上 下
4 / 142
一部 基本無視させていただきますが......何か?

1★

しおりを挟む
  帝国とはいくつかの人種や民族を支配し、広大な領地を治める国家のこと。そして皇帝とは、自分の国だけでなく、他国や領土も支配する統治者のことである。

 そのせいか皇帝というのは、血生臭い暴君というイメージを持つ者が少なからずいる。

 例にもれずメルギオス帝国も長い歴史の中、侵略侵攻を繰り返し、領土を奪い、自国のものにしてきたが、若くして皇帝となったアルビス・デュ・リュスガレフは、人民を苦しめる暴虐な君主ではない。

 税の徴収はすべて平等に行い、病院や学舎も領地に関係なく建築する。領主より民の声を優先し、必要であれば自らその地に赴き最善の指示を下すことも。

 侵略された側からすればどうしたって禍根を残す部分はあるけれど、歴代の皇帝の中で最も民に慕われている君主であることは間違いない。

 優しい皇帝陛下。
 賢明な皇帝陛下。
 見目麗しく、駿才と徳を兼ね備えた立派な皇帝陛下。
 
 民はそう口をそろえてアルビスを崇め、褒め称える。

 そんなアルビスだけれど、彼には唯一手に入らないものがある。それは妻となるはずの異世界の少女──結月佳蓮の心。

 佳蓮とアルビスは被害者と加害者の関係で、アルビスは佳蓮にとって憎むべき加害者。罪を犯したアルビスは、一生、佳蓮から想いを向けられることはない。

 このお話は、二人が夫婦の契りを交わす半年前から始まる。





 帝都フィウォールにあるロダ・ポロチェ城は民を見下ろすかのように、岩山の上に建てられている。

 城門から続く建物は外廷と呼ばれ、政務や謁見、国家的な儀式などを行う場所。近衛兵が厳重に警備する内門の奥には、皇族が私的な生活を行う内廷部分がある。

 この巨大な城は二つの顔を持っている。

 外廷部分は、国家の繁栄を見せ付けるかのように歴代の皇帝の肖像画が掲げられ、背に翼が生えた獅子の紋章が立ち入る者を威圧するように散りばめられている。

 けれど、内廷部分は違う。皇族が生活をする場ということで、心地良さに重きを置いた空間となっている。

 柔らかな曲線を描く窓から見える景色は四季折々の風景を楽しめるよう、整えられた庭がよく見えるように設計されている。

 休日と呼べるものなどなく日中のほとんどを政務の為に使う皇帝は、内廷など寝るためだけに戻る場所だから不要なものに思えるかもしれない。

 けれど内廷は皇帝だけの住処ではない。皇后と側室が生活する場でもある。

 思うように外出することができないのは皇后も側室も同じ。鳥籠のように囲われている彼女たちのために、内廷は住み心地の良い造りとなっている。

 もちろん皇后も側室がむやみに顔を合わせぬよう、居住区はしっかりと距離を取ってある。

 そんなロダ・ポロチェ城は、まつりごとを行う場であり、国の中枢であり、皇族の住居であり、側室の住居でもある、寥郭りょうかくたる建物なのだ。

 木の葉を乾いた夜の秋風がさわさわと揺さぶり、物悲しい音色を奏でる。

 それを耳に納めながら、アルビスは足早である場所へ向かっていた。頬にかかる藍銀の髪を払う時間を惜しむほどに。

 彼にとって政務は、呼吸をするのと同義語だ。当たり前のことで、自分にとって必要なもの。

 けれど通常の政務に加え緊急会議が入り、予期せぬ嘆願書が飛び込んでくれば、さすがに疲労を隠せない。しかしアルビスは、己の体調のことなどどうでも良かった。とにかく焦っていた。

 夜は更け、月の位置はずいぶん高い場所にある。帝都の民は、とっくに眠りに落ちている時間だ。
 
(もう、眠ってしまっただろうか)

 そならそれで構わない。

 眠れているなら、それでいい。ただそれをきちんと自分の目で確かめたい。彼女がここにいることを、今日もこの目で確認したい。

 アルビスは、これから向かう先にいる人物の顔を思いだし、無意識に胸に手を当てた。
しおりを挟む
感想 529

あなたにおすすめの小説

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

結婚式をボイコットした王女

椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。 しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。 ※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※ 1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。 1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

くたばれ番

あいうえお
恋愛
17歳の少女「あかり」は突然異世界に召喚された上に、竜帝陛下の番認定されてしまう。 「元の世界に返して……!」あかりの悲痛な叫びは周りには届かない。 これはあかりが元の世界に帰ろうと精一杯頑張るお話。 ──────────────────────── 主人公は精神的に少し幼いところがございますが成長を楽しんでいただきたいです 不定期更新

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

アリーチェ・オランジュ夫人の幸せな政略結婚

里見しおん
恋愛
「私のジーナにした仕打ち、許し難い! 婚約破棄だ!」  なーんて抜かしやがった婚約者様と、本日結婚しました。  アリーチェ・オランジュ夫人の結婚生活のお話。

処理中です...