親友に裏切られた侯爵令嬢は、兄の護衛騎士から愛を押し付けられる

何かが違うことを知ってしまった【春】

13

　街でレイドリックとエリーゼを見かけてしまってから数日後、マリアンヌはレイドリックを呼び出した。

　事の真相を確かめるために。



　

「レイ、急に呼び出してごめんなさい」
「……いや、別に構わないよ」

　歯切れ悪くそう言ったレイドリックは、少し落ち着きが無いように見れた。

　今日は雨天だから、もしかしてくせっ毛を気にしてそんな言い方になったのかもしれない。
　それに、今日はいつもみたいに人払いしたテラスじゃなくて、屋敷の応接室だから落ち着かないだけなのかもしれない。

　そんなふうにマリアンヌは思った。そういう理由だったら良いのにという希望を持って。

　ただマリアンヌとて、落ち着いてなどいない。これから聞きたくないことを聞かなければならないから。

　話し出す勇気がなくて、部屋の隅に置いてあるワゴンの前で、お茶をゆっくりと淹れて時間を稼ぐ。屋敷の中ではあるが、人払いをしている。誰にも聞かれたくない話だから。

　チラリとソファの方に視線を向ければレイドリックは、ぼんやりと窓を見つめていた。

　午後になってから雨脚は更に強まり、途切れることなく叩きつける雨粒が、窓に映る景色を歪ませる。

　陰鬱な空気に耐えられず、マリアンヌはお菓子を進めてみた。けれど、レイドリックは素っ気なく「今はいいや」と答える。

　それだけで心が折れそうになる。

　でも、ずっとこんな気持ちのまま過ごすことを考えれば、聞くしかない。

　それにこれまでの日々を思い返せば、きっと杞憂に過ぎなかったという結論に至るはずだ。

　そう思っているのだが、もたもたしてしまったせいで、結局、切り出したのはレイドリックだった。

「で、何？何か用だった？」

　誰がどう聞いても不機嫌な口調で問われ、マリアンヌは慌てて二人分のティーカップを持って席に付く。
　
　そしてレイドリックの前にカップを置いてから口を開いた。

「私、この前……１０日くらい前なんだけど、街に行ったの」
「ふぅーん、で？」
「えっと、その時に二人を見かけたの」
「……どこで？」
「ロワゾー・ブリュっていう、チョコレート専門店のはす向かいにある宝石屋さんで」
「……」

　レイドリックの表情は相変わらず不機嫌そうだった。

　でもそこに、焦りやバツの悪さはなかった。ただイライラした感じで、膝を揺すっている。

　その仕草に妙に気圧されれしまい、マリアンヌは身を縮めてしまう。ティーカップを持ち上げることすら憚れる。

　しばらくしてレイドリックは「ああ」と短き声を上げた。それからすぐに口を開く。　

「エリーに頼まれたんだ」
「エリーに？」
「そう。一人で宝石屋に行くのが恥ずかしいから付いてきてくれって」
「どうして？」

　聞いたままの感想を口に出したら、レイドリックは急にムッとした顔をする。

「いやだからさぁ、エリーは男爵家だろ？こう言っちゃアレだけど、末端貴族でそんなに裕福じゃないからさ、専任の侍女とかいないんだよ」　
「……そうなんだ」

　３人に爵位の差があることは知っていたけれど、彼女に侍女がいないことは初耳だった。

　自分の生活の違いと、長い付き合いの親友の現状を今ごろ知ってしまい、軽いショックを受けてしまう。

「来月の夜会に着ていくドレスに合わせたブローチが欲しかったらしいよ。でも、女一人で宝石屋に入るなんて恥ずかしくてできないから、僕が呼ばれたってわけ」
「そう」

　レイドリックの説明を受け入れることに専念しているマリアンヌは、俯きながら短い返事をすることしかできない。

　その姿をレイドリックはそれをどう受け止めたのかわからない。が、厳しい声でマリアンヌの名を呼んだ。

　弾かれたようにマリアンヌは顔を上げる。目の前にいるレイドリックは、見たことも無いほど怖い顔をしていた。

　何故だかわからないけれど、つま先に力が入ってしまう。

「っていうか、こそこそ隠れて見てるのって、どうかと思うよ」
「……ご、ごめんなさい」

　咄嗟に謝ったけれど、レイドリックは誤解している。

　決して、こそこそしていたわけじゃない。二人の姿を見たのは本当に偶然だった。でも、それを伝えたくても喉がつかえて声が出ない。

　呼吸もうまくできていないから、きっと自分は、青ざめているだろう。

　なのにレイドリックは、そんなこと気にする様子もなく、言葉を続ける。

「それに、エリーと僕の仲を疑うのは良いけどさ、エリーの立場だってわかってやれよ。そりゃあ君は、格上だから考えもしなかったかもしれないけどさ」
「ごめんなさい」
「でも、君だって子供じゃないんだから、ちょっと考えればわかるんじゃない？」
「……」
「相手の立場になって物事を考えることができないなんて、人としてどうなの？」
「……」
「それとも、一々、僕たちが会う時は君に許可を貰わないといけないわけ？」
「……」

　矢継ぎ早に問われ、マリアンヌの頭の中は真っ白になってしまった。

　ただレイドリックの「僕たち」という言葉の中に、自分だけが入っていない事に気付いて、泣きたくなるほど胸が痛んだ。