エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい

当麻月菜

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一部の二部の間のおはなし

ある日のロハン邸でのおはなし

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 これはグレンシスから書簡を受け取った騎士達が、そろそろ王都に到着するか、しないか……という頃のおはなし。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 グレンシスの屋敷であるロハン邸の使用人は、主が不在でも、日々の業務に手を抜くことはしない。
 毎日、勤勉に働いている。
 
 けれど、女性というのはどこの世界でもかしましい生き物である。
 そして、ながら作業が大変、得意でもある。

 そんなわけで、ロハン邸のメイド2人は、リネン室でシーツにアイロンを掛けつつ、タオルを畳みつつ、ついでにお口も忙しく動かしていた。




「ねぇねぇ、やっぱり、あの女の子……ティアさまは、ご主人様の奥方になるのかしら?」

 アイロンを滑らせながらメイドの一人であるミィナが、目をらんらんと輝かせながら、もう一人のメイドに問いかけた。

「そりゃあ、きっとそうでしょう」

 同じくメイドのアネッサは、タオルの端をピシッと伸ばして、それを丁寧に折りたたみながら、あっさりと答えた。

 そして顔を見合わせた二人は、同時に声を上げる。

「だーよーねー」

 次いで、うっふきゃははと笑い声を上げた。

 もちろん二人の手は止まることはない。そして、口も止まることはない。

「だってね、ティアさまが初めてこのお屋敷におみえになった時、私、見ちゃったもん。ご主人様、自らティアさまのリネンを運んであげていらしたのよ。もうね、独占欲丸出しって感じでぇー見てるこっちがドキドキしちゃった」

 このミィナの発言は、完全に主観が混ざっている。

 実際のところ、グレンシスは騎士道精神に基づき、嫌々ながらティアのリネンを運んでいただけなのである。

 けれど、ミィナの趣味は読書。しかも、愛読書はキュンキュンする恋愛小説だったりもする。
 そしてミィナは、20代でまだ独身。恋に恋する乙女心を持ち合わせてしまっていたりもする。

 ちなみに、アネッサは20代後半で既婚者。だけれども、ミィナと同じ趣味を持っている。

 と、いうわけで凄まじい速さでタオルを畳むアネッサの表情は、うっとりと夢見ごちている。

「うわぁー、私もそれ見たかったぁー。でもさぁ、ミィナは庭掃除してたから知らないかもしれないけれど、ご主人様ったら、ティアさまの旅のお洋服を自らお選びになったのよ」
「うっそー」
「嘘じゃないわよ。ふふっ。もうそれはそれはティアさまのお洋服に細かい指示を出されてね……ご主人様、きっと俺色に染めてやるっ。なんてことを考えていらっしゃったのかしら……。ふぅ、素敵」
 
 これも、相当、主観が混ざっている。いや、割合的には8割が妄想だ。

 ティアの旅服をグレンシスが選んだ。これは紛れもない事実である。

 けれど、それはティアが掛け布団に包まり籠城こいていたせいで、衣装合わせができなかったせいなので。
 そして、ティアの年齢を確認せず、見た目だけで判断したメイド達が用意した旅服が、子供用であったため。

 なので、仕方なくグレンシスがティアの衣裳を選び直した……というのが、正しい経緯なのである。

 けれど、これまで女性の影が一つもなく、かつ、実家からの見合い話を断り続けている屋敷のご主人様が、不本意ながらも異性に対して、あれやこれやと世話を焼くのを目にすれば、メイド達が誤解するのも無理はない。

 そして、妄想はどんどん過激になり、風船のように膨れ上がり……感極まったミィナとアネッサは同時に顔を見合わせて、こう叫んだ。

「ご旅行中に、赤ちゃんができちゃったら、どうしましょうっ!」

 そんなことは、天と地がひっくり返ってもあり得ないこと。
 
 けれど、妄想するのは個人の自由。そして、お喋りは、女子の特権である。
 ……と、いうことは、休暇中や休憩時間になら言えることで、今は、お仕事中。

 余談であるが、ここリネン室はシーツや枕カバーそしてタオルなどといったものを保管する場所。
 だから部屋は清潔感のある白の壁紙。そして、リネン類のほとんどが白色。ついでにいうと、あまり広くない。

 そんな中、若い女性の弾けた笑い声は、とても響く。

 そして、行き過ぎたメイド2人のかしましい声は、廊下に響いてしまっていて、それを運悪く、年配メイドのマーサが耳にしてしまっていたのだ。

 ──バンッ。

「あんた達さっきから、ぴーちくぱーちく、煩いっ。なぁーにを、くっちゃべってんの!!」

 勢いよく扉が開くのと同時に、古株のマーサの怒鳴り声がリネン室に響いた。

 途端に、ミィナとアネッサはピシッと背筋を伸ばし、腰を直角に折り曲げて、ごめんなさいと声を上げた。

 けれど、マーサの怒りは、そんなことでは収まらない。

 憤怒の表情を浮かべた古株メイドは、両手を腰に当て、若いメイドに向かって一喝する。

「だいたいね、子供なんてね、天からの授かりもんなんだから、そう都合よく生まれるもんじゃないでしょ!!」

 ───そりゃあ、私だって、ご主人様の赤ちゃんを早くお世話したいけどねぇ。

 その後、しみじみと呟いたマーサの言葉に、すかさず、ミィナとアネッサは同意する。

「ですよねぇー」
 
 そして、3人のメイドはその後、(架空の)ご主人様の赤ちゃん談義に花を咲かせ、再び、各自の業務に戻るのであった。




 一方、その頃。

 ───……いや、違う。そうじゃない。

 たまたま、リネン室の前を通りかかった執事のルディオンは、妄想話で盛り上がるメイド3人に向かって、冷静に心の中でツッコミを入れた。

 そもそも、ご主人様であるグレンシスは、王女を嫁ぎ先へ送り届けるという重要任務の為に、ここを留守にしているのだ。そして、ティアも同じく。

 まかり間違っても、婚前旅行でもないし、二人はそういう子作りするような関係ではない。

 けれど、ルディオンは利口にも素通りした。
 そして、その判断はとても賢明なものであった。

 なぜなら、その5日後、グレンシスからメイド達の妄想話に限りなく近い内容の手紙を受け取ってしまったから。

 それを受け取ったルディオンが、びっくり仰天したのは言うまでもない。 

 けれど、ご主人様の命令は絶対。

 というわけで、それからグレンシスが帰宅するまで、ロハン邸はご主人様のワガママの為に、てんやわんやの状態になった。

 そのワガママとは──【帰宅するまでに、ティアの為の部屋を、完璧に用意しておくこと】だった。 
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