エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい

当麻月菜

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第一部 王女様のお輿入れ

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 ティアとアジェーリアは、夜通し恋バナをする予定ではあったけれど、結局、寝入ってしまった。

 二人の最後の記憶はほぼ一緒で、アジェーリアが強引にティアの腕を引き、長椅子からベッドに移動した途端、そのままプツリと意識が途切れてしまったのだ。

 長旅は、見えないうちに二人の体力を根こそぎ奪ってしまっていたようだった。

 翌朝、清々しい鳥の鳴き声と共に目を覚ましたティアは、隣で眠るアジェーリアを見て自分のしでかしてしまったことに青ざめた。
 反対に、すぐに目を覚ましたアジェーリアは、からからと笑うだけ。

 そして、恋バナの続きは移動の馬車へと持ち越された。

 もちろん国境まで危険な状態が続くことは、朝一番でグレンシスから聞いていた。
 だから、いつでも騎士達の指示に従うつもりでいた。

 けれど、それはそれ。これはこれ。

 カシャンと馬車の扉が閉まって、密室になった瞬間から、選手交代と言わんばかりに、アジェーリアは騎士達には内緒にしておきたい自身のソレを語り始めた。

 足場が悪くガタゴトと揺れる車内の中、最初はぽつりぽつりと、小声で。
 
 けれど次第に、アジェーリアの声は大きくなり、内容も明け透けとなってしまい、ティアはそこまで聞いて良いものなのかと困惑してしまう。

 けれど結局、自分がアジェーリアに自白を促したわけではないという結論に達し、きちんと最後ま耳を傾けることにした。
   
 そしてアジェーリアがようやっと語り終えるころ、太陽は西に傾き、馬車はトラブルに見舞われることなく無事に目的地に到着した。




 アジェーリアがウィリスタリア国で最後に泊まる宿は、国境に一番近い城塞だった。

 そこは先の戦争で、最前線の要塞となったところでもある。

 山頂に建てられたその外壁や厳つい門には未だに戦時中の傷跡を多く残している。
 だが、オルドレイ国に鉄壁と言わしめた程の堅固な建物であり、美しさは皆無であれど、一晩王族を護るものとしては最も適した建物でもあった。

 さて、本日もティアとアジェーリアは同室である。

 そんな今宵一晩二人が過ごす部屋の壁は、漆喰が剥き出しのままで、とても寒々しい。
 ちなみに標高が高い位置にあるため、初夏といえども部屋の中は少々肌寒い。

 けれど、それを補うかのように、部屋には鮮やかな色彩で溢れている。
 それはさながら、開店時間直前のメゾンプレザンの身支度部屋のようだった。

 そして現在、ティア達は獣も眠りに付く夜中だというのに、明日に向けての女子による女子の為だけの特別緊急会議を開いていたりする。



「ティア、右と左。ぬしなら、どちらを選ぶ?」
「……そうですね。左側の青紫色のドレスが良いかと思います」

 ベッドに投げ出された2着のドレスを見て、ティアは素直な感想を述べた。

 それはどちらも触る事すらおこがましいと思えるほど、趣向を凝らしたものだった。
 
 向かって右側がアジェーリアの瞳の色に合わせた藍色に、黒のレースと同じ色の造花がふんだんに使われたスッキリとしたデザインのドレス。
 そして左側のもう1着は、青紫色の生地に銀糸の刺繍が施された裾が広がるデザインのドレス。

 どちらも嫁ぐアジェーリアの為だけに作られた、国の威信をかけた一品であることは間違いない。
 
 ただ前者はシックで華やかさには欠けるし、後者は動きやすさには欠ける。

 オルドレイ国との国境に到着するのは、明日の夕方。
 それまで、まだ危険が伴うことを考えれば、前者のドレスを選ぶべきなのだろう。

 けれど、昨日、アジェーリアの2回目の告白を聞いてしまった以上、その甘酸っぱい気持ちを無視することはできない。

 なのでティアは、よりアジェーリアが美しく見える後者のドレスを選ぶことにした。

「んー……やはり、そうじゃな」

 アジェーリアも同じ気持ちだったのだろう。
 少し考える素振りはみせたものの、すぐにティアに同意した。

 そして、ぱんっと軽く手を叩いて、ティアに決定の合図を送る。
 ティアは心得たと言わんばかりに、選ばれたドレスをそぉっとハンガーにかけた。

 これでやっと、明日の衣裳が決定した。
 とはいえ、淑女の身支度はこれで終わりではない。

「あとは、髪型か……。これはまた難題じゃ」 

 アジェーリアは腕を組んで渋面を作った。

 けれどその頬は、少し温度の高い湯を浴びた後で、ほんのりと赤い。
 もしかしたら、明日に向けて何かしらの興奮を覚えているからなのかもしれない。
 
 そしてアジェーリアは、鏡台……と呼ぶにはあまりに粗末な、文机に鏡を置いただけのそこに近づき、自身の髪を持ち上げたり捻ったりと忙しい。

 その隙にティアは、お蔵入りになるドレスを丁寧に畳んでスーツケースにしまう。
 次いで、掛布が乱れてしまったベッドを整える。

 これで何とかアジェーリアの寝床は確保することができた。
 
 この旅で何一つ役に立っていないティアだったけれど、この手のことに関しては得意分野である。
 
 ティアは、やっと役に立っていることを実感して、ほっとする。
 本来の目的とは、遠くかけ離れているけれど。

「こういう時、黒髪は辛い……。どんな髪型にしても、暗い印象を与えてしまう」

 片付ける手を止めずに次の作業は何だろうと考えていれば、背後から悲痛な声が聞こえてきて、ティアは思わず振り返った。

 国宝級美しさを持つアジェーリアは、どうやらそれに加えて可愛さも求めているようだ。

 でも、それはワガママとは言わない。
 ある一種の症状に見舞われた女性は総じてそうなるものなのだから、仕方がない。
 それは身分に関係なく現れるもの。

 そしてティアは、そういう症状に見舞われた娼婦のお姐さま達を幾たびも見てきたので、対処も心得ている。

「明るい桃色のコサージュがあります。良ければ一度、それを使って髪型を試してみましょうか?」
「ああ、頼む」

 食い気味に頷いたアジェーリアにティアは背を向け、今しがた提案した髪飾りをこれまたそぉっと鏡台へと運ぶ。

 ちなみにティアの寝場所となる長椅子には、現在、漆黒の髪に花を添えるために用意された髪飾りの数々が並べられている。そして胸元と耳を飾る宝石類も。
 その床には、一列に並べられた靴、靴、靴。

 ティアも1ヶ月の長旅となるので、ある程度の着替えは用意してもらっている。
 誰が用意したかといえば、自分ではない。他の誰かが。

「───……わらわは、冷たい印象を与える。いっそ、前髪を切ってみようかのぅ」

 ついでに靴も選んでもらおうと、ティアがいくつか見繕って持ち上げた途端、後ろ髪と同じ長さの前髪を少し持ち上げて、アジェーリアはぽつりと呟いた。

「……え?それはちょっと……」

 誰が切るというのだ!?

 その言葉を飲み込みながらティアは、ぎょっと目を剥く。
 ついでにうっかり、靴を落としてしまいそうになった。

 金糸に銀糸。それにパールやレース。細部まで美しい装飾がされているそれは、落としてしまうことを前提として作られてはいない。

 しかも、有り合わせの布を敷いただけのこの硬い床では、落下と同時に破損すること間違いない。
 ティアは手のひらから、ぬるりと嫌な汗がにじんだ。

 壊したところでアジェーリアは弁償しろとは言わないだろうけれど、やはり輿入れ道具を傷つけるのは忍びない。

 そしてこれ以上、ヒヤリとする思いはご免こうむりたいティアは、思いつくままにアジェーリアに提案する。

「では前髪は横に流してみてはいかがでしょうか?それだけでも印象が変わると思います」
「ふむ。任せた」

 アジェーリアは素直に頷いて、櫛を手にしたティアに身を任せている。

「……ティアのように、柔らかい髪質であれば、わらわも少しは可愛げがあるように見えるのじゃろうか……」

 アジェーリアの口調は、王族特有のものなのに、その内容はとてもいじらしい。 
 そして不安を覚えるのは、とある人を想ってのこと。

 アジェーリアは和睦の為に、オルドレイ国に嫁ぐ。
 愛する国の為に身を捧げる気持ちは、誰よりも強い。

 けれど、誰にも言えない秘密があった。
 それは、嫁ぎ先の相手に、恋をしている……かもしれないということ。
 
 王族の結婚は、契約であり政治的な要素が強い。
 だからアジェーリアは、婚約者であるオルドレイ国の王子に恋心を持ってはいけないと、自分に言い聞かせてきた。

 不必要に相手に感情を求め、その結果、夫婦関係にひびが入るのを恐れていた。
 何より、かつて敵国であった王子に恋心を持つのは、国民への裏切りであると思っていた。

 そんな発想があることをティアは知らなかった。
 自分より年下の少女がそんな大きな規模で物事を考えていることにも驚いた。
 
 でもティアは、やっぱり小難しいことは考えられなくて、ただただアジェーリアの幸せしか考えられなかった。

「身分を弁えず申していいのなら、アジェーリアさまは、充分可愛らしいです。それに……私は見た目はどうかわかりませぬが、中身は可愛くはありませんので……」

 なんとかアジェーリアを元気づけようと思って口を開いてみたものの、最後の言葉は消え入りそうに小さくなってしまった。

 そんなティアを鏡を越しに見て、アジェーリアはくすりと笑う。 

「ふふっ。そうじゃろうか。存外、そういうティアを見て、逆に意識をしているのかもしれんぞ」

 含みのあるアジェーリアの言葉に、ティアが瞬きをした瞬間───。

「失礼しますっ」

 声と、ノックと、扉を開ける音は、ほぼ同時だった。

 そしてそんな不作法なマネをして飛び込んで来たのはグレンシス。
 彼は今まで見た中で一番険しい表情を浮かべていた。
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