上 下
23 / 142
一部 夜会なんて出たくありませんが......何か?

11★

しおりを挟む
 長年アルビスの側で仕えているシダナは、アルビスがどれほど佳蓮を大切に想っているのか、そしてどれほどの苦悩を抱えているのか手に取るようにわかっている。

 だから足を止めて思いにふけっているアルビスを急かすことはせず、傍でじっと待つ。
 
 今日のアルビスは、佳蓮が夜会に出席することになり、とても機嫌が良かった。
 
 茶会の時にあれほど拒んでいたから、夜会衣装を用意したものの、それらは全て無駄になるだろうと諦めかけていた。

 そんな矢先、女官長からこんな申し出があったのだ。

『カレンさまは、本を所望しております。そして、離宮に望むだけの本を届けて頂けるなら、夜会に出席するとのことです』

 それは佳蓮の本心なのだろうか。気まぐれにも程がある。だがそれがどうあれ、この条件に対して却下する理由などどこにもない。
 
 アルビスは、二つ返事で頷いた。

 夜会会場に姿を現した佳蓮は、とても可愛らしかった。

 二重のくりっとした瞳につんとした鼻。そして桜色のぷにっとした柔らかそうな唇。薄く化粧をした彼女は温室で見た時より少し大人っぽく、結い上げた艶やかな黒髪も美しかった。

 黒という色はどんな色にも染まることはないから、このメルギオス帝国においてもっとも美しいとされている。

 そんな希少色である髪と瞳に、皇帝陛下の髪と瞳の色をふんだんに使ったドレス。誰が見ても、皇帝陛下の寵愛は、異世界の女性ただ一人に向けられているのだと知らしめることができた。

 けれどたくさんの羨望の視線を受けても、佳蓮は何一つ嬉しくはなかったようだ。

「──シダナ、あいつらを夜会に呼ぶ必要はあったのか?」

 これまでのことをつらつらと思い返していたシダナは、名を呼ばれて姿勢を正す。

「一度しっかり己の立場を弁えていただきたい方々ですからお呼びしました。それに、ああいう厄介事は、まとめて済まされたほうが効率的だと思いまして」
 
 目を細めながら、まるで天気の話をしているような軽い口調でシダナはそう答えた。

 アルビスが言ったあいつらとは、愛人軍団──もとい皇后候補だった女性達のことだ。

 夜会に皇后候補達を呼んだのは、シダナの独断だった。

 シダナは知らしめたかったのだ。欲にまみれた女狐達に、もう二度と皇后の座を望めないことと、女狐達にとって佳蓮は頭を垂れるべき存在であることを。

 下手な真似をしたらどうなるか、駄犬を調教するかのように、しっかりと身体に刻み込ませてやりたかったのだ。
 
「確かに、お前の取った行動は正しかった」
「ありがとうございます。ですが、出過ぎた真似をしてしまい、申し分ありません」
「いや……いい」

 アルビスはシダナの意図はわかっていたから、皇后候補達に佳蓮に挨拶をすることを許したのだ。

 そして「私に何か言いたいことはないのか?」と、佳蓮に問うた本当の意味はこうだった。

『君は望めば、何でも手に入れることができる存在だ。だからとことん自分に甘えてくれ。どんなワガママでも叶えよう』

 今にして思えば、かなり遠回しな表現で、佳蓮では絶対に読み解くことができないし、きっと理解などしたくない言葉だったのだろう。

 アルビスは再び苦い息を吐く。また、間違えてしまったようだと。

 そして一体どうすれば佳蓮が自分に心を開いてくれるのか頭を悩ましてしまう。

 高価なドレスに宝石。温室に豪華な食事。アルビスは、これまで佳蓮に思い付く限りのものを与えてきた。

 けれど、そのどれもが彼女の心には届いていない。何かする度に得るものはなく、虚しさと疲労感だけが積み重なっていく。

 それでも佳蓮への想いは日々募るばかり。気づけば佳蓮のためにできることを、いつでも探している。

 そんなずたぼろの心を抱えたアルビスは、自室ではなく別の方向へ進み出す。

「陛下、お部屋に戻らないのですか?」
「ああ。まだ未処理の書類があるのを思い出した。北にも向かわなくてはならないからな」

 後を追うシダナは、さようですかと頷いた。けれどすぐに吐き捨てるように言葉を続ける。

「この時期に、とってつけたかのような北方への視察要請。なにやらきな臭いですね」

 シダナはヴァーリと違い、冷静沈着な側近だ。日頃は温厚で、こんな言い方をすることはめったにない。

「ああ。だが、断れる案件でもないだろう」

 北方の領地には、毎年雪が積もる前に視察に行く。

 今年は不作で税の徴収が思うようにいかないことを領主は隠蔽しようとしている。そのことを領主補佐から密告を受けてしまったのだ。

 領主が使い物にならないのなら、自分が直接足を向けるしかない。

「さようでございますが──」
「そのための夜会だったんだ。視察の間だけでも、あれの身が安全であればそれでいい」

 きっぱりと言ったアルビスに、シダナは反論しなかった。

「シダナ、今一度警備を見直せ。それから書庫の鍵もリュリュに渡しておけ。禁書だろうが、希書だろうがかまわん。読みたいだけ、あれに渡してやれ」
「はっ」

 きびきびと側近に命令を下すアルビスは、すでに気持ちを切り替えているように見えるが、胸のくすぶりは、いつまで経っても消えることがなかった。

 

 アルビスがそんなふうに佳蓮に想いを募らせているころ、佳蓮はリュリュと共に逃亡の計画を立てるために離宮へと足を向けていた。
しおりを挟む
感想 529

あなたにおすすめの小説

私は女神じゃありません!!〜この世界の美的感覚はおかしい〜

朝比奈
恋愛
年齢=彼氏いない歴な平凡かつ地味顔な私はある日突然美的感覚がおかしい異世界にトリップしてしまったようでして・・・。 (この世界で私はめっちゃ美人ってどゆこと??) これは主人公が美的感覚が違う世界で醜い男(私にとってイケメン)に恋に落ちる物語。 所々、意味が違うのに使っちゃってる言葉とかあれば教えて下さると幸いです。 暇つぶしにでも呼んでくれると嬉しいです。 ※休載中 (4月5日前後から投稿再開予定です)

くたばれ番

あいうえお
恋愛
17歳の少女「あかり」は突然異世界に召喚された上に、竜帝陛下の番認定されてしまう。 「元の世界に返して……!」あかりの悲痛な叫びは周りには届かない。 これはあかりが元の世界に帰ろうと精一杯頑張るお話。 ──────────────────────── 主人公は精神的に少し幼いところがございますが成長を楽しんでいただきたいです 不定期更新

夫が私に魅了魔法をかけていたらしい

綺咲 潔
恋愛
公爵令嬢のエリーゼと公爵のラディリアスは2年前に結婚して以降、まるで絵に描いたように幸せな結婚生活を送っている。 そのはずなのだが……最近、何だかラディリアスの様子がおかしい。 気になったエリーゼがその原因を探ってみると、そこには女の影が――? そんな折、エリーゼはラディリアスに呼び出され、思いもよらぬ告白をされる。 「君が僕を好いてくれているのは、魅了魔法の効果だ。つまり……本当の君は僕のことを好きじゃない」   私が夫を愛するこの気持ちは偽り? それとも……。 *全17話で完結予定。

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎

sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。 遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら 自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に スカウトされて異世界召喚に応じる。 その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に 第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に かまい倒されながら癒し子任務をする話。 時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。 初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。 2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。

鴉の運命の花嫁は、溺愛される

夕立悠理
恋愛
筝蔵美冬(ことくらみふゆ)は、筝蔵家の次女。箏蔵家の元には多大な名誉と富が集まる。けれどそれは、妖との盟約により、いずれ生まれる『運命の花嫁』への結納金として、もたらされたものだった。美冬は、盟約に従い、妖の元へ嫁ぐことになる。  妖。人ならざる者。いったいどんな扱いをうけるのか。戦々恐々として嫁いだ美冬。けれど、妖は美冬のことを溺愛し――。

龍王の番

ちゃこ
恋愛
遥か昔から人と龍は共生してきた。 龍種は神として人々の信仰を集め、龍は人間に対し加護を与え栄えてきた。 人間達の国はいくつかあれど、その全ての頂点にいるのは龍王が纏める龍王国。 そして龍とは神ではあるが、一つの種でもある為、龍特有の習性があった。 ーーーそれは番。 龍自身にも抗えぬ番を求める渇望に翻弄され身を滅ぼす龍種もいた程。それは大切な珠玉の玉。 龍に見染められれば一生を安泰に生活出来る為、人間にとっては最高の誉れであった。 しかし、龍にとってそれほど特別な存在である番もすぐに見つかるわけではなく、長寿である龍が時には狂ってしまうほど出会える確率は低かった。 同じ時、同じ時代に生まれ落ちる事がどれほど難しいか。如何に最強の種族である龍でも天に任せるしかなかったのである。 それでも番を求める龍種の嘆きは強く、出逢えたらその番を一時も離さず寵愛する為、人間達は我が娘をと龍に差し出すのだ。大陸全土から若い娘に願いを託し、番いであれと。 そして、中でも力の強い龍種に見染められれば一族の誉れであったので、人間の権力者たちは挙って差し出すのだ。 龍王もまた番は未だ見つかっていないーーーー。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

処理中です...