48 / 101
一部の二部の間のおはなし
ある日のロハン邸でのおはなし
しおりを挟む
これはグレンシスから書簡を受け取った騎士達が、そろそろ王都に到着するか、しないか……という頃のおはなし。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
グレンシスの屋敷であるロハン邸の使用人は、主が不在でも、日々の業務に手を抜くことはしない。
毎日、勤勉に働いている。
けれど、女性というのはどこの世界でもかしましい生き物である。
そして、ながら作業が大変、得意でもある。
そんなわけで、ロハン邸のメイド2人は、リネン室でシーツにアイロンを掛けつつ、タオルを畳みつつ、ついでにお口も忙しく動かしていた。
「ねぇねぇ、やっぱり、あの女の子……ティアさまは、ご主人様の奥方になるのかしら?」
アイロンを滑らせながらメイドの一人であるミィナが、目をらんらんと輝かせながら、もう一人のメイドに問いかけた。
「そりゃあ、きっとそうでしょう」
同じくメイドのアネッサは、タオルの端をピシッと伸ばして、それを丁寧に折りたたみながら、あっさりと答えた。
そして顔を見合わせた二人は、同時に声を上げる。
「だーよーねー」
次いで、うっふきゃははと笑い声を上げた。
もちろん二人の手は止まることはない。そして、口も止まることはない。
「だってね、ティアさまが初めてこのお屋敷におみえになった時、私、見ちゃったもん。ご主人様、自らティアさまのリネンを運んであげていらしたのよ。もうね、独占欲丸出しって感じでぇー見てるこっちがドキドキしちゃった」
このミィナの発言は、完全に主観が混ざっている。
実際のところ、グレンシスは騎士道精神に基づき、嫌々ながらティアのリネンを運んでいただけなのである。
けれど、ミィナの趣味は読書。しかも、愛読書はキュンキュンする恋愛小説だったりもする。
そしてミィナは、20代でまだ独身。恋に恋する乙女心を持ち合わせてしまっていたりもする。
ちなみに、アネッサは20代後半で既婚者。だけれども、ミィナと同じ趣味を持っている。
と、いうわけで凄まじい速さでタオルを畳むアネッサの表情は、うっとりと夢見ごちている。
「うわぁー、私もそれ見たかったぁー。でもさぁ、ミィナは庭掃除してたから知らないかもしれないけれど、ご主人様ったら、ティアさまの旅のお洋服を自らお選びになったのよ」
「うっそー」
「嘘じゃないわよ。ふふっ。もうそれはそれはティアさまのお洋服に細かい指示を出されてね……ご主人様、きっと俺色に染めてやるっ。なんてことを考えていらっしゃったのかしら……。ふぅ、素敵」
これも、相当、主観が混ざっている。いや、割合的には8割が妄想だ。
ティアの旅服をグレンシスが選んだ。これは紛れもない事実である。
けれど、それはティアが掛け布団に包まり籠城こいていたせいで、衣装合わせができなかったせいなので。
そして、ティアの年齢を確認せず、見た目だけで判断したメイド達が用意した旅服が、子供用であったため。
なので、仕方なくグレンシスがティアの衣裳を選び直した……というのが、正しい経緯なのである。
けれど、これまで女性の影が一つもなく、かつ、実家からの見合い話を断り続けている屋敷のご主人様が、不本意ながらも異性に対して、あれやこれやと世話を焼くのを目にすれば、メイド達が誤解するのも無理はない。
そして、妄想はどんどん過激になり、風船のように膨れ上がり……感極まったミィナとアネッサは同時に顔を見合わせて、こう叫んだ。
「ご旅行中に、赤ちゃんができちゃったら、どうしましょうっ!」
そんなことは、天と地がひっくり返ってもあり得ないこと。
けれど、妄想するのは個人の自由。そして、お喋りは、女子の特権である。
……と、いうことは、休暇中や休憩時間になら言えることで、今は、お仕事中。
余談であるが、ここリネン室はシーツや枕カバーそしてタオルなどといったものを保管する場所。
だから部屋は清潔感のある白の壁紙。そして、リネン類のほとんどが白色。ついでにいうと、あまり広くない。
そんな中、若い女性の弾けた笑い声は、とても響く。
そして、行き過ぎたメイド2人のかしましい声は、廊下に響いてしまっていて、それを運悪く、年配メイドのマーサが耳にしてしまっていたのだ。
──バンッ。
「あんた達さっきから、ぴーちくぱーちく、煩いっ。なぁーにを、くっちゃべってんの!!」
勢いよく扉が開くのと同時に、古株のマーサの怒鳴り声がリネン室に響いた。
途端に、ミィナとアネッサはピシッと背筋を伸ばし、腰を直角に折り曲げて、ごめんなさいと声を上げた。
けれど、マーサの怒りは、そんなことでは収まらない。
憤怒の表情を浮かべた古株メイドは、両手を腰に当て、若いメイドに向かって一喝する。
「だいたいね、子供なんてね、天からの授かりもんなんだから、そう都合よく生まれるもんじゃないでしょ!!」
───そりゃあ、私だって、ご主人様の赤ちゃんを早くお世話したいけどねぇ。
その後、しみじみと呟いたマーサの言葉に、すかさず、ミィナとアネッサは同意する。
「ですよねぇー」
そして、3人のメイドはその後、(架空の)ご主人様の赤ちゃん談義に花を咲かせ、再び、各自の業務に戻るのであった。
一方、その頃。
───……いや、違う。そうじゃない。
たまたま、リネン室の前を通りかかった執事のルディオンは、妄想話で盛り上がるメイド3人に向かって、冷静に心の中でツッコミを入れた。
そもそも、ご主人様であるグレンシスは、王女を嫁ぎ先へ送り届けるという重要任務の為に、ここを留守にしているのだ。そして、ティアも同じく。
まかり間違っても、婚前旅行でもないし、二人はそういう子作りするような関係ではない。
けれど、ルディオンは利口にも素通りした。
そして、その判断はとても賢明なものであった。
なぜなら、その5日後、グレンシスからメイド達の妄想話に限りなく近い内容の手紙を受け取ってしまったから。
それを受け取ったルディオンが、びっくり仰天したのは言うまでもない。
けれど、ご主人様の命令は絶対。
というわけで、それからグレンシスが帰宅するまで、ロハン邸はご主人様のワガママの為に、てんやわんやの状態になった。
そのワガママとは──【帰宅するまでに、ティアの為の部屋を、完璧に用意しておくこと】だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
グレンシスの屋敷であるロハン邸の使用人は、主が不在でも、日々の業務に手を抜くことはしない。
毎日、勤勉に働いている。
けれど、女性というのはどこの世界でもかしましい生き物である。
そして、ながら作業が大変、得意でもある。
そんなわけで、ロハン邸のメイド2人は、リネン室でシーツにアイロンを掛けつつ、タオルを畳みつつ、ついでにお口も忙しく動かしていた。
「ねぇねぇ、やっぱり、あの女の子……ティアさまは、ご主人様の奥方になるのかしら?」
アイロンを滑らせながらメイドの一人であるミィナが、目をらんらんと輝かせながら、もう一人のメイドに問いかけた。
「そりゃあ、きっとそうでしょう」
同じくメイドのアネッサは、タオルの端をピシッと伸ばして、それを丁寧に折りたたみながら、あっさりと答えた。
そして顔を見合わせた二人は、同時に声を上げる。
「だーよーねー」
次いで、うっふきゃははと笑い声を上げた。
もちろん二人の手は止まることはない。そして、口も止まることはない。
「だってね、ティアさまが初めてこのお屋敷におみえになった時、私、見ちゃったもん。ご主人様、自らティアさまのリネンを運んであげていらしたのよ。もうね、独占欲丸出しって感じでぇー見てるこっちがドキドキしちゃった」
このミィナの発言は、完全に主観が混ざっている。
実際のところ、グレンシスは騎士道精神に基づき、嫌々ながらティアのリネンを運んでいただけなのである。
けれど、ミィナの趣味は読書。しかも、愛読書はキュンキュンする恋愛小説だったりもする。
そしてミィナは、20代でまだ独身。恋に恋する乙女心を持ち合わせてしまっていたりもする。
ちなみに、アネッサは20代後半で既婚者。だけれども、ミィナと同じ趣味を持っている。
と、いうわけで凄まじい速さでタオルを畳むアネッサの表情は、うっとりと夢見ごちている。
「うわぁー、私もそれ見たかったぁー。でもさぁ、ミィナは庭掃除してたから知らないかもしれないけれど、ご主人様ったら、ティアさまの旅のお洋服を自らお選びになったのよ」
「うっそー」
「嘘じゃないわよ。ふふっ。もうそれはそれはティアさまのお洋服に細かい指示を出されてね……ご主人様、きっと俺色に染めてやるっ。なんてことを考えていらっしゃったのかしら……。ふぅ、素敵」
これも、相当、主観が混ざっている。いや、割合的には8割が妄想だ。
ティアの旅服をグレンシスが選んだ。これは紛れもない事実である。
けれど、それはティアが掛け布団に包まり籠城こいていたせいで、衣装合わせができなかったせいなので。
そして、ティアの年齢を確認せず、見た目だけで判断したメイド達が用意した旅服が、子供用であったため。
なので、仕方なくグレンシスがティアの衣裳を選び直した……というのが、正しい経緯なのである。
けれど、これまで女性の影が一つもなく、かつ、実家からの見合い話を断り続けている屋敷のご主人様が、不本意ながらも異性に対して、あれやこれやと世話を焼くのを目にすれば、メイド達が誤解するのも無理はない。
そして、妄想はどんどん過激になり、風船のように膨れ上がり……感極まったミィナとアネッサは同時に顔を見合わせて、こう叫んだ。
「ご旅行中に、赤ちゃんができちゃったら、どうしましょうっ!」
そんなことは、天と地がひっくり返ってもあり得ないこと。
けれど、妄想するのは個人の自由。そして、お喋りは、女子の特権である。
……と、いうことは、休暇中や休憩時間になら言えることで、今は、お仕事中。
余談であるが、ここリネン室はシーツや枕カバーそしてタオルなどといったものを保管する場所。
だから部屋は清潔感のある白の壁紙。そして、リネン類のほとんどが白色。ついでにいうと、あまり広くない。
そんな中、若い女性の弾けた笑い声は、とても響く。
そして、行き過ぎたメイド2人のかしましい声は、廊下に響いてしまっていて、それを運悪く、年配メイドのマーサが耳にしてしまっていたのだ。
──バンッ。
「あんた達さっきから、ぴーちくぱーちく、煩いっ。なぁーにを、くっちゃべってんの!!」
勢いよく扉が開くのと同時に、古株のマーサの怒鳴り声がリネン室に響いた。
途端に、ミィナとアネッサはピシッと背筋を伸ばし、腰を直角に折り曲げて、ごめんなさいと声を上げた。
けれど、マーサの怒りは、そんなことでは収まらない。
憤怒の表情を浮かべた古株メイドは、両手を腰に当て、若いメイドに向かって一喝する。
「だいたいね、子供なんてね、天からの授かりもんなんだから、そう都合よく生まれるもんじゃないでしょ!!」
───そりゃあ、私だって、ご主人様の赤ちゃんを早くお世話したいけどねぇ。
その後、しみじみと呟いたマーサの言葉に、すかさず、ミィナとアネッサは同意する。
「ですよねぇー」
そして、3人のメイドはその後、(架空の)ご主人様の赤ちゃん談義に花を咲かせ、再び、各自の業務に戻るのであった。
一方、その頃。
───……いや、違う。そうじゃない。
たまたま、リネン室の前を通りかかった執事のルディオンは、妄想話で盛り上がるメイド3人に向かって、冷静に心の中でツッコミを入れた。
そもそも、ご主人様であるグレンシスは、王女を嫁ぎ先へ送り届けるという重要任務の為に、ここを留守にしているのだ。そして、ティアも同じく。
まかり間違っても、婚前旅行でもないし、二人はそういう子作りするような関係ではない。
けれど、ルディオンは利口にも素通りした。
そして、その判断はとても賢明なものであった。
なぜなら、その5日後、グレンシスからメイド達の妄想話に限りなく近い内容の手紙を受け取ってしまったから。
それを受け取ったルディオンが、びっくり仰天したのは言うまでもない。
けれど、ご主人様の命令は絶対。
というわけで、それからグレンシスが帰宅するまで、ロハン邸はご主人様のワガママの為に、てんやわんやの状態になった。
そのワガママとは──【帰宅するまでに、ティアの為の部屋を、完璧に用意しておくこと】だった。
1
お気に入りに追加
3,047
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

【短編版】虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~
八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。
しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。
それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。
幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。
それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。
そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。
婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。
彼女の計画、それは自らが代理母となること。
だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。
こうして始まったフローラの代理母としての生活。
しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。
さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。
ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。
※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります
※「小説家になろう」が先行公開で、長編版は現在「小説家になろう」のみ公開予定です
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。

急に王妃って言われても…。オジサマが好きなだけだったのに…
satomi
恋愛
オジサマが好きな令嬢、私ミシェル=オートロックスと申します。侯爵家長女です。今回の夜会を逃すと、どこの馬の骨ともわからない男に私の純潔を捧げることに!ならばこの夜会で出会った素敵なオジサマに何としてでも純潔を捧げましょう!…と生まれたのが三つ子。子どもは予定外だったけど、可愛いから良し!


異世界に行った、そのあとで。
神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる