皇帝陛下の寵愛なんていりませんが……何か?

当麻月菜

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一部 別居中。戻る気なんて0ですが......何か?

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 元の世界で佳蓮が住んでいた地域は温暖な海沿いの地方で、雪が降ることはめったになかった。

 だから佳蓮は、雪が降り続けるここは、春までずっと曇天の空模様が続くのかと思っていた。

 でも、違った。雪が多い土地でも、晴天に恵まれる日はある。

 けれども、佳蓮の心の傷は癒えるどころか、かさぶたにすらなっていない。

 あの日の出来事を繰り返し夢に見て飛び起きることもあるし、神殿に足を向ける勇気が持てないでいる。

 戻りたいという願いだけを胸に抱え、佳蓮はしんしんと積もる雪に埋もれるような毎日を送っていた。

 ──それから半月が過ぎた。

 雪に反射して輝くような青空の下、朝のきんとした冷気と共に清潔な陽の光が部屋に差し込んでいる。

 そんな眩しい程の部屋の中、佳蓮はソファに腰かけて朝食を取っていた。

「カレンさま本日は新鮮なミルクが手に入りましたので、ミルクティーをお淹れしますね」
「……うん」

 佳蓮はこの城に住居を移して、初めてまともな食事を取っている。

 パンとスープという簡素なものだが、リュリュはとても嬉しそうだ。

「キコルという実でジャムを作りました。良かったらこちらも召し上がってください」
「……ありがとう」

 佳蓮はパンをちぎってジャムをたっぷりと塗り、口に含んだ。

「……美味しい」

 未だに味覚が戻らない佳蓮は、小さな嘘を吐く。

 甘みだけが感じることができない食事は苦痛だが、それでも食べる。

 なぜなら今日は大っ嫌いな奴が来る日だから。そんな奴の前で倒れるなど絶対にしたくない。

 10日ほど前から、佳蓮宛にシダナから毎日手紙が届くようになった。

『一度会いたい。少しでいいから会う時間を取って欲しい』

 ただそれだけの短い手紙を、佳蓮は最初は無視した。問答無用でゴミ箱に放り入れた。途中からは暖炉の中に放り込んで薪代わりにした。

 でも手紙は飽きることなく届く。

 根負けした佳蓮は、離宮に戻る気はないけれど一回だけなら会ってもいいよと条件を出し、シダナと会うことにした。

 自分が出した条件があっさり通ったことに、佳蓮はわずかな期待を持っている。自分を”返品”してくれるのではないかと。

 言葉を選ばずに言うなら、アルビスは一度ヤッたら飽きたのだろう。最低なあの男らしい。

(別に……それでもいいもん)

 今なら、まだ間に合う。元の世界に戻れたなら、この世界で受けた数々の理不尽な出来事を全て過去の事にできると佳蓮は信じている。
 
 朝食を終えた佳蓮は、一番質素なドレスに着替えた。

 姿見に映る自分を見て笑い出したくなる。

 10代とは思えないカサカサの肌は、おばあちゃんみたいだ。ドレスの袖からのぞく手は骨ばっていて筋が目立っているし、至る所がだぼついていて身体に合っていない。

 元々凹凸のない身体ではあったけれど、ここまで痩せてしまっていたなんて。いつのまにこんなふうになってしまったのだろう。

 あまりに変わり果てた姿に佳蓮が苦笑いを浮かべたら、鏡越しにリュリュと目が合った。

「なんかだいぶ痩せちゃったね」

 わざとおどけた口調でそう言えば、リュリュは今にも泣きそうな表情を浮かべる。

「あの……すぐにサイズを調整します。少しお待ちください」
「待って!いいの。このままでいい」

 慌てて裁縫道具を取りに行こうとするリュリュを、佳蓮は厳しい口調で引き留めた。

(このやつれた姿をアイツに見せつけて、私がどれだけ辛い思いをしたのか思い知らせてやる)

 そう思っていたし、よりみすぼらしい姿でいたほうが返品したくなるだろうという打算もあった。

 佳蓮は18歳。まだまだ食べ盛りで、育ち盛りの高校生だ。元の世界に戻れば、体重などあっという間に戻るだろう。
 
 ただこの姿を母親や冬馬に見せるのは胸が痛い。佳蓮の母親は看護師だ。10代の小娘がダイエットなど愚の骨頂。しっかり食べて動きなさいと日ごろから口をすっぱくして言われてきた。

 訊き飽きたその小言を、今は聞きたくてたまらない。

「リュリュさん行こう。客間に案内して」
「かしこまりました」

 すくんでしまう足を叱咤して、佳蓮は客間へと歩みを進めた。
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