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第一部 王女と、移し身の乙女の願い
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グレンシスが剣を抜き構えたのと、砂埃と共に複数の馬が闇森から飛び出してきたのは、ほぼ同時だった。
もちろん馬には人が乗っている。
皆、長袖で前開きの長いガウンのような異国の服を着ている。そして、先頭に立つもの以外は、揃いの円筒形の帽子をかぶっている。
突然現れたこの集団に、ティアは驚きのあまり、涙などどこかに吹き飛んでしまった。
次いで一拍遅れて、この人たち一体何者!?という至極当然の疑問が頭に浮かぶ。
ちなみにグレンシスは剣は構えてはいるけれど、この馬集団に斬り込むことはしない。他の騎士達も同様だった。
それは、向こうが敵意を向けていないからというのもあるけれど、彼らの特徴ある服装が、オルドレイ国の人間であることは間違いないから。
ここで迂闊なことを口走ったり、行動に移してしまえば、取り返しのつかないことになりかねない。
だから、グレンシスは向こうの出方を探っている。
そしてティアのすぐ隣にいるアジェーリアの口元は、わなわなと震えている。けれど、それは恐怖からくるものではない。全く別のもの。
そんな状況でティアは、悠長に問いかける勇気は持ち合わせていない。なので、この馬集団を、ひっそりと観察するだけに留める。
オルドレイ国の馬集団は全員帯剣をしている。だから騎士か兵士の類なのだろう。
そこまではわかる。きっと誰でもわかる。
けれども、ここに来た目的までは、わからない。
一応考えてみたけれど、今のティアはまともに考えることができず、とりあえず珍客だということで、観察を終了することにした。
ただ、アジェーリアがこの騒ぎで乱れてしまった髪を、そっと手櫛で整えたのを、ティアは視界の端におさめた。
しかもアジェーリアは、こっそりスカートの皺や埃まで払っている。
でも、本人は気付いていない。とある馬集団の先頭に立つ青年に釘付けだった。
そして、その藍色の瞳は今まで見たことのない色を湛えていた。
───え?もしかして……。
ティアがそこまで思った瞬間、馬集団の先頭に立つ、真っ白な上着に金色の刺繍がしてある豪奢な上着を着た青年が、爽やかな笑みを浮かべてこう言った。
「やぁ、アジェ。待ちきれなかったら、迎えに来たよ」
……アジェ?
……迎えに来た?
ティアが青年の言葉を咀嚼すること5秒───この青年が誰だかピンときた。
そしてティアは、すぐさまアジェーリアに視線を移す。
けれどアジェーリアは、ティアの視線には気付いていない。
現在進行形で、それどころじゃないようだ。
ついさっきまで青白かった頬が、みるみるうちに頬が赤く染まっていく。
そして、自然にはにかんでしまった口元を誤魔化すかのように、アジェーリアは大声を上げた。
「ディモルト殿っ。な、な、なんでおぬしがここにおるのじゃ!!!」
ダンっと地団太を踏んだアジェーリアは、ウィリスタリア国の第四王女の気品などなかった。
あるのは、突然のサプライズに、驚きと、戸惑いと、それらを凌駕するほどの喜びを必死に隠そうとするあまり、ついつい憎まれ口を叩いてしまう恋する乙女がいるだけ。
そして、その言葉が婚約者の照れ隠しだということにちゃんと気付いたディモルト……こと、オルドレイ国第一王子は、ますます笑みを深くして口を開く。
「だから、今、言ったよね?待ちきれなかったって」
「わらわは、頼んでおらんっ。今すぐに帰れっ!!」
アジェーリアの罵倒にディモルトは少し困った顔する。
けれど、それでも自分の婚約者が可愛くて仕方がないといった感じで、ひらりと馬から降りた。
「ははっ。つれないなぁ。アジェ。でも、ここまで来たんだから、もう遅いよ」
そう言いながら大股で近づくディモルトに、アジェーリアは逃げることはしない。
待ち焦がれた気持ちを隠さず、潤んだ目を向けている。
そして、ディモルトはアジェーリアの手を優しく取り、反対の手を漆黒の髪へと伸ばした。
そんな二人の甘いやり取りを間近で見ていたティアは、そっか。そっかぁ。そうなんだ。と呟きながら、知らず知らずのうちに笑みがこぼれる。
もう、奇跡を願うような想いでアジェーリアにお幸せになどという言葉を送る必要はないのだ。
アジェーリアは、もう既に元敵国の婚約者から愛されている。
そしてこれからきっと、もっともっと幸せになれるだろう。
会って間もないアジェーリアの婚約者に、ティアがそう断言できるのは、ちゃんと理由がある。
ディモルトはここに来て、一番最初にアジェーリアの姿を探したから。
そして、アジェーリアが無事なことを確認して、心からの安堵の表情を浮かべたから。
政略結婚の相手としか思っていないなら、危険が伴う異国の地に自ら足を向けることなんてしない。まして先頭斬って、ここへ突っ込むこともしないだろう。
だからアジェーリアの嫁ぐ先がどんなに風当たりが強かろうとも、それでも、この人がいれば、きっと大丈夫。
それに、ディモルトは夜空に輝く星々をちりばめたような、さらさらの白銀の髪。
アジェーリアに向ける柔らかい眼差しを浮かべる瞳は、澄んだ青空のような水色。
ディモルトはオルドレイ国第一王子の名に恥じない、完璧なイケメンであった。
そして、恐ろしいまでの美男美女が並ぶとキラキラ感が半端ない。絵になるどころのレベルではない。神の領域だ。
世界共通で美しさは正義。
きっとこの美しさがアジェーリアを護ってくれるだろう。
そんなふうな気持ちで、眩しそうに王子と王女を見つめているティアの傍らでは、騎士達は眩暈を覚えていた。
なぜなら、後方のオルドレイ国の騎士がウィリスタリア国の馬を引いていたから。
その馬は、先ほどグレンシスが馬車からハーネスを切り離した際にどこかへ走り去ってしまった馬であった。
しかも、その馬には、元反逆者達……もっと正確にいうならば、ティアとアジェーリアを攫おうとした2名の反逆者達が括り付けられていたから。
がっしがしに荒縄で絞められた状態で。
つまり、オルドレイ国の王子は、アジェーリアを迎えに来たと口では言っているものの、此度のウィリスタリア国の騒動にも、しっかり気付いてしまっているということで……。
───ああ、一難去ってまた一難。
グレンシスを始めとするウィリスタリア国の騎士達は、同時にそう心の中で呻いてしまった。
もちろん馬には人が乗っている。
皆、長袖で前開きの長いガウンのような異国の服を着ている。そして、先頭に立つもの以外は、揃いの円筒形の帽子をかぶっている。
突然現れたこの集団に、ティアは驚きのあまり、涙などどこかに吹き飛んでしまった。
次いで一拍遅れて、この人たち一体何者!?という至極当然の疑問が頭に浮かぶ。
ちなみにグレンシスは剣は構えてはいるけれど、この馬集団に斬り込むことはしない。他の騎士達も同様だった。
それは、向こうが敵意を向けていないからというのもあるけれど、彼らの特徴ある服装が、オルドレイ国の人間であることは間違いないから。
ここで迂闊なことを口走ったり、行動に移してしまえば、取り返しのつかないことになりかねない。
だから、グレンシスは向こうの出方を探っている。
そしてティアのすぐ隣にいるアジェーリアの口元は、わなわなと震えている。けれど、それは恐怖からくるものではない。全く別のもの。
そんな状況でティアは、悠長に問いかける勇気は持ち合わせていない。なので、この馬集団を、ひっそりと観察するだけに留める。
オルドレイ国の馬集団は全員帯剣をしている。だから騎士か兵士の類なのだろう。
そこまではわかる。きっと誰でもわかる。
けれども、ここに来た目的までは、わからない。
一応考えてみたけれど、今のティアはまともに考えることができず、とりあえず珍客だということで、観察を終了することにした。
ただ、アジェーリアがこの騒ぎで乱れてしまった髪を、そっと手櫛で整えたのを、ティアは視界の端におさめた。
しかもアジェーリアは、こっそりスカートの皺や埃まで払っている。
でも、本人は気付いていない。とある馬集団の先頭に立つ青年に釘付けだった。
そして、その藍色の瞳は今まで見たことのない色を湛えていた。
───え?もしかして……。
ティアがそこまで思った瞬間、馬集団の先頭に立つ、真っ白な上着に金色の刺繍がしてある豪奢な上着を着た青年が、爽やかな笑みを浮かべてこう言った。
「やぁ、アジェ。待ちきれなかったら、迎えに来たよ」
……アジェ?
……迎えに来た?
ティアが青年の言葉を咀嚼すること5秒───この青年が誰だかピンときた。
そしてティアは、すぐさまアジェーリアに視線を移す。
けれどアジェーリアは、ティアの視線には気付いていない。
現在進行形で、それどころじゃないようだ。
ついさっきまで青白かった頬が、みるみるうちに頬が赤く染まっていく。
そして、自然にはにかんでしまった口元を誤魔化すかのように、アジェーリアは大声を上げた。
「ディモルト殿っ。な、な、なんでおぬしがここにおるのじゃ!!!」
ダンっと地団太を踏んだアジェーリアは、ウィリスタリア国の第四王女の気品などなかった。
あるのは、突然のサプライズに、驚きと、戸惑いと、それらを凌駕するほどの喜びを必死に隠そうとするあまり、ついつい憎まれ口を叩いてしまう恋する乙女がいるだけ。
そして、その言葉が婚約者の照れ隠しだということにちゃんと気付いたディモルト……こと、オルドレイ国第一王子は、ますます笑みを深くして口を開く。
「だから、今、言ったよね?待ちきれなかったって」
「わらわは、頼んでおらんっ。今すぐに帰れっ!!」
アジェーリアの罵倒にディモルトは少し困った顔する。
けれど、それでも自分の婚約者が可愛くて仕方がないといった感じで、ひらりと馬から降りた。
「ははっ。つれないなぁ。アジェ。でも、ここまで来たんだから、もう遅いよ」
そう言いながら大股で近づくディモルトに、アジェーリアは逃げることはしない。
待ち焦がれた気持ちを隠さず、潤んだ目を向けている。
そして、ディモルトはアジェーリアの手を優しく取り、反対の手を漆黒の髪へと伸ばした。
そんな二人の甘いやり取りを間近で見ていたティアは、そっか。そっかぁ。そうなんだ。と呟きながら、知らず知らずのうちに笑みがこぼれる。
もう、奇跡を願うような想いでアジェーリアにお幸せになどという言葉を送る必要はないのだ。
アジェーリアは、もう既に元敵国の婚約者から愛されている。
そしてこれからきっと、もっともっと幸せになれるだろう。
会って間もないアジェーリアの婚約者に、ティアがそう断言できるのは、ちゃんと理由がある。
ディモルトはここに来て、一番最初にアジェーリアの姿を探したから。
そして、アジェーリアが無事なことを確認して、心からの安堵の表情を浮かべたから。
政略結婚の相手としか思っていないなら、危険が伴う異国の地に自ら足を向けることなんてしない。まして先頭斬って、ここへ突っ込むこともしないだろう。
だからアジェーリアの嫁ぐ先がどんなに風当たりが強かろうとも、それでも、この人がいれば、きっと大丈夫。
それに、ディモルトは夜空に輝く星々をちりばめたような、さらさらの白銀の髪。
アジェーリアに向ける柔らかい眼差しを浮かべる瞳は、澄んだ青空のような水色。
ディモルトはオルドレイ国第一王子の名に恥じない、完璧なイケメンであった。
そして、恐ろしいまでの美男美女が並ぶとキラキラ感が半端ない。絵になるどころのレベルではない。神の領域だ。
世界共通で美しさは正義。
きっとこの美しさがアジェーリアを護ってくれるだろう。
そんなふうな気持ちで、眩しそうに王子と王女を見つめているティアの傍らでは、騎士達は眩暈を覚えていた。
なぜなら、後方のオルドレイ国の騎士がウィリスタリア国の馬を引いていたから。
その馬は、先ほどグレンシスが馬車からハーネスを切り離した際にどこかへ走り去ってしまった馬であった。
しかも、その馬には、元反逆者達……もっと正確にいうならば、ティアとアジェーリアを攫おうとした2名の反逆者達が括り付けられていたから。
がっしがしに荒縄で絞められた状態で。
つまり、オルドレイ国の王子は、アジェーリアを迎えに来たと口では言っているものの、此度のウィリスタリア国の騒動にも、しっかり気付いてしまっているということで……。
───ああ、一難去ってまた一難。
グレンシスを始めとするウィリスタリア国の騎士達は、同時にそう心の中で呻いてしまった。
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