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☆閑話☆ 隠し事をするのは、お互い様

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 しばらく一触即発は空気が続いたが、最初に折れたのはイクセルだった。

「兄弟そろって強情なんですから。まぁ、シアに免じて許してあげますよ」
「は?なんで貴様が俺のフェリシアを私物化してるんだ」

 眉間に皺を刻んだフレードリクの前髪が、ふわりと揺れる。また精霊力が暴走する予兆を見せている。

 セーデル家の精霊力は【風】。使い方次第ではかまいたちの要領で、鍛え抜かれた剣のような武器になる。おそらくフレードリクが本気を出したら、イクセルは秒で八つ裂きにされるだろう。

 しかしイクセルの表情は変わらない。それどころか妙に嬉しそうだ。ついさっき、フレードリクの膨大な精霊力を間近で見たというのに。

「あ、言ってませんでしたっけ。私たち婚約したんですよ」
「寝言は寝ていえ」
「疑うなら本人にご確認を。本気を出せばこんな地下牢の鉄格子なんて破壊できるのに、わざわざ捕まっているフリをしている、妹思いのお兄様。あ、嘘つきなお兄様とお呼びした方が正しいですかね?」
「いい加減にしろ!」

 堪忍袋の緒が切れたフレードリクが、イクセルに向かって片手を振り上げる。すぐさまヒュンと空気を切り裂く音と共に、見えない刃物がイクセルを攻撃する。

「図星を指されたからって、ムキにならないでくださ……っ……ちっ!」

 余裕綽々とフレードリクの攻撃を避けていたイクセルだが、片眼鏡に隠された瞳を攻撃された時だけ、焦りを滲ませた。

 それをフレードリクは見逃さなかった。

「へぇー、やっぱりそうか。嘘つきは貴様の方だったな」
「お互い様と、訂正を。ああ、それとも盗人と呼んだ方がいいですか?貴方は必死に隠しているようですが、私はとっくに知ってますよ。貴女がシアの持つ精霊力を奪い続けていることを」
「なっ、盗人とはなんだよ!人聞きが悪すぎるっ」

 噛みつくように叫ぶフレードリクに、イクセルは目を丸くする。

「おや、食いつくところはそこなんですか。意外ですね」

 ふむっと顎に手を当て珍獣を観察するような態度を取るイクセルに、フレードリクは半目になる。

「フェリシアの精霊力を奪っているのは事実だ。それに粘着質な貴様のことだ。色々調べたんだろ?それに貴様は、シアにとって悪いことは絶対にしない。それがわかっているから、大人しくここにいてやってるんだ」
「大人しく?はっ、手間をかけさせたくせに良く言う」
「仕方ないだろっ。抜く方法がないのに、溜まっていく一方なんだ。勝手に出るのは俺のせいじゃないっ」
「なんだか夢精がバレた男の子みたいな言い訳ですね」
「……言うに事を欠いてそれかよ」

 多少の自覚はあったようでフレードリクは、「はぁー、稽古して発散したい」と呟きながら弱々しく項垂れた。

「難しいお年頃……おっと、難しい状況ですね。正直、シア様の精霊力を奪っていただくのは私も賛成です」
「わざと間違えたな、貴様……まあいい。俺と貴様はそこだけは考えが一致している。四大家門の女性は今はフェリシアだけだ。かなり不本意だが、フェリシアの身の安全を考えるなら」
「開花しない無能なセーデル家の娘でいてもらうほうが、こちらとしては安心だ」

 フレードリクの言葉を奪ったイクセルは、腕を組んで鉄格子に持たれる。扉は開いたままだが、どうせこの男はすることはないだろう。

 10年前のヨーシャ家長女リエンヌ誘拐殺害事件は、他の人間にとったら単なる凶悪犯罪の一つに過ぎないが、セーデル家にとっては耐えがたい事件だった。

 なぜならフェリシアは、事件が発覚した頃にはもう、無自覚の状態で精霊力が開花しつつあったのだ。

 もしかしたら、今度の標的は我が子かもしれない。

 そんな恐怖に支配された当主であるオリディオは、フェリシアの精霊力をどうにか封印しようとした。

 しかしフェリシアの精霊力は膨大で、標準程度の力しか開花しなかったオリディオには無理な方法だった。

 とはいえ諦めてしまえば、これから先、ずっとフェリシアは危険と隣り合わせの生活となる。副作用のある精霊力を抑える薬をずっと飲ませ続けるわけにもいかない。

 悩んだ末、オリディオは同じ血筋の人間に精霊力を移す──禁術に手を出した。

 その相手として選んだのは、兄であるフレードリク。幸いなことにフレードリクは、精霊力を剣術に活かす素質があり、どれだけフェリシアから精霊力を奪っても剣の鍛錬の際に精霊力を発散すれば、生活に支障をきたすことはなかった。精霊力を奪われ続けているフェリシアも、健康にすくすく成長することができた。

 もちろんこれで全ての不安が解消されたわけではない。

 禁術に手を出したことが知れたら、セーデル家は罪に問われる。最悪、爵位をはく奪される。フェリシアの嫁ぎ先も、慎重に選ばなければならない。

 流行り病で伯爵夫人を亡くしたこともあり、オリディオとフレードリクだけでは処理しきれない問題が日ごとに増えていった。

 そんな中、あろうことか何も知らないフェリシアは、四大家門の公爵家嫡男であるイクセルに恋をし、お見合いを望んでしまった。

 精霊力が開花した四大家門同士の婚姻は、権力の偏りを防ぐためタブーとされている。

 イクセルが精霊力を開花したという報せは聞いていないが、開花しているのに隠し続けているフェリシアが四大家門の一人と結婚するのは大問題だ。

 娘の願いを叶えたい気持ちはあるが、事が事だけにお見合いを進めるつもりはなかったオリディオだが、なぜかこのタイミングでアベンス家からフェリシアとのお見合いの打診が来てしまった。

 しかも別封筒で「同意してくれるなら、禁術のことは黙っておいてやるし、全面的に協力してやる」という意味深な手紙が添えられてあった。これを脅しと言わず何と言おう。

 娘の願いと、セーデル家を守るため、オリディオは苦渋の決断をした。

 とどのつまり、フェリシアは自分のわがままでお見合いの席を用意してもらったと思っているが、実は逆で、イクセルのシナリオ通りになっただけである。

 ただ、お見合い以降、シナリオ通りに運ばなくなり、フェリシアがスセルの森の別荘に滞在するアクシデントに見舞われた。

 その結果、イクセルは後を追うため王都を離れ、一定距離にいなければ精霊力を奪うことができないフレードリクも同じく王都を離れ、スセルの森の別荘に向かう途中に警護隊に捕まってしまったわけである。

「──なんだかんだ言って、貴様の胸糞悪い芝居に付き合ったのが最善の方法だったことに、俺は腹が立つし納得できない」
「それは、どうも」
「褒めてない。あと、さっきの精霊力を抑える薬、まだあるんだろ?あるだけ全部置いていけ」
「随分と上から目線ですねぇ」

 呆れ顔になりつつも、イクセルは素直に薬を手渡す。

「取り急ぎで持ってきたので、これだけしかありませんが、後で残りを届けてさしあげます」
「貴様こそ、その上から目線の物言いを何とかしろ」
「は?私は公爵ですよ。この言い方で問題ないでしょう」
「ほんっっっと、貴様は嫌いだ!」

 ありったけの憎悪を込めて怒鳴りつけたフレードリクだが、急に表情を生真面目なものに変える。

「どんな手を使ったかわからないが、我が家の秘密を暴き、父上を脅したことは許さない。だが正直、その秘密を黙認し、維持する協力をしてくれる貴様には感謝はしている。ありがとう、礼を言う」
「おやまぁ、明日は雨ではなく槍が降ってきそうですね」

 空を見上げる素振りをしたイクセルに、フレードリクは「黙れ」と唸る。

「とはいえ、どれだけ感謝していても、礼を言おうとも、俺は貴様とフェリシアとの婚姻は認めない。なぜなら貴様は嘘つきだから、だ!」

 心臓の辺りに人差し指を突きつけられたイクセルは、猫のように目を細める。

「そうですよ、私は噓つきです。貴方と同じように」

 低くゆっくりと言葉を紡ぐイクセルは、とうに覚悟を決めた男の目だった。思わずフレードリクは息を吞む。

「……脅したところで、びくともしなさそうだな。でもな、何でもかんでも自分の思い通りに事が進むと思うなよ。俺は俺で、考えがある」
「お好きにどうぞ。受けて立ちますよ」

 大人しく地下牢で過ごしてくれている好いた女の兄に、イクセルは礼儀正しく挑発に乗った。


 しかしその”考え”とやらが、予想を遥かに上回るものだと知るのは、もう少し後になる。
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