エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい

当麻月菜

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第二部 陛下の命令

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 ティアは、移し身の術を使う。そして、その術を使うものは3つの禁忌に縛られている。

 だから今、ティアが何の感情も持たず、自分の命を捨てると言い切れるのは、それに縛られているからで。

 ……ただ、禁忌を破った移し身の術を使う人間がどうなるのか。実のところ、ティアは知らないでいたりもする。
 そして知らないまま、勝手に禁忌を破るなら、自害しかないと思い込んでいたりもする。

 これまでの経緯を見て、ティアは確かに、頑固で思い込みが激しい一面を持っている。
 けれど、何の根拠もなくそこまで思い詰めるている訳ではない。それなりの理由があった。

 それはティアの母親が、先の戦争でオルドレイ国を追放された過去があったから。

 移し身の術は、オルドレイ国の秘術である。
 誰が最初にこの術を使い始めたのかわからない程、古くからあった。

 オルドレイ国……いや、国と呼ばれる前の騎馬民族の集落でしかなかった時代から、辺境に住むとある一族は、移し身の術を使い、人を救い、癒し、時に聖女とも呼ばれていた存在だった。

 けれど、25年前の戦争で、ひっそりと見返りを求めることなく人の為に生き、その術を受け継いできた一族の運命は大きく変わった。

 オルドレイ国の王の命令で、移し身の術を使う一族は無理矢理、戦場へと送られたのだ。そして一族の親近者を人質に取り、傷付いた兵士の治療をさせた。

 ウィリスタリア国に比べ、オルドレイ国は資源に乏しく、絶対的な兵士の数も少なかった。

 けれど移し身の術を使えば、状況は変わる。なにせ兵士は即死さえしなければ、たちまち戦場へ戻すことができるのだから。

 だが、治療にあたっていたティアの母親は、戦時中、禁忌を犯してしまった。そしてそれが原因で、オルドレイ国を追われることにことになり、メゾンプレザンに身を寄せる結果となってしまったのだ

 母親以外の移し身の術を使えるものは、皆、戦争の最前線にいた為、戦火に巻き込まれ命を落としたと聞く。

 その時の話を聞いた時、ティアは辛かった。悔しかった。
 はっきり言ってしまえば、一族を殺した戦争も、母親を追放したオルドレイ国も、対戦国のウィリスタリアも何もかも憎かった。

 年月を重ね、ひょんなことから王族の一人と友となったアジェーリアのことは、心から大切に思う友である。その気持ちは偽りではない。

 けれど、それでも根っこにある苦しみや辛さは、なかったことにできない。ティアにとっては一生癒えることができない傷となってしまったのだ。

 なら、グレンシスに対してティアはどう思っているのか。
 想いを通じ合った相手に向けて、あっさり自害するなどとどうして言えるのか。

 それについて、ティアはこう思っている。
 
 移し身の術を使えたからこそ、彼の命を救うことができ、また出会うことができたのだと。

 だから都合よく好きという感情におぼれて、禁忌を無視することも、彼を巻き込んでしまうのも、だらしないことだと思っている。

 ティアは、グレンシスの目に映る自分は、いつだってどんな時だって恥ずかしい姿でいたくないと強く思っている。

 もちろん嫌だ王様になんて会いたくない。そんなことから、逃げたい。禁忌のことなど忘れてしまいたい。

 などと言っても、グレンシスが ティアのことを軽蔑することなど世界が滅んだとしてもあり得ないことなのだけれど。

 ……という、そんなこんな理由で国王陛下が個ではなく、国として自分を利用すると思い込んでいるティアは、心を閉ざして自暴自棄な言葉を吐いてしまうのだ。

 そして、これ以上こんな話などしたくはないという気持ちが強くなる。一刻も早く、終わらせたいと願ってしまう。

「グレンさま、短剣の一本や二本、騎士様なお持ちでしょ?汚してしまいますが、1本貸してください」
「馬鹿を言うな!誰がそんなもん貸すかっ」

 青筋立てて叫ぶグレンシスだが、ティアはここでも怯える様子はない。

 対してグレンシスはガシガシと頭を掻いた。
 騎士としても、貴族としても、随分と無作法である。

 けれど、それ程に今、グレンシスは頭を抱えたくなる状況だったのだ。

 ───さて、ここで今回の一件について補足をすると、諸々の事情が複雑に絡まっている。

 まず国王陛下は、確かにティアに興味を持った。

 そして娘のアジェーリアと同様、一度会いたい。是が非でも会いたい。御託はいいから、さっさと連れてこいとグレンシス達が命令を受けてしまったのも事実。

 ただ、その様子を伺い見るに、国家事業としてティアを利用したいのではなく、単純な好奇心が強いようで。そして、何かを目論んでいる影もちらほら。 

 だからティアが今さっき口にしたようなことはならないはず。

 もし仮にそうなったら、グレンシスは全力でティアを護るだろう。バザロフだって、黙ってはいないはず。

 とはいえ、人見知りが激しく、ひっそりと生きていくことを望んでいるティアが、陛下に謁見するというのは相当な覚悟がいると、バザロフとグレンシスは思っている。

 だからティアに考える時間を与える為に、ロハン邸に避難させたのだ。

 そしてティアが謁見を望まないという答えをだしたのなら、それ相応の理由を考えるために時間を稼ぐことにしたのだ。

 ただここだけの話、グレンシスが二の足を踏んでいるのは、ティアには言えない事情があるからで。

 その理由は、後ほどわかるといこうこと。
 そしてそれは、国を動かす云々ではたく、大変個人的な感情で。

「───……ケチですね。良いじゃないですか」
「良いわけないだろっ」
「我がままを言っていいっていたのに」

 グレンシスの気持ちなど全く気付かないティアは、呟く。

 そうすればグレンシスは『そういう意味じゃない』と言いたげに眉間の皺を揉んだ。

「あのな、ティア。確かに陛下はお前に会いたいと言っているし、例の不思議なアレ。えっと、移し身の術……というらしいな。それに興味を持っているのも事実だ。だが、お前がついさっき言ったような酷い扱いをすることはないはずだ。陛下が我が強く、自由勝手な一面もあるが、そこまで性根が腐っている御仁ごじんではないぞ」
「さぁ、それはどうでしょうか」

 ティアは吐き捨てるようにそう言って、猜疑深い表情をつくり、不審者を見るような目つきになった。

 グレンシスはティアが思いのほか頑固者だということを知った。

「宰相だって、今必死に陛下を説得なさっている。悲観して自暴自棄なことを考えるのはやめるんだ」 
「でも、私、宰相様にはお会いしたこともありませんし、そう言われても困ります。それに今回、運よく宰相様とやらの説得で、王様が思い留まったとしても、それは今回だけってことになるかもしれませんよね?」
「……」

 グレンシスは、詰め寄るティアに小さく息を吐く。そして、決心する。 

 なら、百聞は一見に如かず。会わせるしかないかと。

「……わかった、ティア。では、その通り話を進めよう」

 渋々ながらグレンシスが、頷けば、ティアはよろしくお願いしますと言って、丁寧に頭を下げた。
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