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むしろ遅すぎる(婚約者談)

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 ローウィ家の掟に則り、愛した人をこの手で殺さなくてはならな……くはないけれど、事と次第によったら、そうしちゃうかも。

 ティスタは骨董品屋に売っても、二束三文の価値しかなさそうな短剣を見つめて、唇をかみしめる。

(ウェルドが黒だったら彼を殺すんじゃなくって、私がショックで死んじゃうかもなぁー)

 ───なんていう縁起でもないことを思ったティスタであるが、ここでふと思った。

 ヴァネッサは息するように嘘を吐く。

 だから、今回のことだって、もしかしたらヴァネッサのでまかせなのかもしれない。いや、きっとそうだ。そうに違いない。

 ……と、思っているけれど、どうしたって冷静ではいられない自分がいる。

(どうか、この短剣の鞘を抜くことはありませんように……)

 嘘でも本当でも笑い話にできないことであるが、それでもティスタはこれが全部嘘なら気合と根性で笑って見せようと心に誓う。

 ただ億が一、ウェルドがヴァネッサとイタした事実があるとしても、かなりの剣の使い手である彼が、はたしてこの短剣を甘んじて己の心臓に埋め込んでくれるのだろうか。

 そんなこともふと思って、ティスタが短剣を見つめながら、しゅんと肩を落とす。と同時に、バタバタとものすごい勢いで一人の騎士───ウェルドがこちらに駆け寄ってきた。

「ごめん、ティスタ。遅れた!」

 全力疾走したというのに息切れ一つしていない彼は、日頃どれだけ身体を鍛えているのだろう。

 ティスタはある意味鋼の精神を持っているが、体力はヘタレの部類に入る。

 そんなヘタレな自分が彼に剣を向けたとて、絶対に傷一つ付けることはできない。

 いや、そもそも彼を傷付けることなど、自分にできるのだろうか。

 そんなままならない思考を抱えたまま、疾走したせいで乱れてしまった騎士服を見つめていれば、その持ち主は訝しそうに首を傾げた。

「……ん?ティスタどうした?……怒っているか??」 
「怒ってはいないけど……」

 含みをもったティスタの言葉に、ウェルドは困ったように眉を下げた。

「本当にすまなかった。実はティスタの大好物のエッグサンドを食堂のシェフに頼んで作って貰ってたんだ。でも、それを同僚に見つかってからかわれてさ」

 そこまで言ってウェルドは、上着のポケットから包みを取り出し、ティスタに差し出した。

「……ありがとう」

 一先ず受け取ったそれは、包み紙を通してでも温かかった。

 近衛騎士は有事の際にすぐに動けるよう基本は寮生活だ。そしてそこの食堂のエッグサンドは絶品だった。

 ふかふかのパンに、塩味強めのふわふわの卵にチーズをたっぷり挟んだサンドウィッチは、肉が正義と豪語する騎士達には物足りないみたいだが、ティスタの心は十分満たされる。

 しかし、今日はそれを手にしても心は浮き立つことはなかった。
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