46 / 142
一部 別居中。戻る気なんて0ですが......何か?
9★
しおりを挟む
姿勢を元に戻したシダナは、改めてアルビスを見た。
雪が降っているのにも関わらずアルビスは軽装だった。人前に出るときに必ず羽織るローブも、身に付けていない。アルビスのすぐ傍にいるヴァーリも同じく軽装で。
よほど慌ててここまで飛んで来たのだろう。ヴァーリはアルビスの腕をつかんで止めようとして、一緒に付いてきたということか。
そんなふうに冷静に分析したシダナが口に出した言葉は、随分と意地の悪いものだった。
「陛下、このようなところで待ち伏せせずとも、いっそ城の中で待てばよろしかったのでは?」
わざと煽るようなことを言えば、アルビスは露骨に顔を顰めた。
「あそこは先代の護りがある。この寒空の下、水堀を泳げというのか?」
吐き捨てるように言ったアルビスの返しに、シダナは吹き出しそうになった。
この帝国で魔法が栄えていた頃、初代の聖皇后が余生を過ごしたトゥ・シェーナ城は、初代聖皇帝の強い魔力でどんな魔法も無効化する強い結界が張られていた。それは今でも力を失っていないらしい。
だがアルビスはこの国の皇帝だ。魔法を使って入城しなくても、堂々と開門を告げればいいだけだ。それなのに的はずれな言い訳をするということは、本当の理由を言いたくないのだろう。
そう結論付けたシダナは、もう一度丁寧に腰を折った。
「政務をおろそかにして申し訳ありませんでした。馬車の中に仕事を置いてきてますので、わたくしはそれを片付けながら戻ることにします。陛下はどうぞヴァーリと共にお戻りください」
シダナは遠回しに、ヴァーリを押し付けられたら困るとアルビスに訴えた。
なにせ馬車は狭いし、シダナが座る場所以外は書類で埋め尽くされている。大柄なヴァーリが座るところなどないし、仮に座れたとしても邪魔なだけだ。
けれどアルビスは、否とも是とも言わない。
空は完全に雲で覆われ、雪は絶え間なく降り続いている。
3人の髪と肩が、均等に白く染まり──さすがにシダナが寒さを覚えた頃、ようやっとアルビスが口を開いた。
「……あれは」
「は?」
「あれはどうしていた?少しは食事を取れるようになっていたか?」
アルビスが切なそうに見つめる場所は、トゥ・シェーナ城。
佳蓮はそこへ移る前から、ほとんど食事を取ることができなくなっていた。そのことは北方視察に戻ったアルビスの耳にも入っていた。
「あいにく食事を共にしたわけではございません……ですが、ずいぶんお痩せになられておりました」
言いにくいことではあるが、隠すべきことでもない。
ありのまま伝えたシダナだけれども、すぐに付け加える。
「ただ、わたくしにお茶をぶっかけるくらいの元気はありました」
「カレンに何をした」
途端に厳しい口調になったアルビスに対して、シダナは表情を変えずにさらりと答える。
「お戻りになるよう説得を……といっても、首を縦に振ってはもらえませんでしたが」
「余計なことをするな」
抑えきれない怒りの情が、燃えるようにアルビスの深紅の瞳を火照らせる。だがその瞳は、すぐに翳りを帯びた。
「そっとしておいてやれ……すべての非はこの私にあるのだから」
アルビスは懺悔をするように呟いた。
しかしその表情は、うっかりグラスを割ってしまいオロオロしている幼子みたいだ。
アルビスは己の罪を認めてはいるけれど、この後どうしていいのかわからず戸惑っている。そしてそこから目を背けようともしている。
(陛下、逃げることだけは許されません)
シダナはぐっと握りこぶしを作ると、アルビスへと一歩近付いた。
「陛下、わたくしは先程、カレンさまが元の世界に戻りたいと理由を伺ってきました」
「……聞かなくてもわかる。ここより向こうが良いだけの事だろう」
諦めの混ざった拒絶の言葉に、シダナはゆっくりと首を横に振った。
「カレンさまが今でも元の世界に戻りたいのは、どちらが良いとか悪いとかそういうことではないのです」
「……では、なんだというのだ?」
意外そうな顔をしながら尋ねるアルビスに、シダナは答えない。その代わり、アルビスが一番食いつきそうな言葉を口にした。
「そうそう陛下、わたくしトウマ殿の話も伺ってまいりました。カレンさまとどんな関係だったかも」
予想通りアルビスの眉がピクリと跳ねた。
それを逃すまいと、シダナは口調を早めてアルビスを引き留める。
「わたくしは陛下に、カレン様が戻りたいと願い続ける理由を知って欲しいと思っています。どうか少しのお時間で結構ですので、語る許可をお与えください」
「……ここは寒い。馬車の中で聞こう」
「ありがとう存じます」
深く頭を下げたシダナは、すぐに顔を上げると身体の向きを変えた。
「馬車までご案内します」
アルビスはシダナの言葉に頷き、歩き出す。
そんな中、馬車の外で護衛をする気でいるヴァーリは「なら、これ貸して」と、シダナのマントを引っ張った。
その図々しい態度に苛立ったシダナは、ヴァーリの手の甲をつねりながら有無を言わせぬ口調で、こう言い放つ。
「ヴァーリ、お前も一緒に聞くんだ。それと、車内の片付けも手伝ってもらうぞ」
すぐさま「うげっ」というヴァーリの非難の声が聞こえたけれど、シダナは無視して歩き出した。
雪が降っているのにも関わらずアルビスは軽装だった。人前に出るときに必ず羽織るローブも、身に付けていない。アルビスのすぐ傍にいるヴァーリも同じく軽装で。
よほど慌ててここまで飛んで来たのだろう。ヴァーリはアルビスの腕をつかんで止めようとして、一緒に付いてきたということか。
そんなふうに冷静に分析したシダナが口に出した言葉は、随分と意地の悪いものだった。
「陛下、このようなところで待ち伏せせずとも、いっそ城の中で待てばよろしかったのでは?」
わざと煽るようなことを言えば、アルビスは露骨に顔を顰めた。
「あそこは先代の護りがある。この寒空の下、水堀を泳げというのか?」
吐き捨てるように言ったアルビスの返しに、シダナは吹き出しそうになった。
この帝国で魔法が栄えていた頃、初代の聖皇后が余生を過ごしたトゥ・シェーナ城は、初代聖皇帝の強い魔力でどんな魔法も無効化する強い結界が張られていた。それは今でも力を失っていないらしい。
だがアルビスはこの国の皇帝だ。魔法を使って入城しなくても、堂々と開門を告げればいいだけだ。それなのに的はずれな言い訳をするということは、本当の理由を言いたくないのだろう。
そう結論付けたシダナは、もう一度丁寧に腰を折った。
「政務をおろそかにして申し訳ありませんでした。馬車の中に仕事を置いてきてますので、わたくしはそれを片付けながら戻ることにします。陛下はどうぞヴァーリと共にお戻りください」
シダナは遠回しに、ヴァーリを押し付けられたら困るとアルビスに訴えた。
なにせ馬車は狭いし、シダナが座る場所以外は書類で埋め尽くされている。大柄なヴァーリが座るところなどないし、仮に座れたとしても邪魔なだけだ。
けれどアルビスは、否とも是とも言わない。
空は完全に雲で覆われ、雪は絶え間なく降り続いている。
3人の髪と肩が、均等に白く染まり──さすがにシダナが寒さを覚えた頃、ようやっとアルビスが口を開いた。
「……あれは」
「は?」
「あれはどうしていた?少しは食事を取れるようになっていたか?」
アルビスが切なそうに見つめる場所は、トゥ・シェーナ城。
佳蓮はそこへ移る前から、ほとんど食事を取ることができなくなっていた。そのことは北方視察に戻ったアルビスの耳にも入っていた。
「あいにく食事を共にしたわけではございません……ですが、ずいぶんお痩せになられておりました」
言いにくいことではあるが、隠すべきことでもない。
ありのまま伝えたシダナだけれども、すぐに付け加える。
「ただ、わたくしにお茶をぶっかけるくらいの元気はありました」
「カレンに何をした」
途端に厳しい口調になったアルビスに対して、シダナは表情を変えずにさらりと答える。
「お戻りになるよう説得を……といっても、首を縦に振ってはもらえませんでしたが」
「余計なことをするな」
抑えきれない怒りの情が、燃えるようにアルビスの深紅の瞳を火照らせる。だがその瞳は、すぐに翳りを帯びた。
「そっとしておいてやれ……すべての非はこの私にあるのだから」
アルビスは懺悔をするように呟いた。
しかしその表情は、うっかりグラスを割ってしまいオロオロしている幼子みたいだ。
アルビスは己の罪を認めてはいるけれど、この後どうしていいのかわからず戸惑っている。そしてそこから目を背けようともしている。
(陛下、逃げることだけは許されません)
シダナはぐっと握りこぶしを作ると、アルビスへと一歩近付いた。
「陛下、わたくしは先程、カレンさまが元の世界に戻りたいと理由を伺ってきました」
「……聞かなくてもわかる。ここより向こうが良いだけの事だろう」
諦めの混ざった拒絶の言葉に、シダナはゆっくりと首を横に振った。
「カレンさまが今でも元の世界に戻りたいのは、どちらが良いとか悪いとかそういうことではないのです」
「……では、なんだというのだ?」
意外そうな顔をしながら尋ねるアルビスに、シダナは答えない。その代わり、アルビスが一番食いつきそうな言葉を口にした。
「そうそう陛下、わたくしトウマ殿の話も伺ってまいりました。カレンさまとどんな関係だったかも」
予想通りアルビスの眉がピクリと跳ねた。
それを逃すまいと、シダナは口調を早めてアルビスを引き留める。
「わたくしは陛下に、カレン様が戻りたいと願い続ける理由を知って欲しいと思っています。どうか少しのお時間で結構ですので、語る許可をお与えください」
「……ここは寒い。馬車の中で聞こう」
「ありがとう存じます」
深く頭を下げたシダナは、すぐに顔を上げると身体の向きを変えた。
「馬車までご案内します」
アルビスはシダナの言葉に頷き、歩き出す。
そんな中、馬車の外で護衛をする気でいるヴァーリは「なら、これ貸して」と、シダナのマントを引っ張った。
その図々しい態度に苛立ったシダナは、ヴァーリの手の甲をつねりながら有無を言わせぬ口調で、こう言い放つ。
「ヴァーリ、お前も一緒に聞くんだ。それと、車内の片付けも手伝ってもらうぞ」
すぐさま「うげっ」というヴァーリの非難の声が聞こえたけれど、シダナは無視して歩き出した。
51
お気に入りに追加
3,077
あなたにおすすめの小説
くたばれ番
あいうえお
恋愛
17歳の少女「あかり」は突然異世界に召喚された上に、竜帝陛下の番認定されてしまう。
「元の世界に返して……!」あかりの悲痛な叫びは周りには届かない。
これはあかりが元の世界に帰ろうと精一杯頑張るお話。
────────────────────────
主人公は精神的に少し幼いところがございますが成長を楽しんでいただきたいです
不定期更新
もてあそんでくれたお礼に、貴方に最高の餞別を。婚約者さまと、どうかお幸せに。まぁ、幸せになれるものなら......ね?
当麻月菜
恋愛
次期当主になるべく、領地にて父親から仕事を学んでいた伯爵令息フレデリックは、ちょっとした出来心で領民の娘イルアに手を出した。
ただそれは、結婚するまでの繋ぎという、身体目的の軽い気持ちで。
対して領民の娘イルアは、本気だった。
もちろんイルアは、フレデリックとの間に身分差という越えられない壁があるのはわかっていた。そして、その時が来たら綺麗に幕を下ろそうと決めていた。
けれど、二人の関係の幕引きはあまりに酷いものだった。
誠意の欠片もないフレデリックの態度に、立ち直れないほど心に傷を受けたイルアは、彼に復讐することを誓った。
弄ばれた女が、捨てた男にとって最後で最高の女性でいられるための、本気の復讐劇。
ちっちゃいは正義
ひろか
恋愛
セラフィナ・ノーズは何でも持っていた。
完璧で、隙のない彼女から婚約者を奪ったというのに、笑っていた。
だから呪った。醜く老いてしまう退化の呪い。
しかしその呪いこそ、彼らの心を奪うものだった!
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
龍王の番
ちゃこ
恋愛
遥か昔から人と龍は共生してきた。
龍種は神として人々の信仰を集め、龍は人間に対し加護を与え栄えてきた。
人間達の国はいくつかあれど、その全ての頂点にいるのは龍王が纏める龍王国。
そして龍とは神ではあるが、一つの種でもある為、龍特有の習性があった。
ーーーそれは番。
龍自身にも抗えぬ番を求める渇望に翻弄され身を滅ぼす龍種もいた程。それは大切な珠玉の玉。
龍に見染められれば一生を安泰に生活出来る為、人間にとっては最高の誉れであった。
しかし、龍にとってそれほど特別な存在である番もすぐに見つかるわけではなく、長寿である龍が時には狂ってしまうほど出会える確率は低かった。
同じ時、同じ時代に生まれ落ちる事がどれほど難しいか。如何に最強の種族である龍でも天に任せるしかなかったのである。
それでも番を求める龍種の嘆きは強く、出逢えたらその番を一時も離さず寵愛する為、人間達は我が娘をと龍に差し出すのだ。大陸全土から若い娘に願いを託し、番いであれと。
そして、中でも力の強い龍種に見染められれば一族の誉れであったので、人間の権力者たちは挙って差し出すのだ。
龍王もまた番は未だ見つかっていないーーーー。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる