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被害者の仮面を被った、あなた。※またの名を【ご褒美事件】
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「ああ、初めましてだな」
見慣れないグレーゲルの微笑みを見て、ユリシアは小さく息を呑んだ。
夢かと思うほどの信じがたい光景に、これが現実だと実感する間もなくグレーゲルとフリーシアは会話を続ける。
「グレーゲル様のお名前はリンヒニア国では知らない者はいないほど名高いですわ。そんなお方のお屋敷にお招きいただけて嬉しゅうございます」
「礼には及ばない。婚約者の願いを叶えただけだ。勝手が違うマルグルスで、何か不便があれは遠慮なく言ってくれ」
「まぁ、お優しいのですね」
「ははっ」
甘い声をだしてしなを作るフリーシアに、グレーゲルは微笑を崩すことなく受け答えをしている。
ユリシアにとってグレーゲルは、滅多に笑わない男だ。しかめっ面と呆れ顔は嫌というほど見てきたが、彼の笑顔なんて冬のトオン領で野花を探すくらい難しいことだと思っていた。
でも今、王太子にも国王陛下にすら愛想笑い一つしなかった彼が、フリーシアに向けて笑みを浮かべている。
ユリシアは強い眩暈を覚えて、咄嗟に片手で顔を覆う。瞼に浮かぶのは、初めてここでグレーゲルと会った時の厳しい彼の表情。
確かにこちらも失礼千万な態度を取ったことは認めるが、それでも……
「ーーシア……おい、ユリシア」
低いグレーゲルの声にはっと我に返ったユリシアは、慌てて顔を覆っていた手を離す。
グレーゲルとフリーシアが無表情でこちらを見つめていた。
「申し訳ございません。ちょっと……あの……何でもないです。ぼうっとしてました」
二人が仲良くしている姿に衝撃を覚えたなど口が裂けても言えないユリシアは、不明瞭な言葉を紡ぎながら後退する。
「顔色が悪いが、風邪でもひいたか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうか?とりあえず座れ。今にも倒れそうで、見てられない」
「……お、お見苦しいものをお見せして」
「おい。また酒でも飲んだのか?」
「まさかっ」
気遣いなのか冗談なのかわからないことを言うグレーゲルから目を逸らしたら、今度はフリーシアと目が合った。
不出来な自分を嘲笑う彼女の表情は勝ち誇っていて、ユリシアは泣きたくなる。
『わたくしとあなたは、最初から立場が違うの』
執務室に向かう前にフリーシアが言った言葉が、時間を置いて胸に刺さる。出会って呼吸をする間に打ち解けた彼女の言葉が正しかったことを身をもって知る。
「......ごめんなさい」
誰に何を謝っているのかわからないけれど、気づけばユリシアは頭を下げていた。そして痛みから逃れるようずるずるとまた後退する。
でも、2歩後ろに下がった途端、グレーゲルに肩を掴まれた。
「フリーシア嬢、わざわざ出向いてもらい足労かけた。部屋までの道順は、ブランに聞いてくれ」
「え?」
「廊下でうちの執事が待機している。一先ず足りないものがあれは、そいつに言えばすぐに用意できる」
「ちょっとお待ちください。わたくしまだお話ししたいことが」
「すまないが、急用ができた」
フリーシアの主張を遮るグレーゲルの口調は、聞く人が聞けばどれだけ苛立っているかわかる。
でも自我を失いかけているユリシアには、それがわからない。グレーゲルのことを何も知らないフリーシアも同様に。
「リンヒニア国から来たわたくしのお話より、大切なことがおありなんですね?」
「ああ」
被せるように頷いたグレーゲルは、己の手で扉を開けた。
廊下にはブランが姿勢を正して主の命令を待っていた。
「ブラン、フリーシア嬢を部屋に送れ」
「かしこまりました」
一方的に部屋を追い出されたフリーシアは、それでもグレーゲルに何か言い募ろうとする。
しかし乱暴に扉が閉められーー執務室は、グレーゲルとユリシアの二人っきりの空間になった。
見慣れないグレーゲルの微笑みを見て、ユリシアは小さく息を呑んだ。
夢かと思うほどの信じがたい光景に、これが現実だと実感する間もなくグレーゲルとフリーシアは会話を続ける。
「グレーゲル様のお名前はリンヒニア国では知らない者はいないほど名高いですわ。そんなお方のお屋敷にお招きいただけて嬉しゅうございます」
「礼には及ばない。婚約者の願いを叶えただけだ。勝手が違うマルグルスで、何か不便があれは遠慮なく言ってくれ」
「まぁ、お優しいのですね」
「ははっ」
甘い声をだしてしなを作るフリーシアに、グレーゲルは微笑を崩すことなく受け答えをしている。
ユリシアにとってグレーゲルは、滅多に笑わない男だ。しかめっ面と呆れ顔は嫌というほど見てきたが、彼の笑顔なんて冬のトオン領で野花を探すくらい難しいことだと思っていた。
でも今、王太子にも国王陛下にすら愛想笑い一つしなかった彼が、フリーシアに向けて笑みを浮かべている。
ユリシアは強い眩暈を覚えて、咄嗟に片手で顔を覆う。瞼に浮かぶのは、初めてここでグレーゲルと会った時の厳しい彼の表情。
確かにこちらも失礼千万な態度を取ったことは認めるが、それでも……
「ーーシア……おい、ユリシア」
低いグレーゲルの声にはっと我に返ったユリシアは、慌てて顔を覆っていた手を離す。
グレーゲルとフリーシアが無表情でこちらを見つめていた。
「申し訳ございません。ちょっと……あの……何でもないです。ぼうっとしてました」
二人が仲良くしている姿に衝撃を覚えたなど口が裂けても言えないユリシアは、不明瞭な言葉を紡ぎながら後退する。
「顔色が悪いが、風邪でもひいたか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうか?とりあえず座れ。今にも倒れそうで、見てられない」
「……お、お見苦しいものをお見せして」
「おい。また酒でも飲んだのか?」
「まさかっ」
気遣いなのか冗談なのかわからないことを言うグレーゲルから目を逸らしたら、今度はフリーシアと目が合った。
不出来な自分を嘲笑う彼女の表情は勝ち誇っていて、ユリシアは泣きたくなる。
『わたくしとあなたは、最初から立場が違うの』
執務室に向かう前にフリーシアが言った言葉が、時間を置いて胸に刺さる。出会って呼吸をする間に打ち解けた彼女の言葉が正しかったことを身をもって知る。
「......ごめんなさい」
誰に何を謝っているのかわからないけれど、気づけばユリシアは頭を下げていた。そして痛みから逃れるようずるずるとまた後退する。
でも、2歩後ろに下がった途端、グレーゲルに肩を掴まれた。
「フリーシア嬢、わざわざ出向いてもらい足労かけた。部屋までの道順は、ブランに聞いてくれ」
「え?」
「廊下でうちの執事が待機している。一先ず足りないものがあれは、そいつに言えばすぐに用意できる」
「ちょっとお待ちください。わたくしまだお話ししたいことが」
「すまないが、急用ができた」
フリーシアの主張を遮るグレーゲルの口調は、聞く人が聞けばどれだけ苛立っているかわかる。
でも自我を失いかけているユリシアには、それがわからない。グレーゲルのことを何も知らないフリーシアも同様に。
「リンヒニア国から来たわたくしのお話より、大切なことがおありなんですね?」
「ああ」
被せるように頷いたグレーゲルは、己の手で扉を開けた。
廊下にはブランが姿勢を正して主の命令を待っていた。
「ブラン、フリーシア嬢を部屋に送れ」
「かしこまりました」
一方的に部屋を追い出されたフリーシアは、それでもグレーゲルに何か言い募ろうとする。
しかし乱暴に扉が閉められーー執務室は、グレーゲルとユリシアの二人っきりの空間になった。
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