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向き合わなければならない【秋】
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乱闘が始まる恐怖と、この状況に不釣り合いな熱い吐息を受けて、マリアンヌは頭が真っ白になってしまった。でも、
「は……はい。え?───……きゃっ」
マリアンヌはクリスの言葉通り目を閉じようとした。
だが突然、身体がふわりと浮き、閉じかけていた目を開けてしまった。クリスが片腕でマリアンヌを抱き上げたのだ。
「ったく、こういう野蛮な姿なんか見せたくなかったのに……くそっ」
舌打ち交じりにクリスがぼやいたと同時に、鞘から剣を抜く音が聞こえる。
どうやら彼は、自分を片腕に抱いたまま傭兵と対峙する気でいるようだ。それはあまりに分が悪い。
「クリス、お願い下ろして」
「馬鹿なこと言わないでください」
「だって……これでは───」
戦えるわけがないじゃない。
そう、マリアンヌは言おうと思った。そして、自分のことなど捨て置いて、クリスは安全な場所へ逃げて欲しいと思った。
危険を承知でこんなところに来たのだ。クリスが駆け付けてくれただけで、もう十分だった。嬉しかった。
でも、傷を負うのは自分だけで良い……と、思った。けれど、それは全て杞憂に終わってしまった。
クリスはマリアンヌを抱き上げたまま跳躍し、間合いを取ると、襲い掛かて来た傭兵達をいとも簡単に切り倒していった。
「……あなた、とても強いのね」
「言うに事欠いて、それですか?」
呆れたような口ぶりに、クリスがまだまだ余力があることを知る。
それはマリアンヌ以外にも気付いているようで、襲い掛かろうとしていた傭兵たちは怯えたように足を止めた。
金で雇われたとはいえ、彼らは対峙する相手の力量を読むのに長けている。本能で、これは敵わない相手だと判断したのだ。
「なっ、何をしておるのだっ。お前たち金は要らないのか?!……い、いや、こいつを殺した奴には倍の金を払ってやる。だ、だからさっさと殺せっ」
アラバが必死にけしかける。だが威勢のいい声とは裏腹に、その肥え太った身体を揺らしながらじりじりと後退していく。
エリーゼもレイドリックを支えながら、この場から去ろうとしていた。
「おいデブ、逃げれると思ったのか?そっちの二人も、だ」
剣を傭兵たちに向けたまま、クリスは鋭く言い捨てた。
だがアラバは、そんな言葉で足を止めることは無い。逆にクリスに背を向け、転がるように温室の方へと走り出す。あくまで推測だが、外へ続く扉は、一か所ではないようだ。
エリーゼもレイドリックも同じくそちらの方向に足を向ける。
傭兵はクリスの気迫に押されているとはいえ、まだ武器を持っている。いつ襲い掛かってくるかわからない。そんな状態で、アラバ達を追いかけるのは不可能に近い。
───……アラバはともかく、エリーゼとレイドリックが逃げられたなら……。
この期に及んでそんなことを思ってしまう自分を、マリアンヌは愚かだと思う反面、そうあって欲しいと嘘偽りなく願っていることを確かに感じてしまう。
心無い言葉を吐かれ、確かに傷付いているというのに。それは不思議な感情だった。
そんなふうにマリアンヌが戸惑いを覚えていたら、ふっと小さく笑う声が降ってきた。
クリスがアラバ達に向け小馬鹿にしたように、笑っていたのだ。
「本当にどうしようもない奴らだな───……そろそろ出てきてもらおうか」
前半は溜息まじりに。後半は、妙に威厳のある声音で独り言ちたクリスは、短く号令を出す。
瞬間、統率の取れた足音と共に揃いの制服に身を包んだ男たちが一斉に建物の中になだれ込んで来た。
それは王都の警護団───第二王子直属の部下達でもあった。
警護団たちの動きは、何度も訓練を重ねたかのように無駄のない動きだった。
真っ先に、アラバが取り押さえられ、ほぼ同時にエリーゼとレイドリックも自警団に拘束される。
それを息をするのすら忘れ見入ってしまっている間に、傭兵達もいつの間にかひれ伏すように地面に倒れていた。
時間にして数分。あっという間の出来事だった。
「お怪我はございませんか?」
そう言いながら、腕章を付けた自警団の責任者と思われる壮年の男性が近付いてくる。
クリスは剣を鷹揚に頷きながら剣を鞘に戻す。だが、マリアンヌを地面に降ろすことはしない。
「クリス、降ろして」
「しっ」
短い言葉でマリアンヌの要求を却下したクリスに、自警団の責任者はやれやれといった感じで肩をすくめた。
「待てども暮らせども命じてくれないものですから、ひやひやしました。老人をあまり困らせないでください」
「誰が老人だ。片手で傭兵をぶん投げる奴の台詞ではないな」
「相手が軽すぎただけです……お、痛ててて……腰が……」
「取ってつけたようなことをするな。───で、後の処理は任せても良いか?」
「もちろんでございます」
クリスと親しみのある会話をしていた自警団の責任者だったけれど、最後は踵を揃えて敬礼した。
その一連のやり取りを見ていたマリアンヌは、瞬きを繰り返したり、目を丸くしたりと忙しい。
それもそのはず。クリスはウィレイムの護衛騎士だ。自警団を統率する権限など無いはず。なのに自警団の責任者は、クリスの配下のような態度でいる。
「ねぇ、クリス。あの」
「お屋敷までお送りします」
マリアンヌの質問を拒むように、そっけない口調で言ったクリスは、そのまま大股で建物の外へと向かった。
「は……はい。え?───……きゃっ」
マリアンヌはクリスの言葉通り目を閉じようとした。
だが突然、身体がふわりと浮き、閉じかけていた目を開けてしまった。クリスが片腕でマリアンヌを抱き上げたのだ。
「ったく、こういう野蛮な姿なんか見せたくなかったのに……くそっ」
舌打ち交じりにクリスがぼやいたと同時に、鞘から剣を抜く音が聞こえる。
どうやら彼は、自分を片腕に抱いたまま傭兵と対峙する気でいるようだ。それはあまりに分が悪い。
「クリス、お願い下ろして」
「馬鹿なこと言わないでください」
「だって……これでは───」
戦えるわけがないじゃない。
そう、マリアンヌは言おうと思った。そして、自分のことなど捨て置いて、クリスは安全な場所へ逃げて欲しいと思った。
危険を承知でこんなところに来たのだ。クリスが駆け付けてくれただけで、もう十分だった。嬉しかった。
でも、傷を負うのは自分だけで良い……と、思った。けれど、それは全て杞憂に終わってしまった。
クリスはマリアンヌを抱き上げたまま跳躍し、間合いを取ると、襲い掛かて来た傭兵達をいとも簡単に切り倒していった。
「……あなた、とても強いのね」
「言うに事欠いて、それですか?」
呆れたような口ぶりに、クリスがまだまだ余力があることを知る。
それはマリアンヌ以外にも気付いているようで、襲い掛かろうとしていた傭兵たちは怯えたように足を止めた。
金で雇われたとはいえ、彼らは対峙する相手の力量を読むのに長けている。本能で、これは敵わない相手だと判断したのだ。
「なっ、何をしておるのだっ。お前たち金は要らないのか?!……い、いや、こいつを殺した奴には倍の金を払ってやる。だ、だからさっさと殺せっ」
アラバが必死にけしかける。だが威勢のいい声とは裏腹に、その肥え太った身体を揺らしながらじりじりと後退していく。
エリーゼもレイドリックを支えながら、この場から去ろうとしていた。
「おいデブ、逃げれると思ったのか?そっちの二人も、だ」
剣を傭兵たちに向けたまま、クリスは鋭く言い捨てた。
だがアラバは、そんな言葉で足を止めることは無い。逆にクリスに背を向け、転がるように温室の方へと走り出す。あくまで推測だが、外へ続く扉は、一か所ではないようだ。
エリーゼもレイドリックも同じくそちらの方向に足を向ける。
傭兵はクリスの気迫に押されているとはいえ、まだ武器を持っている。いつ襲い掛かってくるかわからない。そんな状態で、アラバ達を追いかけるのは不可能に近い。
───……アラバはともかく、エリーゼとレイドリックが逃げられたなら……。
この期に及んでそんなことを思ってしまう自分を、マリアンヌは愚かだと思う反面、そうあって欲しいと嘘偽りなく願っていることを確かに感じてしまう。
心無い言葉を吐かれ、確かに傷付いているというのに。それは不思議な感情だった。
そんなふうにマリアンヌが戸惑いを覚えていたら、ふっと小さく笑う声が降ってきた。
クリスがアラバ達に向け小馬鹿にしたように、笑っていたのだ。
「本当にどうしようもない奴らだな───……そろそろ出てきてもらおうか」
前半は溜息まじりに。後半は、妙に威厳のある声音で独り言ちたクリスは、短く号令を出す。
瞬間、統率の取れた足音と共に揃いの制服に身を包んだ男たちが一斉に建物の中になだれ込んで来た。
それは王都の警護団───第二王子直属の部下達でもあった。
警護団たちの動きは、何度も訓練を重ねたかのように無駄のない動きだった。
真っ先に、アラバが取り押さえられ、ほぼ同時にエリーゼとレイドリックも自警団に拘束される。
それを息をするのすら忘れ見入ってしまっている間に、傭兵達もいつの間にかひれ伏すように地面に倒れていた。
時間にして数分。あっという間の出来事だった。
「お怪我はございませんか?」
そう言いながら、腕章を付けた自警団の責任者と思われる壮年の男性が近付いてくる。
クリスは剣を鷹揚に頷きながら剣を鞘に戻す。だが、マリアンヌを地面に降ろすことはしない。
「クリス、降ろして」
「しっ」
短い言葉でマリアンヌの要求を却下したクリスに、自警団の責任者はやれやれといった感じで肩をすくめた。
「待てども暮らせども命じてくれないものですから、ひやひやしました。老人をあまり困らせないでください」
「誰が老人だ。片手で傭兵をぶん投げる奴の台詞ではないな」
「相手が軽すぎただけです……お、痛ててて……腰が……」
「取ってつけたようなことをするな。───で、後の処理は任せても良いか?」
「もちろんでございます」
クリスと親しみのある会話をしていた自警団の責任者だったけれど、最後は踵を揃えて敬礼した。
その一連のやり取りを見ていたマリアンヌは、瞬きを繰り返したり、目を丸くしたりと忙しい。
それもそのはず。クリスはウィレイムの護衛騎士だ。自警団を統率する権限など無いはず。なのに自警団の責任者は、クリスの配下のような態度でいる。
「ねぇ、クリス。あの」
「お屋敷までお送りします」
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