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何かが違うことを知ってしまった【春】
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「久しぶり、マリー。元気だった?」
「ええ。……でも、会えなくて寂しかったわ」
「私もよ。こんなに会えないなんて、どれくらいぶりかしら?今日はたくさんお喋りしましょうね」
「もちろん!」
「……っていうか、僕も久しぶりなんだけど。挨拶は?」
「はい、はい。元気そうね、レイ」
「……あー元気ですよ、エリーさん」
途中からレイドリックも交えた会話はいつも通りのテンポで、マリアンヌはほっと胸を撫でおろした。
人払いをしたテラスには、午後の穏やかな日差しが降り注ぎ、3人の為だけの優しい空間を作り上げている。
着席して早々会話を始めてしまったけれど、マリアンヌは一度離席して、少し離れたワゴンの前に移動した。
そしてジルが用意してくれたお茶のポットをティーカップに注ぎながら、二人の会話に耳を傾けた。
「それにしても雨が続くのは困りもんだよ。僕、くせっ毛だからさ、毎朝鏡を見て、ぼわぼわになった頭を直すのに溜息ばっかついてたよ」
「あら?じゃあ、今日の髪型は調子が良い方なの?」
「えーひどいなぁ、これでもいつもより、セットしてきたんだよ」
「あら、ごめんなさい。まったく気付けなかったわ」
「気付いてくれよぉ」
レイドリックは、男性にしては茶褐色の柔らかい髪質で、しかも癖が強い。幼少の頃は、女の子と間違えられることもしばしばあった。
成人して、顔つきや体系は男性らしくなったけれど、髪質だけは変わらなかった。それは本人にとっては、強いコンプレックスらしい。
なので、マリアンヌはエリーゼのように軽い口調でからかうことができない。
対してエリーゼは、こちらがドキッとしてしまうことでも、遠慮なく口にする。けれど不思議と嫌な気持ちにならない。多分、悪意がないから。歯に衣着せぬ物言いは、エリーゼの魅力の一つでもある。
でも、その容姿が最大の魅力だとマリアンヌは思っている。
波打つ艶やかなワインレッドの髪に、マルベリー色の瞳。肌は磨き上げた象牙のようで、儚い印象を持つマリアンヌにとってはその全てが憧れでもあった。
くせっ毛がコンプレックスのレイドリックは、22歳。
誰とでも物怖じせず会話ができるエリーゼは、18歳。
そして、家柄がずば抜けて上のマリアンヌは、16歳。
歳の差は少しあるけれど、それでも3人はマリアンヌが10歳に満たない頃からの付き合いだった。
3人の出会いは、大規模な茶会の席でのこと。
大人ばかりのそこで、たまたま遊んだのが始まり。正確には、エリーゼとレイドリックが、ぽつんと一人でいたマリアンヌに声を掛けたのが、きっかけだった。
そのせいかマリアンヌは、エリーゼとレイドリックを姉と兄のように思っている部分がある。ただ実の兄には絶対に言えないことだけれど。
そんなわけで末っ子のつもりでいるマリアンヌは、大好きな二人の前にお茶を置く。
既にそこそこ広いテーブルには沢山の菓子やフルーツが並べられているので、ティーカップを置いたらもう空いているスペースは無い。
「で、どうだったの?」
マリアンヌが着席した途端、エリーゼは身を乗り出して、主語を抜かして問かけた。
すぐにマリアンヌとレイドリックは、互いに顔を見合わせてしまう。
問われた意味がわからなかったわけではない。どちらが答えるべきなのかわからず、譲り合ってしまっただけ。
2拍置いて、この問いに答えたのはレイドリックだった。
「あー……うん。予定通りになったよ」
「ふぅん」
エリーゼはさして嬉しくはなさそうだった。
───てっきり喜んでくれると思っていたのに。
マリアンヌは、唇を尖らせてあらぬ方を向くエリーゼを見て、軽いショックを受けた。
「あら、いやぁね、マリー。そんな顔しないでよ」
慌てたようにエリーゼは、マリアンヌの肩を掴む。次いで俯いたマリアンヌの顔を覗き込みながらこう言った。
「レイドリックなら、これくらいできて当然って思っただけよ」
すぐさま横から酷いなぁという声が聞こえてくるが、エリーゼは意地の悪い笑みを浮かべるだけ。
そんな二人のやり取りを見ながら、マリアンヌは目を丸くした。そうか、そんな発想があったのかと。
でもそれは、エリーゼが本心を隠すための演技だったことに、マリアンヌは気付けない。
そしてエリーゼは、マリアンヌに深く考える間を与えぬよう、言葉を続ける。
「つまり、計画は成功ってことね。お疲れさま、レイドリック。マリーもね」
「うん!」
マリアンヌは、エリーゼの言葉に大きく頷いた。やっと欲しい言葉が貰えて嬉しくてたまらない。
格差婚とか、逆玉の輿と揶揄されそうなこの婚約は、実は一年前から3人が計画したことだった───3人がずっと一緒にいられる為に。
社交界にデビューすれば、自然と縁談話を耳にする。
マリアンヌ達は、否が応でも、自分達がこの先誰かの元に嫁ぎ、誰かを妻に迎えなければならない現実を直視することになった。
貴族の世界は広いようで狭い。だから爵位を持ち続ければ、この縁は途切れることはない。
けれどそれは、同性であるマリアンヌとエリーゼだけの話。
レイドリックが知らない誰かを妻に迎えてしまえば、異性である自分達は、容易に彼と会えなくなってしまう。
だから3人は考えた。どうすれば、これから先もずっとこうして3人仲良く過ごすことができるだろうと。
そして、マリアンヌかエリーゼのどちらかが、レイドリックと結婚すれば良いという結論に至った。
とても幼稚で愚かで、知恵の浅い計画だとわかっている。
きっとウィレイムが聞いたら、激怒すること間違いない。
でもマリアンヌは真剣だった。
彼女にとって、この時間はかけがえのないもので、絶対に無くしたくないものだった。
だから最悪、レイドリックと自分が結婚できなくても、エリーゼと彼が結婚してくれれば、それで構わなかった。でも、エリーゼは強く二人が結婚をすることを進めた。
その理由を問うてみたけれど、エリーゼははぐらかすばかりで、明確な答えはもらえなかった。
もらえなかったけれど、多分、もう問い詰めることはしないだろう。
マリアンヌとて知らない誰かの元に嫁ぐより、レイドリックと結婚する方が幸せになれると思っている。
それに美味しいお菓子に、良い香りのお茶。なにより親友二人の笑顔に囲まれて、マリアンヌはとても幸せだったから、これ以上余計なことを考える必要はなかった。
それからしばらく、3人はお茶を飲みながら他愛もない話をする。
大雨の間、自宅に引きこもっていた時の近況報告や、最近流行っているお菓子や、髪飾りの話題で盛り上がり、ちゃんとドレスにも触れて貰えて、マリアンヌはとても楽しかった。
そして、お茶を3杯お代わりして、お皿に乗った菓子もほとんど空になれば、今日のお茶会はお開きの時間となってしまった。
ロゼット邸は広い。馬車が止めてある場所も、離れた所にある。
マリアンヌはメイドに、馬車を近くまで回すよう指示を出そうとしたが、エリーゼ達はそれを断った。
「今日はありがとう、エリーゼ」
「こちらこそ。じゃあまたね、マリー」
「うん。レイドリックも気を付けてね」
「ああ。じゃあ、行くね」
テラスで別れの挨拶を交わした後、マリアンヌは二人が視界から消えるまで見送り、もう一度着席する。
他意は無い。
ただ、楽しかった時間の余韻に浸りたくて、まだ部屋に戻りたくなかっただけ。
でも、お屋敷のお嬢様がテーブルに付いている間は、メイド達は片付けができない。そわそわとするメイド達の気配が伝わり、マリアンヌは庭へと足を延ばす。
春といえど、風はまだ冷たかった。
けれど花壇の花々を愛でるのにショールを必要としない寒さだったので、マリアンヌはゆっくりと季節の花を見ながら歩き出す。
でも、数歩、歩を進めただけで、すぐに足を止めた。
ウィレイムが普段使用している馬車が、ポプラの木の隙間から屋敷に入るのが見えたから。
たまには馬車まで出迎えてみようかな。
いつもより兄の早い帰宅が嬉しかったのと、お茶会が終わってしまった寂しさから、マリアンヌはそんなことを思い付いた。
ただその気まぐれが、数分後、マリアンヌに激しい衝撃を与えてしまうことになる。
「ええ。……でも、会えなくて寂しかったわ」
「私もよ。こんなに会えないなんて、どれくらいぶりかしら?今日はたくさんお喋りしましょうね」
「もちろん!」
「……っていうか、僕も久しぶりなんだけど。挨拶は?」
「はい、はい。元気そうね、レイ」
「……あー元気ですよ、エリーさん」
途中からレイドリックも交えた会話はいつも通りのテンポで、マリアンヌはほっと胸を撫でおろした。
人払いをしたテラスには、午後の穏やかな日差しが降り注ぎ、3人の為だけの優しい空間を作り上げている。
着席して早々会話を始めてしまったけれど、マリアンヌは一度離席して、少し離れたワゴンの前に移動した。
そしてジルが用意してくれたお茶のポットをティーカップに注ぎながら、二人の会話に耳を傾けた。
「それにしても雨が続くのは困りもんだよ。僕、くせっ毛だからさ、毎朝鏡を見て、ぼわぼわになった頭を直すのに溜息ばっかついてたよ」
「あら?じゃあ、今日の髪型は調子が良い方なの?」
「えーひどいなぁ、これでもいつもより、セットしてきたんだよ」
「あら、ごめんなさい。まったく気付けなかったわ」
「気付いてくれよぉ」
レイドリックは、男性にしては茶褐色の柔らかい髪質で、しかも癖が強い。幼少の頃は、女の子と間違えられることもしばしばあった。
成人して、顔つきや体系は男性らしくなったけれど、髪質だけは変わらなかった。それは本人にとっては、強いコンプレックスらしい。
なので、マリアンヌはエリーゼのように軽い口調でからかうことができない。
対してエリーゼは、こちらがドキッとしてしまうことでも、遠慮なく口にする。けれど不思議と嫌な気持ちにならない。多分、悪意がないから。歯に衣着せぬ物言いは、エリーゼの魅力の一つでもある。
でも、その容姿が最大の魅力だとマリアンヌは思っている。
波打つ艶やかなワインレッドの髪に、マルベリー色の瞳。肌は磨き上げた象牙のようで、儚い印象を持つマリアンヌにとってはその全てが憧れでもあった。
くせっ毛がコンプレックスのレイドリックは、22歳。
誰とでも物怖じせず会話ができるエリーゼは、18歳。
そして、家柄がずば抜けて上のマリアンヌは、16歳。
歳の差は少しあるけれど、それでも3人はマリアンヌが10歳に満たない頃からの付き合いだった。
3人の出会いは、大規模な茶会の席でのこと。
大人ばかりのそこで、たまたま遊んだのが始まり。正確には、エリーゼとレイドリックが、ぽつんと一人でいたマリアンヌに声を掛けたのが、きっかけだった。
そのせいかマリアンヌは、エリーゼとレイドリックを姉と兄のように思っている部分がある。ただ実の兄には絶対に言えないことだけれど。
そんなわけで末っ子のつもりでいるマリアンヌは、大好きな二人の前にお茶を置く。
既にそこそこ広いテーブルには沢山の菓子やフルーツが並べられているので、ティーカップを置いたらもう空いているスペースは無い。
「で、どうだったの?」
マリアンヌが着席した途端、エリーゼは身を乗り出して、主語を抜かして問かけた。
すぐにマリアンヌとレイドリックは、互いに顔を見合わせてしまう。
問われた意味がわからなかったわけではない。どちらが答えるべきなのかわからず、譲り合ってしまっただけ。
2拍置いて、この問いに答えたのはレイドリックだった。
「あー……うん。予定通りになったよ」
「ふぅん」
エリーゼはさして嬉しくはなさそうだった。
───てっきり喜んでくれると思っていたのに。
マリアンヌは、唇を尖らせてあらぬ方を向くエリーゼを見て、軽いショックを受けた。
「あら、いやぁね、マリー。そんな顔しないでよ」
慌てたようにエリーゼは、マリアンヌの肩を掴む。次いで俯いたマリアンヌの顔を覗き込みながらこう言った。
「レイドリックなら、これくらいできて当然って思っただけよ」
すぐさま横から酷いなぁという声が聞こえてくるが、エリーゼは意地の悪い笑みを浮かべるだけ。
そんな二人のやり取りを見ながら、マリアンヌは目を丸くした。そうか、そんな発想があったのかと。
でもそれは、エリーゼが本心を隠すための演技だったことに、マリアンヌは気付けない。
そしてエリーゼは、マリアンヌに深く考える間を与えぬよう、言葉を続ける。
「つまり、計画は成功ってことね。お疲れさま、レイドリック。マリーもね」
「うん!」
マリアンヌは、エリーゼの言葉に大きく頷いた。やっと欲しい言葉が貰えて嬉しくてたまらない。
格差婚とか、逆玉の輿と揶揄されそうなこの婚約は、実は一年前から3人が計画したことだった───3人がずっと一緒にいられる為に。
社交界にデビューすれば、自然と縁談話を耳にする。
マリアンヌ達は、否が応でも、自分達がこの先誰かの元に嫁ぎ、誰かを妻に迎えなければならない現実を直視することになった。
貴族の世界は広いようで狭い。だから爵位を持ち続ければ、この縁は途切れることはない。
けれどそれは、同性であるマリアンヌとエリーゼだけの話。
レイドリックが知らない誰かを妻に迎えてしまえば、異性である自分達は、容易に彼と会えなくなってしまう。
だから3人は考えた。どうすれば、これから先もずっとこうして3人仲良く過ごすことができるだろうと。
そして、マリアンヌかエリーゼのどちらかが、レイドリックと結婚すれば良いという結論に至った。
とても幼稚で愚かで、知恵の浅い計画だとわかっている。
きっとウィレイムが聞いたら、激怒すること間違いない。
でもマリアンヌは真剣だった。
彼女にとって、この時間はかけがえのないもので、絶対に無くしたくないものだった。
だから最悪、レイドリックと自分が結婚できなくても、エリーゼと彼が結婚してくれれば、それで構わなかった。でも、エリーゼは強く二人が結婚をすることを進めた。
その理由を問うてみたけれど、エリーゼははぐらかすばかりで、明確な答えはもらえなかった。
もらえなかったけれど、多分、もう問い詰めることはしないだろう。
マリアンヌとて知らない誰かの元に嫁ぐより、レイドリックと結婚する方が幸せになれると思っている。
それに美味しいお菓子に、良い香りのお茶。なにより親友二人の笑顔に囲まれて、マリアンヌはとても幸せだったから、これ以上余計なことを考える必要はなかった。
それからしばらく、3人はお茶を飲みながら他愛もない話をする。
大雨の間、自宅に引きこもっていた時の近況報告や、最近流行っているお菓子や、髪飾りの話題で盛り上がり、ちゃんとドレスにも触れて貰えて、マリアンヌはとても楽しかった。
そして、お茶を3杯お代わりして、お皿に乗った菓子もほとんど空になれば、今日のお茶会はお開きの時間となってしまった。
ロゼット邸は広い。馬車が止めてある場所も、離れた所にある。
マリアンヌはメイドに、馬車を近くまで回すよう指示を出そうとしたが、エリーゼ達はそれを断った。
「今日はありがとう、エリーゼ」
「こちらこそ。じゃあまたね、マリー」
「うん。レイドリックも気を付けてね」
「ああ。じゃあ、行くね」
テラスで別れの挨拶を交わした後、マリアンヌは二人が視界から消えるまで見送り、もう一度着席する。
他意は無い。
ただ、楽しかった時間の余韻に浸りたくて、まだ部屋に戻りたくなかっただけ。
でも、お屋敷のお嬢様がテーブルに付いている間は、メイド達は片付けができない。そわそわとするメイド達の気配が伝わり、マリアンヌは庭へと足を延ばす。
春といえど、風はまだ冷たかった。
けれど花壇の花々を愛でるのにショールを必要としない寒さだったので、マリアンヌはゆっくりと季節の花を見ながら歩き出す。
でも、数歩、歩を進めただけで、すぐに足を止めた。
ウィレイムが普段使用している馬車が、ポプラの木の隙間から屋敷に入るのが見えたから。
たまには馬車まで出迎えてみようかな。
いつもより兄の早い帰宅が嬉しかったのと、お茶会が終わってしまった寂しさから、マリアンヌはそんなことを思い付いた。
ただその気まぐれが、数分後、マリアンヌに激しい衝撃を与えてしまうことになる。
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