79 / 93
ポンコツ愛と狂愛の戦い※またの名を【口付け事件】
2
しおりを挟む
「誰を待っているんだ?」
力任せに抱きしめられ、息苦しさで喘ぐユリシアに、アルダードは囁くように問いかける。
ユリシアは、ぐっと奥歯を噛み締めた。死んだって答えてやるもんか。
「大公はここには来ない。フリーシアから聞いている。あいつは惚れた女がいるそうだな」
「……っ」
「お前はどうせ捨てられる運命だったんだ。あいつは絶対に助けになんかこない」
「……言われなくてもわかってます」
悔し紛れに言い返せば、アルダードは満足そうに笑った。
ユリシアはグレーゲルが助けに来てくれるという発想など、とうに捨てている。
だって自分は、彼が本命と結ばれる間の繋ぎでしかない。むしろ助けに来ないのは、当然だ。
それにここはおそらくリンヒニア国だ。
条約でマルグルス国民はリンヒニア国で魔法を使うことは禁じられている。それに手を尽くして自分を取り戻すなんて、彼にとって何のメリットも無いはずだ。
だからユリシアは、咄嗟に名を呼ぼうとした彼の名を口の中で噛み砕いた。
もし言葉にしてグレーゲルに助けを求めてそれが叶わなかったとき、自分が受ける心のダメージは半端無いだろう。
彼と結ばれたいと身の程知らずなことは誓って思っていない。でも自ら傷付く行為なんて、したくない。
「ああユリシア。やっと手に入れた……見ろ、ここは今日からお前が過ごす部屋だ。素晴らしいだろう?」
アルダードが抱きしめる腕を緩めたのを見逃さず、ユリシアはぐいっと身体を背ける。
否が応でも視界に映るそこは、全ての窓に鉄格子がはめられていた。
「ま……まさか、私をここに閉じ込めるつもりなんですか?」
「閉じ込めるなんて人聞きの悪い。鉄格子は外敵の侵入を拒むための特注品だ」
子供にプレゼントを渡すような笑顔を向けるアルダードは、どこかが壊れている。
世界中探したって、こんな鉄格子付きの部屋を見て喜ぶ人間などいるはずがないというのに。
一体いつから彼はこんなふうになってしまったのだろう。彼の心の中には自分では想像もできないくらい深い闇がある。
だからと言って、癒えぬ傷を抱えた彼と寄り添い生きていくなんてまっぴらごめんだ。
「いやだっ、こんなところ!私、帰る!!」
感情が制御できなくて、舌足らずな子供の言い方になってしまったけれど、ちゃんとアルダードには伝わったようだ。
みるみるうちに、彼の顔が険しくなる。
「どこに帰るというんだ?お前の居場所はここだ」
「やだっ。私の居場所はここじゃない!あんたの傍なんて絶対に嫌!!」
「なっ」
傷付いた顔をしてアルダードが再びユリシアを抱きしめる。
でもユリシアは、それを拒み手足を振り回す。肩が焼けつくように痛い。服が湿っていて、これが全部自分の血だと思うとこのまま死んでしまう不安が忍び寄る。
それでもここで一生過ごすよりマシだ。
「私、トオン領に帰る!モネリとアネリーが待ってるもんっ。早く帰るっ。ブランさんだってラーシュさんにだって待ってるもん!やだやだっ、帰る!離してよっ」
必死に伸ばす手の先には何も無いのはわかっていても、何かを掴もうと更に腕を伸ばす。
「帰るっ。こんなところ嫌!」
「……ユリシア」
「やだっ。もう嫌だ!!」
「ユリシア」
「あんなたなんか大っ嫌い!!」
「ユリシア!!」
泣き喚くユリシアよりもっと大きな声で、アルダードが名を呼ぶ。
「……駄目だ……消えないでくれ。私の傍にいろ」
別人のように弱々しい声が、ユリシアの耳に落ちる。
「お前がいれば、私は凍えなくてすむんだ」
「……私は寒いよ」
「私が暖めてやる。お前がいれば世界は明るく色を持つんだ」
「……やだ。あんたなんかに暖められたくないっ。私は真っ暗になるっ」
泣きそうな声で一方的な要求を突き付けるアルダードに、心はこれっぽっちも揺れ動かない。
何より好きじゃない人に触れられることが、とても不快だ。
「どいてっ、やだっ」
悲鳴に近い声をあげてユリシアは手を伸ばす。
虚空を掴む手は、きっと無様に映るだろう。それでも、手を下ろすわけにはいかない。地面に指先が触れた瞬間、きっと何もかも諦めてしまいそうで。
「……助けて、お願い」
愚かなことだとわかっている。でも、グレーゲルにどうか届いて。
それは絶対に叶わぬ願いだと思っていた。けれどもーー
「待たせたな」
金色の魔法陣が床に描かれたと同時に、他の誰とも間違えようがない低く美しい声が耳朶を刺す。
ボルドー色の瞳に自分の姿を映してくれたその人は、伸ばした手を大きな手でしっかりと掴んでくれた。
力任せに抱きしめられ、息苦しさで喘ぐユリシアに、アルダードは囁くように問いかける。
ユリシアは、ぐっと奥歯を噛み締めた。死んだって答えてやるもんか。
「大公はここには来ない。フリーシアから聞いている。あいつは惚れた女がいるそうだな」
「……っ」
「お前はどうせ捨てられる運命だったんだ。あいつは絶対に助けになんかこない」
「……言われなくてもわかってます」
悔し紛れに言い返せば、アルダードは満足そうに笑った。
ユリシアはグレーゲルが助けに来てくれるという発想など、とうに捨てている。
だって自分は、彼が本命と結ばれる間の繋ぎでしかない。むしろ助けに来ないのは、当然だ。
それにここはおそらくリンヒニア国だ。
条約でマルグルス国民はリンヒニア国で魔法を使うことは禁じられている。それに手を尽くして自分を取り戻すなんて、彼にとって何のメリットも無いはずだ。
だからユリシアは、咄嗟に名を呼ぼうとした彼の名を口の中で噛み砕いた。
もし言葉にしてグレーゲルに助けを求めてそれが叶わなかったとき、自分が受ける心のダメージは半端無いだろう。
彼と結ばれたいと身の程知らずなことは誓って思っていない。でも自ら傷付く行為なんて、したくない。
「ああユリシア。やっと手に入れた……見ろ、ここは今日からお前が過ごす部屋だ。素晴らしいだろう?」
アルダードが抱きしめる腕を緩めたのを見逃さず、ユリシアはぐいっと身体を背ける。
否が応でも視界に映るそこは、全ての窓に鉄格子がはめられていた。
「ま……まさか、私をここに閉じ込めるつもりなんですか?」
「閉じ込めるなんて人聞きの悪い。鉄格子は外敵の侵入を拒むための特注品だ」
子供にプレゼントを渡すような笑顔を向けるアルダードは、どこかが壊れている。
世界中探したって、こんな鉄格子付きの部屋を見て喜ぶ人間などいるはずがないというのに。
一体いつから彼はこんなふうになってしまったのだろう。彼の心の中には自分では想像もできないくらい深い闇がある。
だからと言って、癒えぬ傷を抱えた彼と寄り添い生きていくなんてまっぴらごめんだ。
「いやだっ、こんなところ!私、帰る!!」
感情が制御できなくて、舌足らずな子供の言い方になってしまったけれど、ちゃんとアルダードには伝わったようだ。
みるみるうちに、彼の顔が険しくなる。
「どこに帰るというんだ?お前の居場所はここだ」
「やだっ。私の居場所はここじゃない!あんたの傍なんて絶対に嫌!!」
「なっ」
傷付いた顔をしてアルダードが再びユリシアを抱きしめる。
でもユリシアは、それを拒み手足を振り回す。肩が焼けつくように痛い。服が湿っていて、これが全部自分の血だと思うとこのまま死んでしまう不安が忍び寄る。
それでもここで一生過ごすよりマシだ。
「私、トオン領に帰る!モネリとアネリーが待ってるもんっ。早く帰るっ。ブランさんだってラーシュさんにだって待ってるもん!やだやだっ、帰る!離してよっ」
必死に伸ばす手の先には何も無いのはわかっていても、何かを掴もうと更に腕を伸ばす。
「帰るっ。こんなところ嫌!」
「……ユリシア」
「やだっ。もう嫌だ!!」
「ユリシア」
「あんなたなんか大っ嫌い!!」
「ユリシア!!」
泣き喚くユリシアよりもっと大きな声で、アルダードが名を呼ぶ。
「……駄目だ……消えないでくれ。私の傍にいろ」
別人のように弱々しい声が、ユリシアの耳に落ちる。
「お前がいれば、私は凍えなくてすむんだ」
「……私は寒いよ」
「私が暖めてやる。お前がいれば世界は明るく色を持つんだ」
「……やだ。あんたなんかに暖められたくないっ。私は真っ暗になるっ」
泣きそうな声で一方的な要求を突き付けるアルダードに、心はこれっぽっちも揺れ動かない。
何より好きじゃない人に触れられることが、とても不快だ。
「どいてっ、やだっ」
悲鳴に近い声をあげてユリシアは手を伸ばす。
虚空を掴む手は、きっと無様に映るだろう。それでも、手を下ろすわけにはいかない。地面に指先が触れた瞬間、きっと何もかも諦めてしまいそうで。
「……助けて、お願い」
愚かなことだとわかっている。でも、グレーゲルにどうか届いて。
それは絶対に叶わぬ願いだと思っていた。けれどもーー
「待たせたな」
金色の魔法陣が床に描かれたと同時に、他の誰とも間違えようがない低く美しい声が耳朶を刺す。
ボルドー色の瞳に自分の姿を映してくれたその人は、伸ばした手を大きな手でしっかりと掴んでくれた。
14
お気に入りに追加
1,947
あなたにおすすめの小説
人を好きになるのがこんなにつらいって……誰か教えてよ
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が突然事故で他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して、領のことなど右も左もわからない。そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の4人のこどもたち(14歳男子、13歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、貴族のマナーなど全く知らないこどもたちに貴族のマナーを教えたり、女心を教えたり(?)とにかく、毎日が想像以上に大変!!
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※設定はゆるめです(たぬきち25番比)
※胸キュンをお届けできたらと思います。
この誓いを違えぬと
豆狸
恋愛
「先ほどの誓いを取り消します。女神様に嘘はつけませんもの。私は愛せません。女神様に誓って、この命ある限りジェイク様を愛することはありません」
──私は、絶対にこの誓いを違えることはありません。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。
※7/18大公の過去を追加しました。長くて暗くて救いがありませんが、よろしければお読みください。
なろう様でも公開中です。
親友に裏切られた侯爵令嬢は、兄の護衛騎士から愛を押し付けられる
当麻月菜
恋愛
侯爵令嬢のマリアンヌには二人の親友がいる。
一人は男爵令嬢のエリーゼ。もう一人は伯爵令息のレイドリック。
身分差はあれど、3人は互いに愛称で呼び合い、まるで兄弟のように仲良く過ごしていた。
そしてマリアンヌは、16歳となったある日、レイドリックから正式な求婚を受ける。
二つ返事で承諾したマリアンヌだったけれど、婚約者となったレイドリックは次第に本性を現してきて……。
戸惑う日々を過ごすマリアンヌに、兄の護衛騎士であるクリスは婚約破棄をやたら強く進めてくる。
もともと苦手だったクリスに対し、マリアンヌは更に苦手意識を持ってしまう。
でも、強く拒むことができない。
それはその冷たい態度の中に、自分に向ける優しさがあることを知ってしまったから。
※タイトル模索中なので、仮に変更しました。
※2020/05/22 タイトル決まりました。
※小説家になろう様にも重複投稿しています。(タイトルがちょっと違います。そのうち統一します)
それは報われない恋のはずだった
ララ
恋愛
異母妹に全てを奪われた。‥‥ついには命までもーー。どうせ死ぬのなら最期くらい好きにしたっていいでしょう?
私には大好きな人がいる。幼いころの初恋。決して叶うことのない無謀な恋。
それはわかっていたから恐れ多くもこの気持ちを誰にも話すことはなかった。けれど‥‥死ぬと分かった今ならばもう何も怖いものなんてないわ。
忘れてくれたってかまわない。身勝手でしょう。でも許してね。これが最初で最後だから。あなたにこれ以上迷惑をかけることはないわ。
「幼き頃からあなたのことが好きでした。私の初恋です。本当に‥‥本当に大好きでした。ありがとう。そして‥‥さよなら。」
主人公 カミラ・フォーテール
異母妹 リリア・フォーテール
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
愛なんてどこにもないと知っている
紫楼
恋愛
私は親の選んだ相手と政略結婚をさせられた。
相手には長年の恋人がいて婚約時から全てを諦め、貴族の娘として割り切った。
白い結婚でも社交界でどんなに噂されてもどうでも良い。
結局は追い出されて、家に帰された。
両親には叱られ、兄にはため息を吐かれる。
一年もしないうちに再婚を命じられた。
彼は兄の親友で、兄が私の初恋だと勘違いした人。
私は何も期待できないことを知っている。
彼は私を愛さない。
主人公以外が愛や恋に迷走して暴走しているので、主人公は最後の方しか、トキメキがないです。
作者の脳内の世界観なので現実世界の法律や常識とは重ねないでお読むください。
誤字脱字は多いと思われますので、先にごめんなさい。
他サイトにも載せています。
一年で死ぬなら
朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。
理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。
そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。
そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。
一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・
一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる