親友に裏切られた侯爵令嬢は、兄の護衛騎士から愛を押し付けられる

当麻月菜

文字の大きさ
上 下
24 / 69
気付かないフリをしたままでいたい【夏】前編

5

しおりを挟む
 一度はクリスだと思ったマリアンヌだけれど、すぐにそれを怪しんだ。

 なにせ、服装が違うし、声色も違う。彼のトレードマークである帯剣すらしていない。
 でも、自分を見つめるアイスブルーの瞳はそのままで。
 
 だから半信半疑といったところだ。

「あの……間違いでしたら謝りますが……あなた、クリスさんですか?」
「間違いではないですが、ちょっと服が違うくらいで、そんな質問をしたことは謝ってほしいですね」

 間違いない。このもったいぶった言い方は、クリスだ。

「これは兄からの命令なんですか?」

 謝る気などさらさら無いマリアンヌは、わざと質問をしてみた。

 ただもしクリスからそうだと言われたら、自分の護衛騎士に変装をさせて妹とダンスをさせる兄の思考がわからなくなってしまう。

 とはいえ、普段からの兄の言動を考えれば、あながち違うとも言い切れない。

 質問を急かすようにマリアンヌは、クリスに向ける視線を強くする。そうすれば、彼は観念したように肩をすくめた。 

「ま、そのようなものです」

 ああ、その通りなのか。マリアンヌは、苦みの強い笑みを浮かべた。

「……兄には、さすがに過保護すぎると注意しておきます」
「おやめください。ウィレイム様が泣いてしまいます」
 
 ぴしゃりと言い切ったクリスは、再び手を差し出した。

「と、言うわけで踊っていただけますでしょうか?」

 優雅に差し出された手を前にして、マリアンヌは固まった。

 服が違えど、少し意識して高貴な感じの声音を出していても、中身はクリスなのだ。苦手な男とダンスを踊るのには抵抗がある。

「……兄は今どこに?」
「第一王子に捕まっております。当分は戻ることはできません」
「ダンス以外の選択肢を兄から聞いてませんか?」
「残念ながらこれ一択です」
「……あなたとダンスを?わたくしが?」
「左様です」
「嫌と言ったら?」
「私が路頭に迷うことになるでしょう」
「……嘘はおやめになってください」

 なにが路頭に迷うだ。兄がそんなことをするはずがない。

 マリアンヌはクリスを睨みつけた。でも、今日もクリスは飄々と受け流すだけ。そして少し焦れたように、手を更に前に差し出す。

「マリアンヌ様」
「なんでしょう」
「傍から見たら、あなたは今、異国の男性を無下にしている図だとお気づきでしょうか?」
「……っ」
「どうか、腹を括ってください」
「……」

 はいと頷くことはしなかったけれど、マリアンヌはクリスの手を取って、ダンスホールへと足を向けた。







 曲の途中でダンスホールに入室したのに、クリスは戸惑うことなくマリアンヌと向き合った。

「では、いきます。よろしいでしょうか?」

 さすがに最初のステップは呼吸を合わせなくてはいけないので、声を出す必要がある。

「……どうぞ」

 嫌々ながら短く言い捨てた途端、クリスはマリアンヌの腰に手を回してステップを踏み出した。

 驚くほど滑らかな滑り出しだった。

「ダンス、お上手なんですね」
「それほどでは」
 
 端的に返事をするクリスに、マリアンヌは嘘を付くなと言いたくなる。いや、これは謙遜か。そんなことも言いたくなる。でも、無駄口を叩く相手ではないので、黙っておく。

 とにかくクリスは、とてもダンスが上手かった。

 これまでダンスを踊ったのはウィレイムとレイドリックだけ。あと一度だけ宰相閣下とも。

 つまりマリアンヌは過去4人としかダンスを踊ったことがない。
 経験はとても少ないが、それでも、彼が抜きん出て女性のリードに長けていることがわかる。

「……経験豊富なのね、クリスは」
「ご冗談を。ダンスを踊るのはあなたが初めてです」 

 曲にかき消されるほど小さく呟いたつもりだったのに、クリスの耳にしっかり届いてしまっていたようだ。

 マリアンヌは意識して口を噤む。
 こんなつまらない嘘を聞くはめになるなら、黙っていれば良かったと心底思いながら。

 それでもステップを踏む足は止まらない。
 くるくる円を描くように、踊り続ければ、否が応でも周りの景色が視界に入る。

 好奇の視線が痛いほど自分達に向けられているのがわかる。

 それはそうだろう。今、このホールで異国の男性と踊っているのは、マリアンヌだけだ。
 事情を知らない人から見れば、引っ込み思案の令嬢と、謎の異国の青年の組み合わせは、さぞや不思議な光景に違いない。

 ただ、その中には、先ほどマリアンヌに向けて「可哀想」という言葉を向けた女性や、その後すぐに露骨に笑った女性もいた。

 マリアンヌはそっと目を伏せる。
 
 レイドリックとエリーゼがここに居ないことは、ダンスホールに入室した時点でわかっていた。”後で”と言ってくれたのに。どこに消えてしまったのだろう。

 そんなことを考えれば───。

「マリアンヌ様、どうか今は私だけを見てください」

 熱のこもった余裕のない声が、頭上から聞こえてきた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【本編完結】美女と魔獣〜筋肉大好き令嬢がマッチョ騎士と婚約? ついでに国も救ってみます〜

松浦どれみ
恋愛
【読んで笑って! 詰め込みまくりのラブコメディ!】 (ああ、なんて素敵なのかしら! まさかリアム様があんなに逞しくなっているだなんて、反則だわ! そりゃ触るわよ。モロ好みなんだから!)『本編より抜粋』 ※カクヨムでも公開中ですが、若干お直しして移植しています! 【あらすじ】 架空の国、ジュエリトス王国。 人々は大なり小なり魔力を持つものが多く、魔法が身近な存在だった。 国内の辺境に領地を持つ伯爵家令嬢のオリビアはカフェの経営などで手腕を発揮していた。 そして、貴族の令息令嬢の大規模お見合い会場となっている「貴族学院」入学を二ヶ月後に控えていたある日、彼女の元に公爵家の次男リアムとの婚約話が舞い込む。 数年ぶりに再会したリアムは、王子様系イケメンとして令嬢たちに大人気だった頃とは別人で、オリビア好みの筋肉ムキムキのゴリマッチョになっていた! 仮の婚約者としてスタートしたオリビアとリアム。 さまざまなトラブルを乗り越えて、ふたりは正式な婚約を目指す! まさかの国にもトラブル発生!? だったらついでに救います! 恋愛偏差値底辺の変態令嬢と初恋拗らせマッチョ騎士のジョブ&ラブストーリー!(コメディありあり) 応援よろしくお願いします😊 2023.8.28 カテゴリー迷子になりファンタジーから恋愛に変更しました。 本作は恋愛をメインとした異世界ファンタジーです✨

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

「役立たず」と言われ続けた辺境令嬢は、自由を求めて隣国に旅立ちます

ネコ
恋愛
政略結婚の婚約相手である公爵令息と義母から日々「お前は何も取り柄がない」と罵倒され、家事も交渉事も全部押し付けられてきた。 文句を言おうものなら婚約破棄をちらつかされ、「政略結婚が台無しになるぞ」と脅される始末。 そのうえ、婚約相手は堂々と女を取っ替え引っ替えして好き放題に遊んでいる。 ある日、我慢の限界を超えた私は婚約破棄を宣言。 公爵家の屋敷を飛び出した途端、彼らは手のひらを返して「戻ってこい」と騒ぎ出す。 どうやら私の家は公爵家にとって大事で、公爵様がお怒りになっているらしい。 だからといって戻る気はありません。 あらゆる手段で私を戻そうと必死になる公爵令息。 そんな彼の嫌がらせをものともせず、私は幸せに過ごさせていただきます。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。 宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。 だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!? ※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。

侯爵家の当主になります~王族に仕返しするよ~

Mona
恋愛
第二王子の婚約者の発表がされる。 しかし、その名は私では無かった。 たった一人の婚約候補者の、私の名前では無かった。 私は、私の名誉と人生を守為に侯爵家の当主になります。 先ずは、お兄様を、グーパンチします。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでのこと。 ……やっぱり、ダメだったんだ。 周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間でもあった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表する。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放。そして、国外へと運ばれている途中に魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※毎週土曜日の18時+気ままに投稿中 ※プロットなしで書いているので辻褄合わせの為に後から修正することがあります。

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、142話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(11/21更新)

処理中です...