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第一部 王女様のお輿入れ
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スピードを上げ続ける馬車の中、車内は沈黙に包まれている。
それは、これからのことを考えると不安で、なにも言葉にできないというわけではないし、もちろん、つい先ほどのドレスの余った部分を指摘し合ったことを引きずって一触即発なわけでもない。
とにかく、車内が揺れて、揺れて、揺れまくっていて、会話ができないだけなのだ。
「な、なんで……アジェーリアさまは……へ、平気なんで……すか?」
グワン、グワンと目が回りそうな車内の中、ティアは相も変わらず窓枠にしがみ付きながら、堪えきれずアジェーリアに問いかけた。
そう。会話ができないのはティアだけで、アジェーリアは、まったく動じていないのだ。
ただただ静かに着席しているだけ。
しかも初めて着る庶民服に興味がおありのようで、袖を撫でたり、裾のレースに触れたりと余裕綽々のご様子だった。
ただ会話をしないでいるのは、ティアを思ってのこと。問いかけられれば、すぐに答える。
車の揺れに合わせ、それこそ小動物のように跳ねるティアを見て、くすりと笑いながら。
「なに、乗馬を嗜んでおれば、このくらい平気じゃ」
けんもほろろに答えたアジェーリアに、ティアは唖然とした。
てっきり高貴なる血がなせる業だと思っていたからだ。
「わ、私も……馬に乗れるようになったら……アジェーリア様みたいに───」
「ティア、無理に喋ろうとするでない。本当に舌を噛むぞ。それに、こういった事態に遭わないようにするのが一番じゃ」
「確かにそうで……うわぁっ」
アジェーリアに正論に、しみじみとティアが頷こうとした瞬間、馬車が急停車した。
異変を感じたアジェーリアは、窓に目を向ける。
そしてほとほと困り果てたといった感じで、ため息を付く。
「……どうやら、わらわ達が城外に出たのを気付かれてしまったようじゃな。待ち伏せされておったわ」
「ええっ!?」
片側の窓はアジェーリアが独占しているので、ティアは反対側の窓を食い入るように見つめる。
そして、見たことをひどく後悔した。
避難先のロハンネ卿の屋敷に向かう途中の道を阻むように、反逆者達がそこにいたのだ。
ひぃ、ふぅ、みぃ、10を数えてから、ティアは反逆者の人数を数えることを放棄した。
グレイシスが言っていた通り、道を阻む者たちは小規模な軍勢だった。
しかもご丁寧に反逆者の幾人かが、かがり火を手にしてくれているので、この状況が夜目の利かないティアでもしっかりと目にすることができている。
反逆者達は騎士のような揃いの衣裳など身に付けてはいない。
農夫のような恰好の者。商人の恰好をした者。兵士のようにきちんと甲冑を身に付けている者。
さまざまな服装の男たちが入り混じる中、一つだけ共通しているのは、全員、その手に武器を手にしていること。
「ここを通すわけには行かないっ」
「王女を、オルドレイ国の蛮人の元になどいかせないっ」
「誇り高きわが王族の血に、野蛮な血が混ざるなど許すものかっ」
その罵声は開戦の合図でもあった。
すぐさま騎士達は剣を抜く。
それと同時に、軍勢が一気にこちらに向かってきた。
きんっと独特の金属音と、男たちの咆哮が闇夜に響く。
間近に見る戦闘は、娼館育ちでそれなりのものを見てきたティアでも、さすがキツイものがあった。
でも、きっと同じものを見ているアジェーリアのほうが辛いに決まっている。
愛しいと思う民から、剥き出しの憎悪の言葉を向けられてしまったのだ。
その苦しさと痛みは計りしれない。
もしかして、自分の中にある恋心すら悪だと思っているのかも。
たまらない気持ちになりアジェーリアに視線を移した瞬間、馬車が派手に揺れた。
予期せぬ出来事に、ティアはものの見事に額をぶつけた。かなり痛い。
けれど、ずっと目を離すことなく窓からこの動向を見ていたアジェーリアから、それよりもっと衝撃的な言葉が放たれる。
「いかんっ。御者が入れ替わるっ」
「はい!?」
それって、ちょっと……いや、かなりヤバいのでは!?
敵国との婚姻を阻止するために王女ごと奪うなんて、なんてわんぱくな発想なのだろう。
そして、それ程までに、オルドレイ国が憎いのだろうか。
牧師憎けりゃ祭服まで憎いとは、まさにこのこと。
ティアは苦く思う。
特にアジェーリアの覚悟と恋心を知ってしまったからには、どうしても反逆者に対して怒りを覚えてしまう。
これまで心の中でしてきた舌打ちすら、自制ができず露骨にしてしまうくらいに。
「……ティア、ぬしは思いのほか気が強いようじゃな」
呆れる。というよりは、称賛に近い口調に、ティアはどんな顔をすればいいのかわからない。
なんとも言えない空気が車内を満たすけれど、状況は最悪の一途をたどっている。
馬車はぐんぐん走り出している。
喧騒が離れていくのが、今はとても不安でたまらなかった。
連れていかれるのは、どこなのだろう。
自分はちゃんと王女を演じ切ることができるだろうか。
そして、いつ、どこで、どうやって、アジェーリアを逃がせば良いのだろうか。
そんなぐるぐると不安だけが頭の中で渦巻く中、一人の騎士が颯爽と馬車を横切った。
馬を巧みに操るその騎士は、闇夜でもわかる程、見事な夜の森のように艶のある深緑色の髪。
騎士の中でも一際大きい体躯。間違いない。グレンシスだった。
グレイシスは、あの乱闘の中、反逆者を蹴散らしここまで駆けつけてくれたのだ。
事態は何一つ好転していないのに、ティアは身体中の力が抜けるほどに安堵を覚えてしまう。
そして一瞬だけ視界に映った瞬間、グレイシスはティアに気付き、口を動かしたような気がした。
───待っていろ。
そう言われたような気がした。
グレイシスが本当にそう言ったのかはわからない。
けれど、ティアがそう感じたのは間違いではなかった。
それは、これからのことを考えると不安で、なにも言葉にできないというわけではないし、もちろん、つい先ほどのドレスの余った部分を指摘し合ったことを引きずって一触即発なわけでもない。
とにかく、車内が揺れて、揺れて、揺れまくっていて、会話ができないだけなのだ。
「な、なんで……アジェーリアさまは……へ、平気なんで……すか?」
グワン、グワンと目が回りそうな車内の中、ティアは相も変わらず窓枠にしがみ付きながら、堪えきれずアジェーリアに問いかけた。
そう。会話ができないのはティアだけで、アジェーリアは、まったく動じていないのだ。
ただただ静かに着席しているだけ。
しかも初めて着る庶民服に興味がおありのようで、袖を撫でたり、裾のレースに触れたりと余裕綽々のご様子だった。
ただ会話をしないでいるのは、ティアを思ってのこと。問いかけられれば、すぐに答える。
車の揺れに合わせ、それこそ小動物のように跳ねるティアを見て、くすりと笑いながら。
「なに、乗馬を嗜んでおれば、このくらい平気じゃ」
けんもほろろに答えたアジェーリアに、ティアは唖然とした。
てっきり高貴なる血がなせる業だと思っていたからだ。
「わ、私も……馬に乗れるようになったら……アジェーリア様みたいに───」
「ティア、無理に喋ろうとするでない。本当に舌を噛むぞ。それに、こういった事態に遭わないようにするのが一番じゃ」
「確かにそうで……うわぁっ」
アジェーリアに正論に、しみじみとティアが頷こうとした瞬間、馬車が急停車した。
異変を感じたアジェーリアは、窓に目を向ける。
そしてほとほと困り果てたといった感じで、ため息を付く。
「……どうやら、わらわ達が城外に出たのを気付かれてしまったようじゃな。待ち伏せされておったわ」
「ええっ!?」
片側の窓はアジェーリアが独占しているので、ティアは反対側の窓を食い入るように見つめる。
そして、見たことをひどく後悔した。
避難先のロハンネ卿の屋敷に向かう途中の道を阻むように、反逆者達がそこにいたのだ。
ひぃ、ふぅ、みぃ、10を数えてから、ティアは反逆者の人数を数えることを放棄した。
グレイシスが言っていた通り、道を阻む者たちは小規模な軍勢だった。
しかもご丁寧に反逆者の幾人かが、かがり火を手にしてくれているので、この状況が夜目の利かないティアでもしっかりと目にすることができている。
反逆者達は騎士のような揃いの衣裳など身に付けてはいない。
農夫のような恰好の者。商人の恰好をした者。兵士のようにきちんと甲冑を身に付けている者。
さまざまな服装の男たちが入り混じる中、一つだけ共通しているのは、全員、その手に武器を手にしていること。
「ここを通すわけには行かないっ」
「王女を、オルドレイ国の蛮人の元になどいかせないっ」
「誇り高きわが王族の血に、野蛮な血が混ざるなど許すものかっ」
その罵声は開戦の合図でもあった。
すぐさま騎士達は剣を抜く。
それと同時に、軍勢が一気にこちらに向かってきた。
きんっと独特の金属音と、男たちの咆哮が闇夜に響く。
間近に見る戦闘は、娼館育ちでそれなりのものを見てきたティアでも、さすがキツイものがあった。
でも、きっと同じものを見ているアジェーリアのほうが辛いに決まっている。
愛しいと思う民から、剥き出しの憎悪の言葉を向けられてしまったのだ。
その苦しさと痛みは計りしれない。
もしかして、自分の中にある恋心すら悪だと思っているのかも。
たまらない気持ちになりアジェーリアに視線を移した瞬間、馬車が派手に揺れた。
予期せぬ出来事に、ティアはものの見事に額をぶつけた。かなり痛い。
けれど、ずっと目を離すことなく窓からこの動向を見ていたアジェーリアから、それよりもっと衝撃的な言葉が放たれる。
「いかんっ。御者が入れ替わるっ」
「はい!?」
それって、ちょっと……いや、かなりヤバいのでは!?
敵国との婚姻を阻止するために王女ごと奪うなんて、なんてわんぱくな発想なのだろう。
そして、それ程までに、オルドレイ国が憎いのだろうか。
牧師憎けりゃ祭服まで憎いとは、まさにこのこと。
ティアは苦く思う。
特にアジェーリアの覚悟と恋心を知ってしまったからには、どうしても反逆者に対して怒りを覚えてしまう。
これまで心の中でしてきた舌打ちすら、自制ができず露骨にしてしまうくらいに。
「……ティア、ぬしは思いのほか気が強いようじゃな」
呆れる。というよりは、称賛に近い口調に、ティアはどんな顔をすればいいのかわからない。
なんとも言えない空気が車内を満たすけれど、状況は最悪の一途をたどっている。
馬車はぐんぐん走り出している。
喧騒が離れていくのが、今はとても不安でたまらなかった。
連れていかれるのは、どこなのだろう。
自分はちゃんと王女を演じ切ることができるだろうか。
そして、いつ、どこで、どうやって、アジェーリアを逃がせば良いのだろうか。
そんなぐるぐると不安だけが頭の中で渦巻く中、一人の騎士が颯爽と馬車を横切った。
馬を巧みに操るその騎士は、闇夜でもわかる程、見事な夜の森のように艶のある深緑色の髪。
騎士の中でも一際大きい体躯。間違いない。グレンシスだった。
グレイシスは、あの乱闘の中、反逆者を蹴散らしここまで駆けつけてくれたのだ。
事態は何一つ好転していないのに、ティアは身体中の力が抜けるほどに安堵を覚えてしまう。
そして一瞬だけ視界に映った瞬間、グレイシスはティアに気付き、口を動かしたような気がした。
───待っていろ。
そう言われたような気がした。
グレイシスが本当にそう言ったのかはわからない。
けれど、ティアがそう感じたのは間違いではなかった。
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