ。そうでもしないと同じ過ちを繰り返してしまうことを自覚している。

 そして今度こそ、生身の体の佳蓮を滅茶苦茶に抱いてしまうだろう。
 
 アルビスは、それがとてつもなく怖かった。

「──あ、陛下、こっちにいらしてたんですか」

 扉が乱暴に開いたと同時に、護衛騎士の声が部屋に響いた。

 アルビスは首だけを動かして、護衛騎士の一人であるヴァーリに視線を向ける。

「あのお嬢さん今は離宮で大人しくしていますよ。騒ぐ声も聞こえませんし、もしかして昨日は相当厳しくお叱りに?まぁ、気持ちはわからなくもないですが……あんまり間近で説教すると、痛い目をみますよ」

 もぞっと内股になったヴァーリだったけれど、アルビスはその仕草を見て見ぬふりをする。

 ヴァーリは昨日、佳蓮がアルビスから何をされたのか知らない。ただ逃亡しかけて、堪忍袋の緒が切れたアルビスに厳しく怒られただけだと思い込んでいる。

(……そのまま誤解させておくか)

 保身の為ではなく、佳蓮が知られたくないだろう。

 そんなアルビスの心情を知らないヴァーリは、まだまだ喋りたそうでいる。それを遮るためにアルビスは、強い口調でこう言った。

「ヴァーリ、カレンの護衛の任を解く」
「へ?え、俺、なんかしましたか?……あー、まぁ……そうですか……はい」

 きょとんと眼を丸くするヴァーリだが、どうやら思い当たることがあるのだろう。わざとらしく視線を彷徨わせた。

 そんな挙動不審な彼にアルビスは引っ掛かりを覚えたが、深く追及せずにこの後の指示を伝える。

「西のルニンへ行け」
「へ?なんでまた」
「あれの新しい住まいになるからだ。あそこら辺は過去に山賊が出没したと報告を受けた場所だ。状況を確認してこい」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!!」

 淡々と指示を下すアルビスに、ヴァーリは慌てた様子で詰め寄った。

「な、な、な、な、なんでまた……」

 アルビスの傍まで行ってみたものの、ヴァーリはその後の言葉が見つからず右往左往する。そんな彼に、アルビスは感情を殺してこう言った。

「あれがそこに行きたかったようだからな」

 2度目の行為に耐え切れず佳蓮が意識を失ってしまったあと、アルビスは印が付けられた地図を見つけてしまったのだ。

 そこは初代の聖皇后が現れたと伝えられている地で、晩年聖皇后が余生を過ごした城がある。今でも管理者が常駐しているので、居城として使えるはずだ。

 でも詳細を伝えるわけにはいかないアルビスは「とにかく行け」と命じる。当然ヴァーリは納得しない。

「行きたいだけなら住まわせる必要なんてないっすよね!?宮殿内の騎士を引き連れて行って帰ってくればいいじゃないっすか。それに陛下と距離を取ればそれだけあのお嬢さんにだって危険が──」
「それは問題ない」
「なぜですか?」

 突っかかるように問いを重ねるヴァーリに、アルビスは煩わしさを覚えてしまう。

(ったく、これだから武闘派は……)

 シダナだったらある程度は察してくれて、それ以上踏み込まないだろう。

 とはいえ長い付き合いであるこの側近騎士に、今だけ都合よく察しろと求める方が間違いである。

「あれには””を与えた。だから、何かあればすぐにわかる」

 アルビスが端的に伝えた一拍後、ヴァーリは絶叫した。
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