皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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一部 復讐という名の結婚をしますが……何か?

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 身支度を整えたばかりの花嫁は、緊張のせいで白粉が肌に馴染まず青ざめて見える。けれども式が近づくにつれて、だんだんと頬に熱を帯びて美しい顔色になると言われている。

 しかし花嫁衣装に身を包んでいる佳蓮は、間もなく挙式だというのに顔色は白く、うんざりとした表情を浮かべていた。

「一回しか着ないのにこんなに豪勢なもを作るのってさぁ、どう考えても税金の無駄だと思うんだけど……」

 だらしなく鏡台の椅子に腰かけている佳蓮のぼやきに、リュリュとルシフォーネは困惑した表情を浮かべた。

 今日は、皇帝アルビスの結婚式。その花嫁となる佳蓮の衣裳は、メルギオス帝国全ての裁縫技術を集結したような絢爛豪華なもの。

 最高の絹地をたっぷりと使った純白のドレスは、腰をキュッと絞って裾が大きく広がる定番のデザインだが、生地には隙間なく銀糸で刺繍が施され、至る所に真珠とクリスタルが縫い付けられている。

 見た目は素晴らしいドレスだが、実はかなり重い。佳蓮は座っているだけでも辛くて、式も始まっていないのにもう疲労困憊だ。

 鏡台から立ち上がる気力すらないのに、これからこの重たいドレスを着て式に臨むなんて、想像するだけで気が滅入る。

「はぁーー……」

 溜息を吐く佳蓮は、傍から見ると今にも「やっぱ出たくない」と言い出しかねない不機嫌さで、思わずリュリュは声を掛ける。

「あの……カレンさま、一度きりのことですので……お願いいたします。ど、どうか耐えてください」
「うん、わかってる。ちゃんと式には出るよ」

 リュリュの不安を拭うために一度は笑みを浮かべてみたものの、鏡に映る自分の姿を目にした佳蓮は顔をしかめた。

(この髪型、やっぱ腹立つ)

 胸まである髪は普段は下ろしたままだけれど、今日は丁寧に結い上げられている。ただし髪飾りは一つもないし、花も一輪も刺していない。

 豪華なドレスの割に質素な髪型になっているが、それには理由がある。 

「帝冠落としたら、やっぱりマズいよねぇ……」

 皇帝の結婚式は花嫁が皇族に加わることにもなるから、式の後には戴冠式が待っている。

 本来なら予行演習をするのだが、佳蓮は「誰がやるもんか」と跳ね除けた。もちろん、アルビスは咎めなかった。
  
 でもいざ当日を迎えると、万が一落として壊したら弁償しなければならないのだろかと、不安を覚えてしまう。

「マズいどころではありません、カレンさま。絶対にそれだけはやめてくださいませ」

 佳蓮の呟きを聞き流せなかったルシフォーネが、ほんの少しだけ表情を厳しいものに変え小言を口にする。

「う……うん。多分、うん。頑張る」
「多分では困ります。とにかく身体を真っ直ぐにして受け止めてください。退出するまでの辛抱です。こればっかりはお助けすることはできませんので、所謂、気合というもので乗り切ってくださいませ」
「……はぁーい」

 嫌々感を丸出しにして佳蓮は返事をすれば、ルシフォーネはそれ以上何も言わずテキパキと小物類を片づけを始めた。リュリュも後に続く。

 無駄のない動きをする二人をぼんやりと見つめていた佳蓮だけれど、窓に視線を向けて溜息を吐く。

「……あの子は元気かなぁ」

 佳蓮が何気なく口にしたのは、城端の塔に幽閉されている少年──ロタのこと。

 真冬の水堀を泳がされたせいで、佳蓮は熱を出して寝込んでしまい、あれから一度もロタの顔を見ていない。

 それ以外にも、佳蓮が寝込んでいる間に色んなことが起こった。

 セリオスが還俗して宰相になったり、貴族数人と皇后候補の一人の首が撥ねられ、その後皇后候補の人数がぐっと減った。 

 その全てを佳蓮はベッドの中でルシフォーネから聞いたが、どうでも良かった。リュリュとロタが無事だったことの方が、よっぽど大事だった。

 佳蓮は成り行き上、聖皇后にはなるけれど跡継ぎを産む予定もないし、その気もない。どうしても世継ぎが必要なら、愛人の誰かが何とかしてくれるだろう。

 それに佳蓮が聖皇后になるというのに、皇后候補達が内廷に残るのは、だから。愛人候補は一度しか会ってないけれど、美しい人たちだった。きっと夜伽も上手にこなしてくれるはず。

(今日の夜から頑張ってね)

 佳蓮が嫌味なく念じたその時、背後から突然男の声がした。

「結婚式当日に他の男に気持ちを向けるのは感心しないな、カレン」

 ノックもしないで入室した不届き者は、花婿であるアルビスだった。
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