王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜

文字の大きさ
上 下
11 / 37
目にもの見せてくれるわっ

6

しおりを挟む
 王宮の裏庭は、メイド達にとって恰好のサボり場所でもある。

 今は、やれ掃除だ、洗濯だ、朝食の片付けだ、客室の準備だと、慌ただしい時間を過ごしているが、それもそろそろ落ち着く時間だ。

 アサギの首には王宮に立ち入ることができる紋章がぶら下がっている。
 でも、王宮の裏側まで足を踏み入れて良いという許可は下りていない。

「ロッタ、悪いけど場所を変えよう」
「……ん」
「ロッタ聞いている?」
「……ん」
「おーい、ロッタ」
「……んん」

 駄目だこりゃ。

 アサギは肩をすくめた。ロッタは思考の樹海を彷徨っている。当分戻ってくることはできないだろう。

 とはいえ、この話をうやむやにして去る気は無い。
 幸い何度も王宮に足を向けている身だから、人の流れはそこそこ詳しいし、地図も頭に入っている。

 だから強硬手段でロッタを担いで、もっと人気の無い場所に移動するしかないか。

 一方的に結論付けたアサギは、移動場所を幾つか候補に挙げ、最短ルートを頭の中で描く。そしてロッタの背後に回り、そっと持ち上げようとした。

 でも、その瞬間───

「いや、無いわ。それは無いわ」

 というロッタの呟きが耳に入って、アサギは手を止めた。

「うん。で、どうしたい?」

 長い付き合いだし、ロッタとは違う意味で好きという感情を持っているアサギは、主語が無い呟きでも、ちゃんと理解することできる。

 だからロッタの正面に回ったアサギは「何が無いの?」という無駄な質問を省いて、続きを促した。

「私、死にたくない」
「そうだよね」
「お父さんも、お母さんも、弟も、死んでほしくない」
「そりゃ、そうだろうね」
「……抱かれたくない」
「うん」
「……夜伽なんて……し、したくない」
「うん」

 だんだん声が小さくなるロッタに相反して、そうだそうだ、もっと言えと、アサギの頷きは大きくなる。

 そして、ついうっかり「他には?」とせっついてしまった。途端にロッタの表情が曇り俯いてしまう。

 すぐにアサギは、しまったと内心舌打ちしたけれど、それは杞憂に終わった。アサギの一言はロッタの背を押す形になった。

「私、王妃に一泡吹かせたい」
「っぷ」

 毅然と顔を上げてきっぱりと言い切ったロッタを待っていたのは、あろうことが小馬鹿にした笑いだった。

「……アサギ、酷い」

 勇気を振り絞って紡いだ言葉が、こんな形なんてあんまりだ。

 ロッタは思わずアサギをジト目で睨んでしまった。

「ごめん。あとロッタ……お前、可愛いな」

 ぽんと頭に手を置かれ謝罪の言葉が降ってきたと思ったら、場違いな言葉まで耳に入ってきてロッタは目を丸くする。

「な、何を言って」
「うん。可愛い。可愛すぎる」
「だから……今は、そんなこと言ってる場合じゃなくって」
「一泡吹かせたいだって……なんだそれ、マジ可愛い」
「……はぁ」

 手の甲を口元に当て笑いを堪えるアサギは、この後何度も「可愛い」と言いながら、ロッタの頭を撫でた。
しおりを挟む
感想 45

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

【完結】美しい人。

❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」 「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」 「ねえ、返事は。」 「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」 彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。

処理中です...