エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい

当麻月菜

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番外編 初めての……

初めてのお墓参り④

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 男同士の友情をこれ以上、亡き妻に見せるのが恥ずかしかったのか、それとも最愛の女性と十数年ぶりの再会を早くしたかったのかわからない。

 ……おそらくその両方だったのだろう。ユザーナは普段ならまだまだ続くバザロフとの口喧嘩を早々に止めて、無言のまま墓標の前に膝を付いた。

 他の3人もそれにならい、膝を付く。そして次々に墓標の前に花を置く。

 ここだけ春が到来したかのように、甘い香りが漂う中、ティアは両手を胸の前に組み、他の3人は手を左胸に当て目を閉じた。

 そして各々がこの墓標に眠るティアの母親であるメリエムに祈りをささげる。

 ちなみにティアは自分とグレンシスと婚約したことも、バザロフとマダムローズが婚約したことも、実の父と再会したことも既に報告済みだ。

 だから今日のお墓参りは、通常通りの近況報告となる。
 例えば「朝起きたらシノノメがベッドの中にいました」とか「梨のジャムを父から貰って毎日食べているけれど、あと24個あるので食べきれるか不安です」といった他愛のないこと。

 そして苦痛ではない親密な沈黙が流れる中、最初に立ち上がったのはバザロフだった。次いでティアも立ち上がる。

 でもグレンシスとユザーナは真剣な表情で、熱心にメリエムに祈りを捧げている途中。まだまだ続きそうだった。

 正直、2人同時に相手にするのは大変だろうと思うけれど、ティアにはどうすることもできないので、母の墓標に向かって”頑張って”とエールを送り、この場を去る。

 そしていつも通りの流れで、すぐ近くの東屋へと移動した。

 東屋にはいつの間にかお茶の用意がしてあった。
 でもティアは驚かない。これは母親の墓参りを始めてから続いていること。

 だからティアは適当な茂みに向かって、お礼の言葉と同時に頭をぺこりと下げた。

 ───ガサッ、ザザッザッ。

 草木が揺れる音がしてティアは顔を上げる。

 そうすれば茂みの中から武骨な手がにゅっと飛び出してくる。そして、ティアに向かってひらひらと手を振りすぐに消えた。

 これもまたいつものこと。

 ちなみにこの屋敷の主であるバザロフは、いつもお茶を用意する使用人が極度の人見知りと知っているので、微笑ましく眺めているだけ。

 そしてティアもその性格をなんとなく察しているので、この手の持ち主を誰だか追及することなく小さく手を振り、もう一度お礼の言葉を言ってお茶の用意を始めた。

 テーブルにはすでにオフホワイトのクロスが敷かれている。そしてポットが2つに茶葉の入った缶。ティーカップもちゃんと4人分。

 美しい陶磁器のお皿にはマロンのマフィンにカボチャのクッキーもある。どちらも可愛らしく美味しそうで、ちょっとだけつまみ食いをしたくなる。

 けれどティアはそれを我慢して、お茶の用意を始める。
 空のポットに茶葉を人数分入れて、湯気が立っている方のポットを手に取りお湯を注ぐ。

 そして砂時計をひっくり返したと同時に、グレンシスが墓標から立ち上がり東屋へと近づいて来た。

「ティア、何か手伝うことは?」

 グレンシスはエリートな騎士だ。そしてお貴族様でもある。けれど、そんな肩書など関係なくティアに世話を焼こうとする。

「大丈夫です」
「そうか……ところで、さっき男の気配がしたが?」

 急に甘い雰囲気を消したグレンシスは、なぜかしかめっ面を浮かべてティアに問うた。

「……どうでしょう。お顔を見たことがないので、性別はちょっとわかりません」

 不機嫌になったグレンシスに、ティアはオロオロとそう答える。

 だがグレンシスの不機嫌さは、なぜだか消えることはない。それどころか眉間の皺まで追加されてしまった。

「いや、あれは絶対に男の気配だった。ティア、あの者とは長い付き合いなのか?」
「へ?え……まぁそうと言えばそうですが……えっと……」
「あの者と手を振り合う仲になったのはいつ頃からなのか?」
「余裕がなさすぎるぞ、グレン」

 どんどん強くなるティアへの尋問を、バザロフが硬い声で遮った。

 そしてすぐに目元をやわらげ、くすりと笑ってから再びバザロフは口を開く。 

「結婚前からこうなら、結婚後は大変だぞ」

 と言ったバザロフの視線は、ティアに向けられていた。

 それは暗に、この甘やかしと焼きもちは序章に過ぎないということ。

 それについてはティアはなんと答えて良いのかわからず無言を貫いた。心の中で、今ユザーナがいなくて良かったと思いながら。

 それからちょぴり拗ねたグレンシスはティアの隣に腰かける。対面に着席しているバザロフは呆れた笑みを二人に向ける。

 それをさらりと流しながらティアが4人分のお茶をティーカップに注いでいると、ユザーナが、ようやっとこちらに来た。

 その目は赤かった。でも、それについて誰も何も言わない。
 そしてユザーナがバザロフの隣に着席すると、ただ黙って全員がティアが淹れた茶を飲み始めた。

 さわさわと秋の乾いた風がテーブルに敷かれたクロスを揺らす。

 ティアは両手にティーカップを包むように持って、ゆっくりとお茶を飲む。コクリ。一口それを口に含んだ途端目を丸くした。

 今まで飲んだお茶の中でこれが一番美味しい。

 とはいえ、今飲んでいる茶葉は、これといって特別なものではない。そしてティアもいつも通りの手順でお茶を淹れた。

 でも、やっぱり美味しい。

 どうしてだろう。そんなことを思ったけれど、その理由がすぐにわかった。こんなふうに4人でテーブルを囲むのは初めてだったから。

 先ほどよりも風が出てきて気温は下がっているはずなのに、ティアの心はとてもポカポカとしていた。

 あの夏の日。グレンシスの膝の中でティアは、この幸福な時間がいつまでも続けばいいと思った。そして身の丈に似合わない願いを持ってしまった自分を心底恥じた。

 なのに今、目の前には実の父と義理の父。隣にはグレンシスがいる───婚約者として。そしてこの先、もっと近い存在になりずっと傍にいてくれる。

 だからこの光景は、これから先、何度も繰り返すことができることなのだ。

 それに気付いた途端、辛くも悲しくもないのに、胸が熱くて気を抜くと視界がぼやけてしまいそうになる。 

 こんな幸福な気持ちを、ティアは何と呼ぶのか知らない。

「───……こういうのも悪くないな」

 風に乗って、グレンシスの呟きがティアの耳に届いた。

 ああ、好きな人が、同じ気持ちでいてくれた。

 ティアは嬉しくなって、緩くなる口元を隠すようにもう一口お茶を飲んだ。そして初めてのお墓参りは、つつがなく終わるはずだった。

 けれど───……

「儂はかれこれティアとここで10年以上茶を飲んでるな」

 と、バザロフが何の気なしに呟いた。

「……何が言いたい?」
「言わせたいのか?」

 唸るように問いただすユザーナに、バザロフは涼しい顔でお茶を飲み続ける。

 けれど、ティーカップをソーサーに戻した途端、その表情が変わった。

「どうだ?ユザーナ。メリエムの前で白黒はっきりさせた方が良いだろう」
「それもそうだな」 

 こんな時だけ息がぴったりと合うバザロフとユザーナに、ティアは溜息を付きたくなった。

 そしていつの間にかテーブルの端には、決闘用にと剣が用意されていた。もちろん2本。

 誰がこんな余計なことをと言いたくなるが、間違いなくこれを置いたのは、お茶を用意してくれたこの屋敷の使用人の一人だろう。

 無駄に空気を読まないでっ。

 ティアは八つ当たりだとわかっていても、思わず茂みに向かって睨みつけてしまう。

 そうすれば、また茂みがガサゴソと音を立てる。でもそれは心なしかしょんぼりとしているようだった。
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