エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい

当麻月菜

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番外編 初めての……

初めてのお墓参り①

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 国王陛下というのは、頭に冠を乗っけて、のんべんだらりと生活しているように思えるが、実は意外に忙しい。

 なにせ国の最高責任者なのだ。
 国内外からの案件は山のようにあり、そして毎日、その採否を問われる身。

 しかも最終決断なので、一度決めたことは容易に覆すことはできない。

 だから、書類一つ一つに細心の注意を払わないといけない。でも次々と書類は届くので、一つ一つの案件にあまり時間もかけてはいけない。

 そう。国王陛下というのは、頭に冠を乗っけているだけあって、大変忙しい身なのだ。

 とはいえ、今日は陛下の元に届く書類はかなり少ない。


 国王陛下ことヴァージルは、今、手元にある書類を全て捌き終えると、ふぅっと息を吐いた。

 まだ午前中。一仕事終えたとはいえ、これからまだまだやることはある……普段ならば。 

 そしてこれまた普段ならば、ヴァージルが決裁を終えた書類は、すぐさまユザーナが受け取り、各部署に渡すよう部下に指示を出す。

 だからユザーナは常にヴァージルの傍にいる。
 そしてユザーナが居ない時は、護衛という体でバザロフがいたりもする。

 でも今日、陛下の傍に居るのは、ユザーナではない。
 ちなみにバザロフでもなければ、将来を期待されているグレンシスでもない。

 代理という見えないタスキを掛けた、そこそこのエリート騎士達3人である。なぜ自分達が……と言いたげに今にも泣きそうな顔をして。

 そんな可哀想なほどにガッチガチに緊張している騎士の一人に、ヴァージルはゆったりと視線を向けた。

「聞きたいことがあるんだが」
「は、はい」

 ビシッと背筋を伸ばして、騎士は返事をした。

 その拍子にくせっけの前髪が元気にぴょこんと跳ねる。ただ”変なことはどうか聞かないで”と、騎士の目はありありと告げていた。

 ヴァージルは思わず苦笑を浮かべる。けれど、やはり自分の質問を優先した。

「我が国の両翼が揃って休暇を取ることについて、君はどう思うか?」
「……」

 騎士は賢くも沈黙した。

 けれど、ヴァージルは無慈悲にも、同じ問いを騎士に投げかける。そして、二度も国王陛下からの質問に無視ができるほど、この騎士の神経は図太くはなかった。

「恐れながら……この国が平和になった何よりの証拠でございましょう」
「なるほどな」

 ヴァージルは、満足のいく答えが返ってきて深くうなずいた。

 そして今度は窓に視線を向け「なるほどなぁ」と語尾を延ばして呟いた。

 その表情は、ちょっとだけ苦笑を浮かべていた。



***





 春と秋の季節は、どこの世でも曖昧で短いもの。

 そして、夏や冬のように突き刺すような自己主張をしないので、控えめでいじらしい。

 春は厳しい寒さから解放される季節ということもあり、全ての景色を柔らかい色で包み込む。
 対して秋は、草木が枯れ森の獣が眠りにつく季節から、儚さや侘しさを感じさせるセピア調の色で風景を染める。 

 そんな切なさを感じさせる日差しの中、カラカラと回る車輪に合わせて、ティアを乗せた馬車の車内は、微かに揺れている。




 ───イケメンと、花。

 申し分ない組み合わせだ。
 苺とクリームくらい、正しい組み合わせだ。

 ティアは向かいの席に座るグレンシスを見て、深く頷く。

「ん?どうした、ティア」

 でも目が合った途端、グレンシスからとろけるような笑みを向けられ、ティアはさっと目を逸らした。

 甘い花の香りが充満する馬車の中、あまりに美しすぎるそれは、かえって目の毒である。眩しすぎて仕方がない。それに、本日はティアの隣には実父ことユザーナがいる。

 なんていうか、あからさまに照れるのは、こっぱずかしい。
 
 ティアは深呼吸をして、バクバクする心臓をなだめる。
 そんなティアを見て、グレンシスは更に目を細める。愛らしいという言葉のまま。

 ───まったくもう、この無自覚イケメンめ。

 ティアは思わず心の中で、グレンシスに向かって悪態を付く。だって仕方がない。頬の熱がなかなか冷めてくれないのだから。

 あと横から大変、もの言いたげな視線を感じている。さっきからずっとずっと絶え間なく。
 でも、絶対にそこに目を向けない。今、自分がどんな顔をしているのかわかっているから。

 さてティアは、現在、グレンシスとユザーナと共に母親のお墓参りに向かっている。

 いつぞやユザーナと交わした約束を守るために。
 じゃあ、何でグレンシスも一緒なのか?そんな質問は愚問である。でもまぁ……彼にも一応、理由があったりもする。

 そんなオマケ感があるグレンシスだけれども、今日は騎士服ではない。主役を食いそうな程、めかしこんでいる。
 光沢のある深緑色のジャケットに真っ白なタイ。大変、貴族らしい品のある服装だ。

 そしてティアの隣に座るユザーナも、グレンシスに負けず劣らずの盛装だ。

 ぶっちゃけこれが貴族のお茶会に向かうのなら、まあまあ頷ける。夜会であっても、きっと問題ない。

 でも、この馬車が向かうのは墓地。
 どう考えてもこの煌びやかな衣装は相応しくない。

 とはいえ、ティアにとったらこれは暇さえあれば足を向ける母親のお墓参りではあるが、彼らにとっては違う意味を持つ。

 グレンシスにとったら、恋人の母親に婚約の挨拶をしに行くのだ。
 そしてユザーナにとったら、(書面上では)妻に会いに行くということで。

 だから二人がここまで服装に気合を入れる気持ちは、ちょっとだけわかる。

 でも、向かう先である墓地は、バザロフの屋敷の敷地内。
 そして大変足場の悪い場所にあったりもする。
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