親友に裏切られた侯爵令嬢は、兄の護衛騎士から愛を押し付けられる

当麻月菜

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全てを失くしてしまった【冬】 けれど……

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 思いもよらなかった人物の登場に、マリアンヌは慌ててドレスの裾をつまんで腰を落とす。

 幽閉されていても、未婚の女性であれば侍女を付けることは可能だった。けれど、マリアンヌはそれを断った。ジルとてこんな場所に来たくはないだろうと思って。

 だからマリアンヌは、清潔さだけに重点を置いた簡素な服装でいる。髪も櫛を通すことはするが、リボンや髪飾りで結うことはしない。

 そんな普段着よりみすぼらしい恰好をして、この国の尊い存在と顔を合わせることはかなり恥ずかしいことであった。

 マリアンヌの顔が、羞恥で赤くなる。腰を落とすより深く、目線を下にしてしまう。

 だが、突如ここに現れた2名の男は、マリアンヌの服装になど気にも留める様子もなく、すぐに顔を上げるよう促した。

「舞踏会の際に見かけた時よりだいぶやつれてしまいましたね。……お身体は大丈夫ですか?」

 最初にマリアンヌに声を掛けたのは、この国で尊き存在である第一王子のガーウィンだった。

「……は、はい。大丈夫でございます。殿下にそのようなお言葉をいただきもったいのうござ」
「あー……マリアンヌ嬢、今は人払いをしているから、そういう社交辞令は抜きで良いですよ。それより立ち話もアレですから、ソファにどうぞ」

 朗らかにマリアンヌの言葉を遮ったガーウィンは、さっさと部屋の隅にあるソファに腰かけた。

「殿下を待たせてはいけません。さぁ、行きましょう、マリアンヌ嬢」 

 まごつくマリアンヌにもう一度促したのは、兄の上司であり宰相でもあるシドレイだった。

 もちろん嫌などと言うつもりも無いマリアンヌは、ガーウィンの向かいのソファに腰かけた。シドレイはガーウィンの隣に着席する。

 本来ならここでお茶の一つでも淹れなければ、失礼にあたる。だが、ここでは茶葉も無ければ茶器も無い。

 それはガーウィン達も理解しているようで、マリアンヌが着席した途端、静かに口を開いた。

「本日アラバの刑が執行されました」
「……はい」

 あの貧民街での事件から、もう一ヶ月経過している。妥当な刑量で、執行の時期も遅すぎることも早すぎることもない。

 ただ、そう言われてもなんと答えて良いかわからないマリアンヌは小さく頷くだけにする。

 そんなマリアンヌを見てもガーウィンの表情はとても凪いでいた。だが、続きの言葉は、シドレイが引き継いだ。

「あの二人だが、明日、刑が確定する」
「……はい」
「だから、マリアンヌ嬢。意地を張るのはここまでにしなさい。もう、止めることはできないぞ」
「……っ」

 シドレイの口調は決してマリアンヌを責めているものではなかった。

 どちらかといえば、聞き分けの無い子供を嗜める柔らかい響きすらある。そしてその表情も、苦笑に近いそれ。ふと視線を移せば、ガーウィンも同じ表情を浮かべていた。

 ─── ああ……この人達は、もうとっくにわかっているのだ。

 そう心の中で呟いた途端、マリアンヌは観念した。

 マリアンヌがずっと黙秘を続けていたのは、自分が真相を語らなければ、レイドリックとエリーゼは首を落とされること無く投獄されたままでいられるから。

 自分を犯罪に巻き込もうとした。
 そしてそれを断れば娼館に売ろうとした。

 親友だと思っていたのは自分だけで、二人はそんなふうには思っていなかった。

 でも、やっぱりマリアンヌは、レイドリックとエリーゼを心の底から憎むことができなかった。

 エリーゼは言った。「親友だと錯覚するように、自分達が仕向けた」と。

 それはきっとマリアンヌの心をえぐるために吐いた嘘ではないのだろう。でも、気付かなかったのは自分自身だし、それで良いと思っていたのも自分自身だ。

 だから二人に対して複雑な思いを持っている。それは言葉にするにはとても難しいもの。でも、二人の死を願う気持ちはどうしても持てなかった。 
 
 ……けれど、もうそれすらも叶わない。

 マリアンヌは膝に置いてある両手をギュッと握りしめて、唇を噛んだ。泣いてはいけない。そもそも、自分が黙秘をして、二人を救えると思っていたことが間違いだったのだ。

 法は絶対であり、秩序は保たなければならない。

 ガーウィンとシドレイはじっとマリアンヌを見つめたまま無言でいる。だが人払いをして、ここにいる以上、時間は限りがある

 そんなわけで、ガーウィンとシドレイは互いに目配せをした。

「……二人を救いたいですか?」

 そう問うたのは、シドレイだった。

 マリアンヌは、しばし迷ってから小さくこくりと頷いた。それを見逃すことなく今度はガーウィンが口を開いた。

「では、一つだけ方法がありますよ」
「え?」

 魔法が使えると言われたくらい驚いた表情を浮かべるマリアンヌに向け、ガーウィンはゆったりとした笑みを浮かべる。

「ただし、確実に救える方法ですが、あなたの協力が不可欠となります。できますかね?」
「教えてください」

 前のめりになって、ガーウィンの言葉を待つマリアンヌを見ているシドレイは、とても苦い顔をしている。

 だが、マリアンヌはまったく気付かない。ガーウィンはしっかり気付いているが、あえて気付かないフリをする。

「恩赦を与えれば良いんです」
「おんしゃ?」
「そう。王族で何かめでたいことがあれば、刑も軽くできるでしょう。いえ、今回に限り、私がそうして差し上げます」

 なんでもないといった感じでガーウィンはそう言ったけれど、自分は何を協力すれば良いのだろうと首を傾げてしまう。

 それはしっかり顔に出ていたようで、マリアンヌが口にする前に、ガーウィンがその疑問に答えた。

「第二王子とあなたが結婚すれば良いのです。ずっと王城で引きこもっている弟に妻ができる……これほど、めでたいことはありません」

 にこやかな顔でそう告げるガーウィンに対し、マリアンヌは”まさか自分が”という思いから顔色を無くした。
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