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気付かないフリをしたままでいたい【夏】前編
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レイドリックの表情を見て、マリアンヌは自分が彼に軽蔑されたことを知る。この前の約束を自分が守ろうとしていないから。
君は、親友が嫌がることをどうしてするの?
君は、親友の願いを叶えてあげられないの?
自分勝手だね。ワガママだね。
常識がないんじゃない?そんなことをして恥ずかしくないの?
レイドリックの目は、そう語っていた。
マリアンヌの身体が小刻みに震える。
左右から痛い程の視線を感じる。
自分は今、試されているのだ。親友かどうかを。だから、今すぐエリーゼの要求を呑まなくてはならない。
そう思う頭の片隅で、でも、そうすることはレイドリックとエリーゼにとっての正解なだけで、正しい行為ではないとも思っていた。
ただ、口にする勇気はなかった。だからマリアンヌは別の言い方をした。
『じゃあ、断る理由を一緒に考えて』
共犯にするつもりはなかった。
でも先日レイドリックが言った通り、相手の立場になって考えてくれたら、これがとても無理難題なことだとわかってくれると思った。
なのに、レイドリックとエリーゼは同時に吹き出した。
『冗談じゃないよ。それくらい自分で考えなよ』
レイドリックは、そう言った。エリーゼは、レイドリックの言葉に同意した。
否定しようがない拒絶だった。
その後、どんな会話をしたのかマリアンヌは良く覚えていない。
ただ、レイドリックはエリーゼに向けて笑いかけ、エリーゼはレイドリックにたくさん話しかけていた。
二人から少しは話題を振られて、相槌を打ったり、短い言葉を返した記憶はある。
でもそれがどんな内容だったのかは、マリアンヌは思い出すことができなかった。
兄に、アンジェラを欠席にしてほしいと、どう伝えれば良いかわからなくて。
マリアンヌはそれから、悩んで、悩んで、悩み続けて───結局、ウィレイムにそれを伝えることができなかった。
できないまま、舞踏会に参加することになってしまった。
***
兄の腕に自分の手を置き、マリアンヌは舞踏会の会場へと続く大理石の床を歩いている。
視界に入る人々は、皆、美しい衣装に身を包んでいた。
男性は光沢のある深みのある色の上着を着て、真っ白な手袋をはめている。
対して女性は、明るい色のドレスを着て、髪には宝石や花を飾っている。
ピカピカに磨かれた大理石の床は、様々な色彩が反射して、目が痛いほどだった。
今日はもちろん宰相閣下も舞踏会に招かれているだろう。当然、アンジェラも。
そして自分とアンジェラは友達だ。アンジェラの父は、兄の上司でもある。会場内での挨拶は避けることができない。
もし、結婚式の話題が出たらどうしよう。
兄は、今日の舞踏会は、第一王子の婚約披露の為だから、レイドリックとの婚約を口にするのは控えるようにと強く言われている。
もちろん自ら兄の言いつけを破る気はない。
ただ、他の人からその話題を振られるかどうかは、別問題だ。
最悪アンジェラから結婚式に参加するのを楽しみにしてると言われ、それをレイドリックとエリーゼに聞かれたらと思うと、得も言われぬ恐怖が全身に走る。
「───……マリー。ドレスが気に入らなかったのか?それとも、靴が合わなかったのか?」
「え?」
微かに聞こえる楽団の音楽よりも控えめな声でウィレイムに尋ねられ、マリアンヌは、はっと我に返った。
自分を優しくエスコートしてくれている兄は、とても心配そうな顔をしていた。
「顔色も少し悪い。もし具合が悪いのなら隠しては駄目だぞ」
「大丈夫です。舞踏会など久しぶりなので、ちょっと緊張しているだけですわ」
にこりと笑ってそう言えば、ウィレイムはほっとしたように顔を綻ばせた。
そして辺りをぐるりと見渡す。
会場はもうすぐそこだ。受付の衛兵は、ウィレイムと顔なじみなのだろう。兄の姿を見つけると、親しみのある目礼を送る。
そんなやり取りを何度かしながら、ウィレイムは『ま、いつもの顔ぶれだな』と言った。招待客を確認していたのだろう。
「私もこういう騒がしいところは苦手だ。一通りの挨拶が終わったら、早めに帰ろう」
「お兄様、そんなことをしてはいけませんっ」
慌てて止めるが、ウィレイムは軽く笑うだけ。
「この程度でどうこうなるような仕事はしていないから、安心しなさい」
慈愛のこもった目でそう言われ、マリアンヌは何も言えなくなる。でも、
「日頃のお兄様のお仕事ぶりに、マリーは感謝をしないといけないですね。……あの……今日は、お兄様のお言葉に甘えて、早めに失礼させていただいても良いですか?」
「ああ、もちろんさ」
嬉しそうに笑うウィレイムを見て、マリアンヌの胸はぎしりと痛んだ。
でも、とても狡いけれど、それが一番の最善の方法だ。
親友から逃げるような行動を取るなんて、最低だとは思うけれど。
ただ、ここを辞するまでは兄の顔に泥を塗るようなことはできない。
マリアンヌは息を整え、軽く目を閉じる。
一拍置いて、目を開けながら優美な笑みを浮かべた。
見る者を魅了させる、セレーヌディアの真珠らしい笑みを。
君は、親友が嫌がることをどうしてするの?
君は、親友の願いを叶えてあげられないの?
自分勝手だね。ワガママだね。
常識がないんじゃない?そんなことをして恥ずかしくないの?
レイドリックの目は、そう語っていた。
マリアンヌの身体が小刻みに震える。
左右から痛い程の視線を感じる。
自分は今、試されているのだ。親友かどうかを。だから、今すぐエリーゼの要求を呑まなくてはならない。
そう思う頭の片隅で、でも、そうすることはレイドリックとエリーゼにとっての正解なだけで、正しい行為ではないとも思っていた。
ただ、口にする勇気はなかった。だからマリアンヌは別の言い方をした。
『じゃあ、断る理由を一緒に考えて』
共犯にするつもりはなかった。
でも先日レイドリックが言った通り、相手の立場になって考えてくれたら、これがとても無理難題なことだとわかってくれると思った。
なのに、レイドリックとエリーゼは同時に吹き出した。
『冗談じゃないよ。それくらい自分で考えなよ』
レイドリックは、そう言った。エリーゼは、レイドリックの言葉に同意した。
否定しようがない拒絶だった。
その後、どんな会話をしたのかマリアンヌは良く覚えていない。
ただ、レイドリックはエリーゼに向けて笑いかけ、エリーゼはレイドリックにたくさん話しかけていた。
二人から少しは話題を振られて、相槌を打ったり、短い言葉を返した記憶はある。
でもそれがどんな内容だったのかは、マリアンヌは思い出すことができなかった。
兄に、アンジェラを欠席にしてほしいと、どう伝えれば良いかわからなくて。
マリアンヌはそれから、悩んで、悩んで、悩み続けて───結局、ウィレイムにそれを伝えることができなかった。
できないまま、舞踏会に参加することになってしまった。
***
兄の腕に自分の手を置き、マリアンヌは舞踏会の会場へと続く大理石の床を歩いている。
視界に入る人々は、皆、美しい衣装に身を包んでいた。
男性は光沢のある深みのある色の上着を着て、真っ白な手袋をはめている。
対して女性は、明るい色のドレスを着て、髪には宝石や花を飾っている。
ピカピカに磨かれた大理石の床は、様々な色彩が反射して、目が痛いほどだった。
今日はもちろん宰相閣下も舞踏会に招かれているだろう。当然、アンジェラも。
そして自分とアンジェラは友達だ。アンジェラの父は、兄の上司でもある。会場内での挨拶は避けることができない。
もし、結婚式の話題が出たらどうしよう。
兄は、今日の舞踏会は、第一王子の婚約披露の為だから、レイドリックとの婚約を口にするのは控えるようにと強く言われている。
もちろん自ら兄の言いつけを破る気はない。
ただ、他の人からその話題を振られるかどうかは、別問題だ。
最悪アンジェラから結婚式に参加するのを楽しみにしてると言われ、それをレイドリックとエリーゼに聞かれたらと思うと、得も言われぬ恐怖が全身に走る。
「───……マリー。ドレスが気に入らなかったのか?それとも、靴が合わなかったのか?」
「え?」
微かに聞こえる楽団の音楽よりも控えめな声でウィレイムに尋ねられ、マリアンヌは、はっと我に返った。
自分を優しくエスコートしてくれている兄は、とても心配そうな顔をしていた。
「顔色も少し悪い。もし具合が悪いのなら隠しては駄目だぞ」
「大丈夫です。舞踏会など久しぶりなので、ちょっと緊張しているだけですわ」
にこりと笑ってそう言えば、ウィレイムはほっとしたように顔を綻ばせた。
そして辺りをぐるりと見渡す。
会場はもうすぐそこだ。受付の衛兵は、ウィレイムと顔なじみなのだろう。兄の姿を見つけると、親しみのある目礼を送る。
そんなやり取りを何度かしながら、ウィレイムは『ま、いつもの顔ぶれだな』と言った。招待客を確認していたのだろう。
「私もこういう騒がしいところは苦手だ。一通りの挨拶が終わったら、早めに帰ろう」
「お兄様、そんなことをしてはいけませんっ」
慌てて止めるが、ウィレイムは軽く笑うだけ。
「この程度でどうこうなるような仕事はしていないから、安心しなさい」
慈愛のこもった目でそう言われ、マリアンヌは何も言えなくなる。でも、
「日頃のお兄様のお仕事ぶりに、マリーは感謝をしないといけないですね。……あの……今日は、お兄様のお言葉に甘えて、早めに失礼させていただいても良いですか?」
「ああ、もちろんさ」
嬉しそうに笑うウィレイムを見て、マリアンヌの胸はぎしりと痛んだ。
でも、とても狡いけれど、それが一番の最善の方法だ。
親友から逃げるような行動を取るなんて、最低だとは思うけれど。
ただ、ここを辞するまでは兄の顔に泥を塗るようなことはできない。
マリアンヌは息を整え、軽く目を閉じる。
一拍置いて、目を開けながら優美な笑みを浮かべた。
見る者を魅了させる、セレーヌディアの真珠らしい笑みを。
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