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第3章 前世の私が邪魔して、今世の貴方の気持ちがわかりません
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森を抜け、街に到着したイクセルは、目についた馬小屋に馬を預けるとフェリシアと並んで歩き出した。
「……あの、よろしいのですか?」
「何がだ?」
怪訝な顔をするイクセルに、フェリシアは元来た道を指さす。
「馬ですよ、馬。適当な人に預けて、万が一にも盗まれたら……」
「ああ、言ってなかったな。あそこは警護団が所有する施設だから問題ない」
「え?あそこ……かなりボロい……いえ、古臭い……ではなく、趣のある建物なのに?」
「随分酷いことを言ってくれるな。まぁ、確かに年季が入っているが、あえてそうしてる。街に溶け込んでいるほうが何かと便利なことが多いんだ」
「そうでしたか。安心しました」
てっきり、予算が足りないのかと不憫に思ってしまったが、そうじゃなかった。
あからさまにホッとしたフェリシアに、イクセルは幸いにも馬の安否についてだと解釈してくれたようで、ニコリと笑って手を差し出した。
「では、デートといこうか」
「デ、デート!?」
素っ頓狂な声を出すフェリシアに、イクセルは苦笑する。
「若い男女が、二人っきりで祭りに参加するのだから、デートと言わずになんというのですか?」
真顔で尋ねられても、返答に困る。
「さぁ、手を繋いで。平民に扮した私たちが、腕を組んで歩くのは適さない。ほら、さぁ」
”ほら、さぁ”と言いながら、イクセルは自分の手をぐいぐいフェリシアの前に出すし、目は笑っていない。
身なりが変わっても、彼は人を脅すことに長けている。
「では、あの……失礼します」
恐る恐るイクセルの手に、自分の手を重ねた途端、ギュッと強く握られた。
大きく節ばった手は、否が応でも男の手だと認識してしまう。
「つ、強すぎます。もう少し、優しくお願いします」
「嫌ですよ」
「え、そんなぁ」
「手を緩めたら貴女はどこかに行ってしまいそうですから、駄目です」
一度だって逃げたことなどないのに、なぜそんなことを言うのだろう。
そんな疑問が頭の隅によぎったけれど、デートをしているという現状の方がよっぽど強烈で、フェリシアはイクセルと手を繋いだまま歩き出した。
赤くなった顔を隠すように下を向いて歩いていたけれど、活気のある声に惹かれて、フェリシアは弾かれたように顔を上げた。
「まぁ……すごいわ」
感嘆の声を上げたフェリシアは、そのまま足を止める。
まだ街に到着したばかりだというのに、既に華やかに飾り付けられ、人々が溢れ返っている。
かすかに見えている広場には、柱が幾本も立てられ、艶やかな布と向日葵が飾られている。
「お祭りだったのですね、今日は」
「ええ、そうです。夏の終わりの祭りは、実りの季節の到来を意味しているので、この街では一番大きな規模になるんです」
「確かに、すごい賑わいですわ」
「そうなんです。だから、我々はこうして街人に扮して見回りをしなくてはならない」
「え……?」
最後のイクセルの言葉に、フェリシアの顔が引きつった。
(デートと言っても、デートっぽく見せた見回りってことで、つまりこれはデートではなく、イクセルの仕事に付き合っている……だけ?)
がっかりしてはいけないとわかっていても、落胆する気持ちは隠せない。
「わたくしを騙す必要はあったのですか?」
非難の声を上げてしまったけれど、別に利用されたことに対して怒っているわけじゃない。ちょっとだけ、傷ついただけだ。
言ってくれれば、ちゃんと協力したし、動揺だってしなかった。
何より、こんなにもドギマギすることはなかったし、無駄にイクセルを意識することもなかった。
もうイクセルのことを、好きになってしまったことは認めよう。でも想いを伝えることはできないし、結ばれる未来もない。彼には、他に好きな人がいるのだから。
「仕事なら仕事だと、はっきりおっしゃってください。万が一にも誰かが勘違いをなさって、あなたの想い人の耳にでも入ったら取り返しのつかないことになりますわよ」
力いっぱい睨みつけても、イクセルの表情は動かない。いや、口元は微かに弧を描いている。なんて男だ。
そして、こんな男の微笑みに魅せられてしまう自分は、どうしようもなく愚かだ。
「……嫌い。もう、嫌」
イクセルから顔を背けて、唇を噛む。紡いだ言葉は、自分に向けてのものだったのに、なぜかイクセルがあからさまに狼狽えた。
「すまない!悪かった!機嫌を直してくれ……頼む……!」
「え、あの……!?」
急に変わったイクセルの態度に驚く間もなく、両頬に手を添えられ心臓がトクンと跳ねる。
強制的に見つめ合う形になったイクセルは、さっきとは別人のように顔色を無くしていた。
「騙すつもりはなかったんだ。貴女に祭りを楽しんでほしかったから、事情を説明したくなかったんだ。でも馬を預けた時に、貴女が見事に指摘したのを見て、隠すのはやめたほうがいいと思ったんだ」
「……そう、そうでしたか。わかりました。わかりましたから……!」
その手をどけてください!
イクセルは弁明しながら、フェリシアの頬を優しく撫でている。何度も、何度も。
慈しむように触れられた状態では、頬が熱くなるし、表情だって違うものになってしまう。
(この人、まさか計算してやってる!?)
疑ってばかりの自分が嫌になるが、イクセルの性根の悪さは筋金入りだ。
「ですから、そういう触れ合いも、誤解を産むんです!」
「誤解させたきゃ、させとけばいい」
「は……い……?」
信じられない発言に、フェリシアは怒りとか、戸惑いとか、そういうものが全部消えて、ただただ驚いてしまった。
「……あの、よろしいのですか?」
「何がだ?」
怪訝な顔をするイクセルに、フェリシアは元来た道を指さす。
「馬ですよ、馬。適当な人に預けて、万が一にも盗まれたら……」
「ああ、言ってなかったな。あそこは警護団が所有する施設だから問題ない」
「え?あそこ……かなりボロい……いえ、古臭い……ではなく、趣のある建物なのに?」
「随分酷いことを言ってくれるな。まぁ、確かに年季が入っているが、あえてそうしてる。街に溶け込んでいるほうが何かと便利なことが多いんだ」
「そうでしたか。安心しました」
てっきり、予算が足りないのかと不憫に思ってしまったが、そうじゃなかった。
あからさまにホッとしたフェリシアに、イクセルは幸いにも馬の安否についてだと解釈してくれたようで、ニコリと笑って手を差し出した。
「では、デートといこうか」
「デ、デート!?」
素っ頓狂な声を出すフェリシアに、イクセルは苦笑する。
「若い男女が、二人っきりで祭りに参加するのだから、デートと言わずになんというのですか?」
真顔で尋ねられても、返答に困る。
「さぁ、手を繋いで。平民に扮した私たちが、腕を組んで歩くのは適さない。ほら、さぁ」
”ほら、さぁ”と言いながら、イクセルは自分の手をぐいぐいフェリシアの前に出すし、目は笑っていない。
身なりが変わっても、彼は人を脅すことに長けている。
「では、あの……失礼します」
恐る恐るイクセルの手に、自分の手を重ねた途端、ギュッと強く握られた。
大きく節ばった手は、否が応でも男の手だと認識してしまう。
「つ、強すぎます。もう少し、優しくお願いします」
「嫌ですよ」
「え、そんなぁ」
「手を緩めたら貴女はどこかに行ってしまいそうですから、駄目です」
一度だって逃げたことなどないのに、なぜそんなことを言うのだろう。
そんな疑問が頭の隅によぎったけれど、デートをしているという現状の方がよっぽど強烈で、フェリシアはイクセルと手を繋いだまま歩き出した。
赤くなった顔を隠すように下を向いて歩いていたけれど、活気のある声に惹かれて、フェリシアは弾かれたように顔を上げた。
「まぁ……すごいわ」
感嘆の声を上げたフェリシアは、そのまま足を止める。
まだ街に到着したばかりだというのに、既に華やかに飾り付けられ、人々が溢れ返っている。
かすかに見えている広場には、柱が幾本も立てられ、艶やかな布と向日葵が飾られている。
「お祭りだったのですね、今日は」
「ええ、そうです。夏の終わりの祭りは、実りの季節の到来を意味しているので、この街では一番大きな規模になるんです」
「確かに、すごい賑わいですわ」
「そうなんです。だから、我々はこうして街人に扮して見回りをしなくてはならない」
「え……?」
最後のイクセルの言葉に、フェリシアの顔が引きつった。
(デートと言っても、デートっぽく見せた見回りってことで、つまりこれはデートではなく、イクセルの仕事に付き合っている……だけ?)
がっかりしてはいけないとわかっていても、落胆する気持ちは隠せない。
「わたくしを騙す必要はあったのですか?」
非難の声を上げてしまったけれど、別に利用されたことに対して怒っているわけじゃない。ちょっとだけ、傷ついただけだ。
言ってくれれば、ちゃんと協力したし、動揺だってしなかった。
何より、こんなにもドギマギすることはなかったし、無駄にイクセルを意識することもなかった。
もうイクセルのことを、好きになってしまったことは認めよう。でも想いを伝えることはできないし、結ばれる未来もない。彼には、他に好きな人がいるのだから。
「仕事なら仕事だと、はっきりおっしゃってください。万が一にも誰かが勘違いをなさって、あなたの想い人の耳にでも入ったら取り返しのつかないことになりますわよ」
力いっぱい睨みつけても、イクセルの表情は動かない。いや、口元は微かに弧を描いている。なんて男だ。
そして、こんな男の微笑みに魅せられてしまう自分は、どうしようもなく愚かだ。
「……嫌い。もう、嫌」
イクセルから顔を背けて、唇を噛む。紡いだ言葉は、自分に向けてのものだったのに、なぜかイクセルがあからさまに狼狽えた。
「すまない!悪かった!機嫌を直してくれ……頼む……!」
「え、あの……!?」
急に変わったイクセルの態度に驚く間もなく、両頬に手を添えられ心臓がトクンと跳ねる。
強制的に見つめ合う形になったイクセルは、さっきとは別人のように顔色を無くしていた。
「騙すつもりはなかったんだ。貴女に祭りを楽しんでほしかったから、事情を説明したくなかったんだ。でも馬を預けた時に、貴女が見事に指摘したのを見て、隠すのはやめたほうがいいと思ったんだ」
「……そう、そうでしたか。わかりました。わかりましたから……!」
その手をどけてください!
イクセルは弁明しながら、フェリシアの頬を優しく撫でている。何度も、何度も。
慈しむように触れられた状態では、頬が熱くなるし、表情だって違うものになってしまう。
(この人、まさか計算してやってる!?)
疑ってばかりの自分が嫌になるが、イクセルの性根の悪さは筋金入りだ。
「ですから、そういう触れ合いも、誤解を産むんです!」
「誤解させたきゃ、させとけばいい」
「は……い……?」
信じられない発言に、フェリシアは怒りとか、戸惑いとか、そういうものが全部消えて、ただただ驚いてしまった。
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