親友に裏切られた侯爵令嬢は、兄の護衛騎士から愛を押し付けられる

当麻月菜

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気付かないフリをしたままでいたい【夏】後編

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 自分の唇にクリスの唇を感じた途端、マリアンヌの身体はびくんと撥ねた。

 咄嗟に彼の胸に手を当て、押しのけようとする。けれど、クリスは更にマリアンヌを引き寄せる。

 そして味わうように角度を何度も変えて、マリアンヌについばむような口づけをする。だが次第に激しさを増す。

「口を開けなさい」

 唇を離すことなく、クリスはマリアンヌにそう命じた。吐息交じりの甘い声で。

「……え?───んっ、んんっ」

 意味が分からず、短い声を上げた途端、口内に熱くぬるりとしたものが押し入ってきた。

 1拍置いて、それがクリスの舌だと知る。

 未知の体験に少し怖い。けれど、身体の芯が熱くなり、頭がぼうっとして何も考えられなくなる。気付けばマリアンヌは、ぎゅっとクリスのシャツを握りしめていた。

 それが合図となったように、クリスの舌がゆっくりと動き出す。最初は、怯えるマリアンヌを宥めるように。

 しかし次第にクリスの舌は、マリアンヌの舌をすくい取り、絡め、軽く歯を当てた。

「んっ…や」

 むずがる子供のように抗議の声を出しても、どことなく甘いことにマリアンヌは自分のことなのに驚いてしまう。

 それこそがマリアンヌの本当の気持ちの表れで。
 
 クリスの目が愉悦の色を湛える。むさぼるように舌の動きを激しくする。

「……はぁ……あ、……くるし」

 身体を密着させ我が物顔でマリアンヌの口内を蹂躙していたクリスだけれど、そこでそっと唇を離す。

 マリアンヌがこういうことに不慣れな……いや、まったく経験がないことを思い出したから。

 息が自由にできるようになったマリアンヌは苦しそうに肩で息をしている。ついつい夢中になって、あわや気を失わせてしまうところだった。

 とても困ると、クリスは思った。

 それはマリアンヌに嫌われてしまうことを恐れて、ということではない。
 彼女が意識を失くしてしまったら、もうそのまま全てを奪ってしまう可能性が高いから。

 だが、この程度で終わるつもりは無いともクリスは思った。
 
「……マリー……あなたは可愛い。可愛すぎる」

 謡うように囁くクリスの声音は、何かを暗示させるような甘く危険な響きだった。

「クリス……待って、お願い」
「待てません」
 
 マリアンヌが半泣きになって懇願しても、クリスは願いを聞き入れてくれない。

 それどころか、言葉通り再び唇を塞がれてしまう。下唇を食むように吸われて、小さく声を上げたと同時に自分の腰にクリスが腕を回したことに気付く。

 再び「待って」と言おうとしたけれど、それよりも早く抗えない強さで身体が浮き、すぐにクリスの膝の上に乗せられてしまった。

「教えて差し上げますよ。友情ではない、男女のつながりを」

 目を丸くさせるマリアンヌの耳元に唇を寄せ、クリスはそう囁いた。いや、誘惑したという表現の方が正しかった。

 そしてその声は、今まで聞いたことも無い、とろけるような響きだった。

 でも、そんなことを言われても困る。頷けるわけがない。

 そう伝えようとしたマリアンヌの髪に、クリスの手が伸びる。緩く結っていたリボンを、器用に2本の指で解き、ピクニッククロスの上に落とす。

 夕方近くなった森の風は湿っていて、昼間より強い。ざわっと木々のこすれ合う音がしたと思った途端、リボンは風にあおられ、どこかに消えて行く。

 それを目で追っていたら、こちらを向けと言わんばかりに、クリスの大きな手がマリアンヌの頬を覆った。

 しっかりと目が合う。アイスブルーの瞳に、自分の顔が映っている。
 今にも泣き出しそうな、それでいて何かを求めるような、知らない顔の自分が。

「……安心してください。怖いことはしませんよ」

 クリスは目を細めてそう言った。マリアンヌはこくりと頷いた。

「一度だけ確認します。マリアンヌ様、あなたに触れてもいいですか?」

 余裕などかなぐり捨てたクリスの声と眼差しに、マリアンヌは胸が締め付けらたように、息が苦しくなった。

 苦痛ではない。怖くもない。でも、今の気持ちをどう言葉にして良いかわからない。

 ただ、これだけは言える。

「ええ、クリス。……でも、どうか優しくして」

 そう言いながら、腕を伸ばして自分からクリスの頬に触れた。彼がピクリと身体を強張らせたのがわかった。

 触るのは良いけれど、触られるのは嫌だったのだろうか。

 そんな不安を覚えて、マリアンヌが手を引っ込めようとすれば、そうじゃないと言いたげに、クリスは自身の手を伸ばしてマリアンヌの手に重ねた。

 そして指を絡めながら、クリスはマリアンヌ指先に口づけを落とす。

「……御意に」
   
 その言葉は兄に向けてよく口にする言葉のはずなのに、初めて耳にする言葉のように思えた。
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