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一部 夜会なんて出たくありませんが......何か?
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青年は途方に暮れる佳蓮を無視して、優雅に胸に手を当て礼を執った。
「セリオスと申します」
頭を下げた拍子に、セリオスの少し長い紺色の髪が肩から滑り落ちる。その一連の動きが完璧すぎて、佳蓮はつい魅入ってしまった。
そんな佳蓮に、セリオスは肩をすくめた。
「貴族の連中はここを出会いの場だと勘違いしているようで、こぞって出席したがる。けれど私は毎度のことながら退屈だし、騒がしくて仕方がない。それにこんな服も肩が凝るだけで息が詰まりますよ」
やれやれといった感じで紡ぐ言葉は、この世界に来て始めて共感できるものだった。
「……そう、ですね」
佳蓮は思わず頷いてしまう。セリオスは、意外そうに目を丸くした。
「おや?カレンさまもそうでしたか。てっきり女性はこういう華やかな場がお好きかと──」
「嫌いです」
ぴしゃりと言った佳蓮に、セリオスはぷっと噴き出した。
「よかった。なら私は、貴女様からダンスを申し込まれることはないですね」
「え?」
「この世界では女性からダンスを申し込まれたら、男性は断ることはできないのですよ」
「ふぅーん」
「貴女がいた世界では、夜会はなかったのですか?ダンスをすることも?」
「あるわけないじゃないですか」
佳蓮は淡々と返事をしながらも、自分が普通に会話をしていることに驚いている。
でも驚いてはいるけれど、理由はちゃんとわかっている。セリオスが元の世界に興味をもってくれ、質問をしてくれたからだ。
そんなふうに接してくれたのは、セリオスが初めてだった。
佳蓮は自分でも気付かぬうちに、中途半端に浮かしていた腰を椅子へと戻す。
セリオスがそれに気づいたかどうかわからない。ただ彼はのんびりとした口調で愚痴を溢し始めた。
「本当にこの制度やめていただきたいものですね。一度でも誰かと踊れば、次々に誘いが来る。そして断ることができないときたものです。私はダンスが苦手というのに。でも、貴女様がダンスを踊らないことを知ることができて良かった。ここにいれば当分はダンスの誘いに乗らなくていいですからね」
セリオスは、茶目っ気のある表情を佳蓮に向ける。
琥珀色の彼の瞳は一見冷たそうに見えるのに、今はとても親しみやすい。
「あの……なんか、ごめんなさい」
「え?」
「あ、あの……私、あなたと初対面なのに、なんか嫌な態度を……と、取っちゃって」
どもって、つっかえて。それでもなんとか佳蓮は言葉を吐き出した。
意固地がすっかりデフォルトになっていたけれど、この人はわざわざ自分の気を紛らわせる為に話しかけてくれたのだ。
気軽に上座に来ることができるということは、セリオスはそれなりの地位にいる人だろう。だからダンスが嫌なら会場から出ていけばいい。
それにすぐ隣でアルビスが露骨に不機嫌な表情を浮かべているというのに、くだらない話をしてくれているのは自分を気遣ってくれている何よりの証拠。
そのことに気づいた途端、むやみやたらに噛みつこうとした自分を佳蓮は恥じた。
みっともないとか、恥ずかしいとか……自己嫌悪になる気持ちはとうに無くしたつもりだったのに、自分の取った行動に顔を赤くしてしまう。
「気にしないでください」
クスクスと笑いながら気遣う言葉をかけてくれるセリオスの声音には、嘲りはなかった。
自分の行いを恥じて俯く佳蓮に、セリオスは人差し指を折り曲げて口元を隠しながら、しばらくの間クスクス笑いを止められなかった。
でも面白いからじゃない。セリオスは、ついさっきの佳蓮の謝罪に困惑しているのだ。
佳蓮は初対面だと思い込んでいるが、実はセリオスと佳蓮が顔を合わせるのは今日で3度目。
一度目は佳蓮が召喚された時。セリオスは召喚の儀式に立ち会っていた。
2度目は佳蓮が神殿に足を向けた後、逃亡しようとした時に逃げる佳蓮を取り押さえたのは他でもないセリオスで、脛に何度も蹴りを入れられた。そうして今日が3度目。
流石に顔ぐらいは覚えてくれているとセリオスは思っていたけれど、佳蓮は全然覚えていなかった。
「そんなに委縮しないでください。女性の失礼な態度は、総じて可愛いものです」
「……はぁ」
笑い声が消えたと思ったら今度は歯の浮くような台詞を言われ、佳蓮は曖昧な表情を浮かべた。
途端にセリオスは困ったように眉を下げる。
「はぁって……それはちょっと男性としては寂しいですね。こういう時は笑って”あら失礼”って言うくらいで十分なんですよ。貴女はとても可愛らしいですし」
「はっ」
佳蓮は、思わず鼻で笑ってしまった。歯の浮く台詞もここまでくれば滑稽だ。
「私、可愛くなんかないです」
「そうですか?私にはそうは見えません。とても愛らしいですよ」
佳蓮の言葉を遮ったセリオスの言葉は、思わず口にしてしまったといった感じの自然なものだった。不思議そうに首をかしげる仕草にも嫌味はない。
そんな態度を取られると佳蓮のほうが戸惑ってしまい、元の世界で散々言われてきた言葉を思い出してしまう。
『佳蓮はさぁ、名前は可愛いのに、性格は全然っ可愛げがないよなぁ』
事あるごとにそんな憎ったらしいことを言っていたのは、佳蓮にとって血の通った兄弟ではないけれど、もっとも近い存在の異性だった。
年下で生意気で。でも佳蓮が心から大切に思うかけがえのない男の子。今、この状況を目にしたら、無条件で助け出してくれると信じきれる唯一無二の存在。
突風のように思い出してしまった彼の姿に佳蓮は状況を忘れ、ぽつりとこんなことを呟いてしまった。
「冬馬はさ……私の事、可愛いげがないって言ってたな」
ただの独り言のはずだったのに、やけに大きく響いてしまった。
間違いなくセリオスにも聞こえたし、騎士の耳にも届いてしまった。アルビスにも、きっと。
どの世界にも人間には名前があり、聞いただけでは性別が判別できないものもごまんとある。
冬馬という名は、佳蓮がいた世界では大体の者が男性だと判断する。
けれど異世界にいるアルビス達にとったら、わかるはずもない。なのにアルビスは瞬時に悟ってしまった。冬馬は、男性だと。
だからなのだろうか。ずっと優雅な音楽を奏でていた楽団の指揮者が急に手を止め、続いて演奏も止んでしまった。
「セリオスと申します」
頭を下げた拍子に、セリオスの少し長い紺色の髪が肩から滑り落ちる。その一連の動きが完璧すぎて、佳蓮はつい魅入ってしまった。
そんな佳蓮に、セリオスは肩をすくめた。
「貴族の連中はここを出会いの場だと勘違いしているようで、こぞって出席したがる。けれど私は毎度のことながら退屈だし、騒がしくて仕方がない。それにこんな服も肩が凝るだけで息が詰まりますよ」
やれやれといった感じで紡ぐ言葉は、この世界に来て始めて共感できるものだった。
「……そう、ですね」
佳蓮は思わず頷いてしまう。セリオスは、意外そうに目を丸くした。
「おや?カレンさまもそうでしたか。てっきり女性はこういう華やかな場がお好きかと──」
「嫌いです」
ぴしゃりと言った佳蓮に、セリオスはぷっと噴き出した。
「よかった。なら私は、貴女様からダンスを申し込まれることはないですね」
「え?」
「この世界では女性からダンスを申し込まれたら、男性は断ることはできないのですよ」
「ふぅーん」
「貴女がいた世界では、夜会はなかったのですか?ダンスをすることも?」
「あるわけないじゃないですか」
佳蓮は淡々と返事をしながらも、自分が普通に会話をしていることに驚いている。
でも驚いてはいるけれど、理由はちゃんとわかっている。セリオスが元の世界に興味をもってくれ、質問をしてくれたからだ。
そんなふうに接してくれたのは、セリオスが初めてだった。
佳蓮は自分でも気付かぬうちに、中途半端に浮かしていた腰を椅子へと戻す。
セリオスがそれに気づいたかどうかわからない。ただ彼はのんびりとした口調で愚痴を溢し始めた。
「本当にこの制度やめていただきたいものですね。一度でも誰かと踊れば、次々に誘いが来る。そして断ることができないときたものです。私はダンスが苦手というのに。でも、貴女様がダンスを踊らないことを知ることができて良かった。ここにいれば当分はダンスの誘いに乗らなくていいですからね」
セリオスは、茶目っ気のある表情を佳蓮に向ける。
琥珀色の彼の瞳は一見冷たそうに見えるのに、今はとても親しみやすい。
「あの……なんか、ごめんなさい」
「え?」
「あ、あの……私、あなたと初対面なのに、なんか嫌な態度を……と、取っちゃって」
どもって、つっかえて。それでもなんとか佳蓮は言葉を吐き出した。
意固地がすっかりデフォルトになっていたけれど、この人はわざわざ自分の気を紛らわせる為に話しかけてくれたのだ。
気軽に上座に来ることができるということは、セリオスはそれなりの地位にいる人だろう。だからダンスが嫌なら会場から出ていけばいい。
それにすぐ隣でアルビスが露骨に不機嫌な表情を浮かべているというのに、くだらない話をしてくれているのは自分を気遣ってくれている何よりの証拠。
そのことに気づいた途端、むやみやたらに噛みつこうとした自分を佳蓮は恥じた。
みっともないとか、恥ずかしいとか……自己嫌悪になる気持ちはとうに無くしたつもりだったのに、自分の取った行動に顔を赤くしてしまう。
「気にしないでください」
クスクスと笑いながら気遣う言葉をかけてくれるセリオスの声音には、嘲りはなかった。
自分の行いを恥じて俯く佳蓮に、セリオスは人差し指を折り曲げて口元を隠しながら、しばらくの間クスクス笑いを止められなかった。
でも面白いからじゃない。セリオスは、ついさっきの佳蓮の謝罪に困惑しているのだ。
佳蓮は初対面だと思い込んでいるが、実はセリオスと佳蓮が顔を合わせるのは今日で3度目。
一度目は佳蓮が召喚された時。セリオスは召喚の儀式に立ち会っていた。
2度目は佳蓮が神殿に足を向けた後、逃亡しようとした時に逃げる佳蓮を取り押さえたのは他でもないセリオスで、脛に何度も蹴りを入れられた。そうして今日が3度目。
流石に顔ぐらいは覚えてくれているとセリオスは思っていたけれど、佳蓮は全然覚えていなかった。
「そんなに委縮しないでください。女性の失礼な態度は、総じて可愛いものです」
「……はぁ」
笑い声が消えたと思ったら今度は歯の浮くような台詞を言われ、佳蓮は曖昧な表情を浮かべた。
途端にセリオスは困ったように眉を下げる。
「はぁって……それはちょっと男性としては寂しいですね。こういう時は笑って”あら失礼”って言うくらいで十分なんですよ。貴女はとても可愛らしいですし」
「はっ」
佳蓮は、思わず鼻で笑ってしまった。歯の浮く台詞もここまでくれば滑稽だ。
「私、可愛くなんかないです」
「そうですか?私にはそうは見えません。とても愛らしいですよ」
佳蓮の言葉を遮ったセリオスの言葉は、思わず口にしてしまったといった感じの自然なものだった。不思議そうに首をかしげる仕草にも嫌味はない。
そんな態度を取られると佳蓮のほうが戸惑ってしまい、元の世界で散々言われてきた言葉を思い出してしまう。
『佳蓮はさぁ、名前は可愛いのに、性格は全然っ可愛げがないよなぁ』
事あるごとにそんな憎ったらしいことを言っていたのは、佳蓮にとって血の通った兄弟ではないけれど、もっとも近い存在の異性だった。
年下で生意気で。でも佳蓮が心から大切に思うかけがえのない男の子。今、この状況を目にしたら、無条件で助け出してくれると信じきれる唯一無二の存在。
突風のように思い出してしまった彼の姿に佳蓮は状況を忘れ、ぽつりとこんなことを呟いてしまった。
「冬馬はさ……私の事、可愛いげがないって言ってたな」
ただの独り言のはずだったのに、やけに大きく響いてしまった。
間違いなくセリオスにも聞こえたし、騎士の耳にも届いてしまった。アルビスにも、きっと。
どの世界にも人間には名前があり、聞いただけでは性別が判別できないものもごまんとある。
冬馬という名は、佳蓮がいた世界では大体の者が男性だと判断する。
けれど異世界にいるアルビス達にとったら、わかるはずもない。なのにアルビスは瞬時に悟ってしまった。冬馬は、男性だと。
だからなのだろうか。ずっと優雅な音楽を奏でていた楽団の指揮者が急に手を止め、続いて演奏も止んでしまった。
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