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初めまして、血濡れの大公様 ※安全な距離を保ちつつ

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 ーー時を戻して、ここはユリシアがいる別宅。

 予定よりも早い大公様のご帰宅だけでも寿命が縮まるというのに、加えて彼の元に連行されるなんて冗談じゃない。

 ということを口に出せないユリシアは、ゆるやかに首を横に振った。行きたくないよとナチュラルに、でも全力で訴えた。

 しかし執事のブランは無情にもこう言った。

「殿下は待たされるのがお嫌いです」

 要約するならば「命が惜しけりゃ、とっとと付いてこい」だ。

 しかし、とっとと付いて行った先に命の保証があるのだろうか。来世の運を使ったとて、無事に生きて帰れる保証は五分五分だ。

「……あの、実は私……頭痛がして……」
「では、後ほどお薬をお持ちしましょう」
「眩暈で歩けそうにも───」
「担ぎましょうか?」
「……いえ」

 最後の悪あがきで仮病を使ってみたけれど、ブランの目は諦めろと訴えている。

 一縷の望みを掛けて、モネリとアネリーを見る。

「行ってらっしゃいませ、ユリシア様」
「お戻りになるまでに美味しいお菓子をご用意させていただきまーす」

 そんな見送りの言葉と共に、ひらひらと手を振られてしまった。ただ、目は「早く行け」と必死で叫んでいる。

 4つの瞳は、強盗に襲われ誰かに助けを求める時より切実な何かを秘めていた。

(ああ……私がゴネた結果、二人に何らかの危害が加えられるかもしれない。いや、加えられるよね絶対)

 なんといっても呼びつけた相手は、気分と機嫌次第で人を殺す血濡れの熊ゴリラ。メイドの命などバナナ代わりにむしってしまうかもしれない。

 そりゃあ他人の命を心配する前に、自分の身を守る方が先決だ。

 でも、そうわかっていても、気付けばユリシアは立ち上がり、足は自然と扉に向かっていた。

 ただ最後に、これだけはモネリとアネリーに伝えておかなければならない。

「私が死んだら……絶対に、絶っ対に、この読みかけの小説を棺桶に入れてね!!」

 間髪入れずにメイド二人は返事をしてくれたけれど、語尾は「はいぃ?」と疑問形だった。


***



 執事のブランを先頭に、ユリシアは長い回廊を歩いて本邸の中に入る。

 初日に通過しただけではあるが、ユリシアの存在は知られているのだろう。メイド達は深く腰を折り道を譲る。

(ご丁寧にありがとう。じゃあ、そのお礼に熊ゴリラ大公と面談できる権利をお譲りしまーす……って、いらないよね。うん、私もいらない。できることなら希望者に差し上げたいよぅ)

 北風が染みたという言い訳が通用しないほど涙目になっているユリシアは、ぼそぼそとそんなことを心の中で呟く。

 しかし足は止まらない。もちろんブランの足も止まらない。彼の背中が「足を止めたら【死】のみ」と語っているのは気のせいであろうか。……気のせいだったら、超うれしい。

 なぁーんてことを考えてもやっぱり足は止まらない。

 そしてこのままずっと歩いていたいと願う中、ブランの足はとある扉の前でピタリと止まった。ユリシアの口からか細い悲鳴が出る。

「ひぃ……あ、あの……ブランさん。最後に一つだけ質問があります」
「手短にしてもらえたら嬉しゅうございます」
「はい。では、単刀直入に聞きますが、この扉とリールストン大公はどちらが大きいでしょうか?」
「……は?」
「ですから、大公様はこの扉から出入りできる程度の大きさなんですか?」

 まったく意味がわからないとポカンとするブランに、ユリシアは語尾を強めて問うた。

 予め知っておかなければならないのだ。熊ゴリラ大公の大きさを。

 そして安全距離ソーシャルディスタンスを保ってないといつ殺されるかわからないから、今のうちに立ち位置を決めておかなければならない。

 だって読みかけの小説を読了するためにも、何としてでも生き残りたいのだ。
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