親友に裏切られた侯爵令嬢は、兄の護衛騎士から愛を押し付けられる

当麻月菜

文字の大きさ
上 下
43 / 69
気付かないフリをしたままでいたい【夏】後編

14★

しおりを挟む
 パラソルをくるくると回しながら、護衛騎士に何やら訴えているアンジェラの横で、ウィレイムは憂えた表情を作っている。

 もちろん公爵令嬢が騎士護衛にうつつを抜かしていることに、不快な感情を覚えいるわけではない。

 残念ながら、うつつを抜かしているのはウィレイムの方である。

 アンジェラにエスコートすることなどそっちのけで、妹のマリアンヌのことを考えているのだ。もう言わなくても良いかもしれないが、彼は筋金入りのシスコンだったりもする。

「......調査をすればするほど、悪いことばかり出てくる」

 前髪をくしゃりと握って、ぽつりと呟いた言葉を瞬時に拾ったアンジェラは、すぐさまウィレイムに視線を移す。

 そしてなぜこうもこの男は自分をときめかせる表情ばかり作るのだろう。どうしてこういう表情を自分に向けてくれないのだろうと、少し拗ねてみる。
 あと、願わくばその前髪に触れてみたいとも。

 でもそんな願望をぐっと押さえて、ウィレイムに元気付けるよう声を掛けた。

「そう落ち込まないでくださいませ。此度の件、見落としていたのは、ウィレイムさまだけの責任ではないですわ。父にも責任があることなんです」
「いえ、身近にいたのは自分です。もっと早く気付けるはずだったのに、それを怠ったのは自分の過ちです。宰相殿には何の落ち度もありません」
「......ウィレイムさま......」

 慰めの言葉を受け入れてくれないアンジェラは、寂しげに目を伏せた。

 ただきっぱりと言い切るウィレイムが凛々しくて、胸をキュンとさせてしまうのは、もうしょうがない。だって、好きなのだから。
 
 というアンジェラの乙女思考は今は置いといて。

 どこの世界でもよくある話だが、どんな名家でも蓋を開けてみれば、公にできない黒い部分などいくらでもある。

 もちろん名門ロゼット家とて長い歴史の中では、そういう部分が無いとは言い切れない。

 ちなみにウィレイムは変なところで義理堅いところがあった。

 数少ない妹の友人という立場を尊重し、きちんと距離を置き、これまでレイドリックとエリーゼの家の内情を深く探ることはしなかった。

 けれども結婚となれば話は違う。家同士の問題となる。綺麗事だけでは済まされ無い。

 だからウィレイムはレイドリックの身辺調査をした。
 レイドリック一個人の調査から、リッツ家の奥深くまで徹底的に。だからかなり早い段階で、エリーゼとそういう関係になっているのは知っていた。

 こう言ってはアレだが、浮気程度ならまだ良かった。
 よくあることだし、マリアンヌがどうしてもと望むなら、挙式までにレイドリックを身奇麗にさせることなど造作もない。

 だが、それ以上の厄介事をレイドリックは抱えている。いや、レイドリックとエリーゼの二人が。

 だからこの婚約は、マリアンヌの意思に関わらず破談となる。でも、

「……できれば親友に裏切られ、絶交という形にして、あの二人の末路は知らずに距離を置いてほしいと思うのは、やはりムシが良い話なのだろうか」

 ウィレイムは、再び独りごちた。

 レイドリックとエリーゼは、ロゼット家の力を持ってしてもどうすることもできないくらい、取り返しのつかないところにいる。

 マリアンヌにどんなに懇願されたところで、ウィレイムは首を横に振るしかない。

 だから、こう思ってしまうのだ。
 どうせ傷つくのなら、せめて傷が浅いうちにあの二人から、距離を取ってほしいと。

「......私が......もっと早く気付いていれば」
 ─── そうすれば水面下で事を片付けられていたのかもしれない。

 ウィレイムは最後の言葉は心の中で呟いた。

 ここには宰相の一人娘と、セレーヌディア国の第二王子がいる。迂闊なことは口に出せない。

 ま、ウィレイムの側にいる二人がこれを聞いたところで、後にアンジェラからデートの誘いを受けなければならない程度で、どうこうなることはないのだが。


 
 それからしばらく、ウィレイムはアンジェラをエスコートして、公園を案内した。
 
 この熱い最中、私用の為にわざわざ公爵令嬢を呼び出してしまったのだ。
 用件だけ聞いて、帰らせるのはあまりに失礼だ。それにめったに外出できない令嬢の目を楽しませてあげたいという配慮もあった。

 もちろんアンジェラは、ウィレイムのその気遣いに手を叩きながら飛びあがりたいほど喜んだ。
 ただ、さすがにそんな無作法なことはできるわけもなく、パラソルを必要以上にぐるぐる回して、公園の散策を楽しんだ。

 ちなみに最後尾を歩く護衛騎士は始終うつむき、笑いをこらえるのに必死であった。

 


「では、わたくしはこれで」
「本日はありがとうございました、アンジェラさま。どうかお気をつけて」
「ありがとうございます。馬車をお借りして申し訳ありません。あの......ウィレイムさま、本当にお歩きになるのですか?良かったら......その......ご一緒に......」
「お気遣い痛み入ります。ですが、王宮までさほど距離もありません。それに未婚の女性と馬車をご一緒るすなんて、そんな失礼なことはできません」
「......そう」
「では、扉を閉めさせていただきます。───クリス、きちんとアンジェラさまをお送りするようにな」
「御意に」

 馬車の中にいるクリスが丁寧に礼を取ったのを見届けて、ウィレイムは馬車の扉を閉めた。

 そして去っていくそれに向かい一礼する。

 アンジェラは、こっそり屋敷を抜け出したと聞く。そして馬車はかなり離れた場所に停めたので、ここからかなり歩かなければならないそうだ。

 そんなことを聞いてしまえば、ウィレイムが自分の馬車をアンジェラに貸し出すのは当然のこと。

 それにウィレイムは、アンジェラとクリスが幼馴染みだということを知っている。あと、二人は近々婚約するという噂も耳に入っている。そして正直、そうなれば良いなと内心思っている。

 だから敢えて自分は馬車に乗らなかった。

「火のない所に煙は立たぬと言うからな。きっとアンジェラさまが、クリスに想いを寄せているのだろう。......頼む、頑張ってくれアンジェラさま。アイツを口説き落としてくれ」

 歩きながらそんなエールを送るウィレイムをアンジェラが見たら、涙を浮かべて違うと力説するだろう。

 だが、馬車はすでに遠く離れた位置にいた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

【本編完結】美女と魔獣〜筋肉大好き令嬢がマッチョ騎士と婚約? ついでに国も救ってみます〜

松浦どれみ
恋愛
【読んで笑って! 詰め込みまくりのラブコメディ!】 (ああ、なんて素敵なのかしら! まさかリアム様があんなに逞しくなっているだなんて、反則だわ! そりゃ触るわよ。モロ好みなんだから!)『本編より抜粋』 ※カクヨムでも公開中ですが、若干お直しして移植しています! 【あらすじ】 架空の国、ジュエリトス王国。 人々は大なり小なり魔力を持つものが多く、魔法が身近な存在だった。 国内の辺境に領地を持つ伯爵家令嬢のオリビアはカフェの経営などで手腕を発揮していた。 そして、貴族の令息令嬢の大規模お見合い会場となっている「貴族学院」入学を二ヶ月後に控えていたある日、彼女の元に公爵家の次男リアムとの婚約話が舞い込む。 数年ぶりに再会したリアムは、王子様系イケメンとして令嬢たちに大人気だった頃とは別人で、オリビア好みの筋肉ムキムキのゴリマッチョになっていた! 仮の婚約者としてスタートしたオリビアとリアム。 さまざまなトラブルを乗り越えて、ふたりは正式な婚約を目指す! まさかの国にもトラブル発生!? だったらついでに救います! 恋愛偏差値底辺の変態令嬢と初恋拗らせマッチョ騎士のジョブ&ラブストーリー!(コメディありあり) 応援よろしくお願いします😊 2023.8.28 カテゴリー迷子になりファンタジーから恋愛に変更しました。 本作は恋愛をメインとした異世界ファンタジーです✨

侯爵家の当主になります~王族に仕返しするよ~

Mona
恋愛
第二王子の婚約者の発表がされる。 しかし、その名は私では無かった。 たった一人の婚約候補者の、私の名前では無かった。 私は、私の名誉と人生を守為に侯爵家の当主になります。 先ずは、お兄様を、グーパンチします。

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、142話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(11/21更新)

悪役令嬢は皇帝の溺愛を受けて宮入りする~夜も放さないなんて言わないで~

sweetheart
恋愛
公爵令嬢のリラ・スフィンクスは、婚約者である第一王子セトから婚約破棄を言い渡される。 ショックを受けたリラだったが、彼女はある夜会に出席した際、皇帝陛下である、に見初められてしまう。 そのまま後宮へと入ることになったリラは、皇帝の寵愛を受けるようになるが……。

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでのこと。 ……やっぱり、ダメだったんだ。 周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間でもあった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表する。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放。そして、国外へと運ばれている途中に魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※毎週土曜日の18時+気ままに投稿中 ※プロットなしで書いているので辻褄合わせの為に後から修正することがあります。

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

処理中です...