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一部 夜会なんて出たくありませんが......何か?
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長年アルビスの側で仕えているシダナは、アルビスがどれほど佳蓮を大切に想っているのか、そしてどれほどの苦悩を抱えているのか手に取るようにわかっている。
だから足を止めて思いにふけっているアルビスを急かすことはせず、傍でじっと待つ。
今日のアルビスは、佳蓮が夜会に出席することになり、とても機嫌が良かった。
茶会の時にあれほど拒んでいたから、夜会衣装を用意したものの、それらは全て無駄になるだろうと諦めかけていた。
そんな矢先、女官長からこんな申し出があったのだ。
『カレンさまは、本を所望しております。そして、離宮に望むだけの本を届けて頂けるなら、夜会に出席するとのことです』
それは佳蓮の本心なのだろうか。気まぐれにも程がある。だがそれがどうあれ、この条件に対して却下する理由などどこにもない。
アルビスは、二つ返事で頷いた。
夜会会場に姿を現した佳蓮は、とても可愛らしかった。
二重のくりっとした瞳につんとした鼻。そして桜色のぷにっとした柔らかそうな唇。薄く化粧をした彼女は温室で見た時より少し大人っぽく、結い上げた艶やかな黒髪も美しかった。
黒という色はどんな色にも染まることはないから、このメルギオス帝国においてもっとも美しいとされている。
そんな希少色である髪と瞳に、皇帝陛下の髪と瞳の色をふんだんに使ったドレス。誰が見ても、皇帝陛下の寵愛は、異世界の女性ただ一人に向けられているのだと知らしめることができた。
けれどたくさんの羨望の視線を受けても、佳蓮は何一つ嬉しくはなかったようだ。
「──シダナ、あいつらを夜会に呼ぶ必要はあったのか?」
これまでのことをつらつらと思い返していたシダナは、名を呼ばれて姿勢を正す。
「一度しっかり己の立場を弁えていただきたい方々ですからお呼びしました。それに、ああいう厄介事は、まとめて済まされたほうが効率的だと思いまして」
目を細めながら、まるで天気の話をしているような軽い口調でシダナはそう答えた。
アルビスが言ったあいつらとは、愛人軍団──もとい皇后候補だった女性達のことだ。
夜会に皇后候補達を呼んだのは、シダナの独断だった。
シダナは知らしめたかったのだ。欲にまみれた女狐達に、もう二度と皇后の座を望めないことと、女狐達にとって佳蓮は頭を垂れるべき存在であることを。
下手な真似をしたらどうなるか、駄犬を調教するかのように、しっかりと身体に刻み込ませてやりたかったのだ。
「確かに、お前の取った行動は正しかった」
「ありがとうございます。ですが、出過ぎた真似をしてしまい、申し分ありません」
「いや……いい」
アルビスはシダナの意図はわかっていたから、皇后候補達に佳蓮に挨拶をすることを許したのだ。
そして「私に何か言いたいことはないのか?」と、佳蓮に問うた本当の意味はこうだった。
『君は望めば、何でも手に入れることができる存在だ。だからとことん自分に甘えてくれ。どんなワガママでも叶えよう』
今にして思えば、かなり遠回しな表現で、佳蓮では絶対に読み解くことができないし、きっと理解などしたくない言葉だったのだろう。
アルビスは再び苦い息を吐く。また、間違えてしまったようだと。
そして一体どうすれば佳蓮が自分に心を開いてくれるのか頭を悩ましてしまう。
高価なドレスに宝石。温室に豪華な食事。アルビスは、これまで佳蓮に思い付く限りのものを与えてきた。
けれど、そのどれもが彼女の心には届いていない。何かする度に得るものはなく、虚しさと疲労感だけが積み重なっていく。
それでも佳蓮への想いは日々募るばかり。気づけば佳蓮のためにできることを、いつでも探している。
そんなずたぼろの心を抱えたアルビスは、自室ではなく別の方向へ進み出す。
「陛下、お部屋に戻らないのですか?」
「ああ。まだ未処理の書類があるのを思い出した。北にも向かわなくてはならないからな」
後を追うシダナは、さようですかと頷いた。けれどすぐに吐き捨てるように言葉を続ける。
「この時期に、とってつけたかのような北方への視察要請。なにやらきな臭いですね」
シダナはヴァーリと違い、冷静沈着な側近だ。日頃は温厚で、こんな言い方をすることはめったにない。
「ああ。だが、断れる案件でもないだろう」
北方の領地には、毎年雪が積もる前に視察に行く。
今年は不作で税の徴収が思うようにいかないことを領主は隠蔽しようとしている。そのことを領主補佐から密告を受けてしまったのだ。
領主が使い物にならないのなら、自分が直接足を向けるしかない。
「さようでございますが──」
「そのための夜会だったんだ。視察の間だけでも、あれの身が安全であればそれでいい」
きっぱりと言ったアルビスに、シダナは反論しなかった。
「シダナ、今一度警備を見直せ。それから書庫の鍵もリュリュに渡しておけ。禁書だろうが、希書だろうがかまわん。読みたいだけ、あれに渡してやれ」
「はっ」
きびきびと側近に命令を下すアルビスは、すでに気持ちを切り替えているように見えるが、胸のくすぶりは、いつまで経っても消えることがなかった。
アルビスがそんなふうに佳蓮に想いを募らせているころ、佳蓮はリュリュと共に逃亡の計画を立てるために離宮へと足を向けていた。
だから足を止めて思いにふけっているアルビスを急かすことはせず、傍でじっと待つ。
今日のアルビスは、佳蓮が夜会に出席することになり、とても機嫌が良かった。
茶会の時にあれほど拒んでいたから、夜会衣装を用意したものの、それらは全て無駄になるだろうと諦めかけていた。
そんな矢先、女官長からこんな申し出があったのだ。
『カレンさまは、本を所望しております。そして、離宮に望むだけの本を届けて頂けるなら、夜会に出席するとのことです』
それは佳蓮の本心なのだろうか。気まぐれにも程がある。だがそれがどうあれ、この条件に対して却下する理由などどこにもない。
アルビスは、二つ返事で頷いた。
夜会会場に姿を現した佳蓮は、とても可愛らしかった。
二重のくりっとした瞳につんとした鼻。そして桜色のぷにっとした柔らかそうな唇。薄く化粧をした彼女は温室で見た時より少し大人っぽく、結い上げた艶やかな黒髪も美しかった。
黒という色はどんな色にも染まることはないから、このメルギオス帝国においてもっとも美しいとされている。
そんな希少色である髪と瞳に、皇帝陛下の髪と瞳の色をふんだんに使ったドレス。誰が見ても、皇帝陛下の寵愛は、異世界の女性ただ一人に向けられているのだと知らしめることができた。
けれどたくさんの羨望の視線を受けても、佳蓮は何一つ嬉しくはなかったようだ。
「──シダナ、あいつらを夜会に呼ぶ必要はあったのか?」
これまでのことをつらつらと思い返していたシダナは、名を呼ばれて姿勢を正す。
「一度しっかり己の立場を弁えていただきたい方々ですからお呼びしました。それに、ああいう厄介事は、まとめて済まされたほうが効率的だと思いまして」
目を細めながら、まるで天気の話をしているような軽い口調でシダナはそう答えた。
アルビスが言ったあいつらとは、愛人軍団──もとい皇后候補だった女性達のことだ。
夜会に皇后候補達を呼んだのは、シダナの独断だった。
シダナは知らしめたかったのだ。欲にまみれた女狐達に、もう二度と皇后の座を望めないことと、女狐達にとって佳蓮は頭を垂れるべき存在であることを。
下手な真似をしたらどうなるか、駄犬を調教するかのように、しっかりと身体に刻み込ませてやりたかったのだ。
「確かに、お前の取った行動は正しかった」
「ありがとうございます。ですが、出過ぎた真似をしてしまい、申し分ありません」
「いや……いい」
アルビスはシダナの意図はわかっていたから、皇后候補達に佳蓮に挨拶をすることを許したのだ。
そして「私に何か言いたいことはないのか?」と、佳蓮に問うた本当の意味はこうだった。
『君は望めば、何でも手に入れることができる存在だ。だからとことん自分に甘えてくれ。どんなワガママでも叶えよう』
今にして思えば、かなり遠回しな表現で、佳蓮では絶対に読み解くことができないし、きっと理解などしたくない言葉だったのだろう。
アルビスは再び苦い息を吐く。また、間違えてしまったようだと。
そして一体どうすれば佳蓮が自分に心を開いてくれるのか頭を悩ましてしまう。
高価なドレスに宝石。温室に豪華な食事。アルビスは、これまで佳蓮に思い付く限りのものを与えてきた。
けれど、そのどれもが彼女の心には届いていない。何かする度に得るものはなく、虚しさと疲労感だけが積み重なっていく。
それでも佳蓮への想いは日々募るばかり。気づけば佳蓮のためにできることを、いつでも探している。
そんなずたぼろの心を抱えたアルビスは、自室ではなく別の方向へ進み出す。
「陛下、お部屋に戻らないのですか?」
「ああ。まだ未処理の書類があるのを思い出した。北にも向かわなくてはならないからな」
後を追うシダナは、さようですかと頷いた。けれどすぐに吐き捨てるように言葉を続ける。
「この時期に、とってつけたかのような北方への視察要請。なにやらきな臭いですね」
シダナはヴァーリと違い、冷静沈着な側近だ。日頃は温厚で、こんな言い方をすることはめったにない。
「ああ。だが、断れる案件でもないだろう」
北方の領地には、毎年雪が積もる前に視察に行く。
今年は不作で税の徴収が思うようにいかないことを領主は隠蔽しようとしている。そのことを領主補佐から密告を受けてしまったのだ。
領主が使い物にならないのなら、自分が直接足を向けるしかない。
「さようでございますが──」
「そのための夜会だったんだ。視察の間だけでも、あれの身が安全であればそれでいい」
きっぱりと言ったアルビスに、シダナは反論しなかった。
「シダナ、今一度警備を見直せ。それから書庫の鍵もリュリュに渡しておけ。禁書だろうが、希書だろうがかまわん。読みたいだけ、あれに渡してやれ」
「はっ」
きびきびと側近に命令を下すアルビスは、すでに気持ちを切り替えているように見えるが、胸のくすぶりは、いつまで経っても消えることがなかった。
アルビスがそんなふうに佳蓮に想いを募らせているころ、佳蓮はリュリュと共に逃亡の計画を立てるために離宮へと足を向けていた。
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