エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい

当麻月菜

文字の大きさ
上 下
41 / 101
第一部 王女と、移し身の乙女の願い

11

しおりを挟む
 グレンシスは、ティアの一挙一動が可愛くて仕方がないかもしれない。
 対してティアは、グレンシスの一挙一動が怖くて仕方がないのだ。

 なぜならティアは、グレンシスがこの3年前間、ずっと自分に想いを寄せていたなど露ほども思っていないから。
 そして、その考えはこうしてグレンシスの腕に抱かれていても、優しく髪を撫でられても気付くことができないでいる。

 こんなことを言ってはアレだけれど、ぶっちゃけ態度が豹変したグレンシスに薄気味悪さすら覚えているのだ。

 そんなティアに向け、グレンシスは再び口を開く。
 ブラウンローズ色の髪を愛おしく撫でながら。

「お前、ずいぶん可愛げのないことを言うな」
「……なっ」

 途端に、ティアの眉間に皺が寄った。

 ああ、どうもどうも、悪かったですね。
 どうせ自分は、愛想笑いの一つもできない可愛げのない女ですよ。
 あと、髪触るのは、いい加減やめてください。

 という憎まれ口を、ティアは心の中で、めいっぱい叩いてみた。残念ながら、それを口にする勇気は現在のところ、ない。

 せめて空気で察して欲しいところであるが、グレンシスはティアの困惑に気付いていないフリをする。
 そして、3年間の想いを凝縮した言葉を吐く。

「……ずっと探していた」

 吐息交じりのグレンシスの言葉に、ティアの心臓は今までにないほど大きく跳ねた。
 そして、左胸の傷が甘く疼いた。

 そのまま臨終してしまう恐怖を覚え、ティアは思わず自身の心臓を叩いてしまった。

 傍から見たら、それは奇行でしかない。

 御多分に漏れずグレンシスは、怪訝そうな表情を浮かべるが、ティアの摩訶不思議な行動を止めるべく、その手首を掴んだ。

 けれどグレンシスの手はすぐに、俯いたティアの顎へと移動する。そして壊れ物を扱うような優しい手つきで、それを持ち上げ、無理矢理目を合わせた。

 グレンシスは、この際だから、確認しておきたいことがあったのだ。

「お前、あの時、髪色を変えていただろう?」

 急に咎めるような口調になったグレンシスに、ティアはすぐに反論した。

「変えてなんかいません。ずっと地毛です。ただ、髪色は勝手に変わりました。だから、その……不可抗力です」
「勝手に色が変わる?そんなことがあるのか?」
「あるみたいですね。実際、私が良い例です」
「……」

 淡々と答えれば、グレンシスは沈黙する。
 きっとティアの言葉を信じて理解しようと努めているのだろう。

 そしてグレンシスは、自分に言い聞かせるかのように呟いた。

「ブラウンローズの髪色に金色の瞳。それしか手掛かりがなかった。だが、珍しい髪と瞳だからすぐにみつかると思った。……が、こういうからくりがあったなど、さすがに想像もできなかったな」

 最後の言葉を言い終えると、グレンシスはティアに向けて、からりと笑った。

 手品の種明かしを聞いて、なんだなんだと納得したような笑いだった。
 けれど、その笑いは長くは続かなかった。

 表情を改め、とても真剣な顔になる。

「お前の事を忘れた日は一度も無かった。また会えると信じていた」

 グレンシスのその声は、決して大声ではないのに、心の芯まで届きそうな強い意志に裏打ちされたものだった。

「………っ」

 ティアの唇がわななく。
 まさか、ダイレクトにそんな言葉を受けるなんて、思ってもみなかったのだ。
 
 冗談抜きにして、ティアは一瞬、息が止まった。
 多分、心臓も跳ねるのを飛び越えて、完璧に脈が飛んだ。

 それくらい嬉しい言葉を向けられたのだ。
 でもティアは、年頃の少女のように頬を赤くしたり、『私もよ』と素直に気持ちを口にすることができなかった。

 だって、3年前の出来事を思い出したからといって、それでどうなるというのだ。

 ティアはグレンシスに対して恋心を抱いているのは自覚している。
 けれど、この先のことを望んではいない。

 この騒めき立つ恋心は、きっと今だけの事。
 この旅が終わり、いつもの日々に戻れば、穏やかに風化していくだろう。

 だから、もうこの話はいい加減やめてほしい。
 そして、勘違いさせる仕草も口調も、言葉遣いも今すぐ改めてほしい。

 そんなことを切実に願うティアは、もう限界だったのだ。
 驚きと、切なさと、嬉しさで、心がぐちゃぐちゃにかき乱されて、これまでの想いを衝動的に口にしてしまいそうで。

 なのにグレンシスは、ティアのなけなしの自制心をぶっ壊すような言葉を口にする。

「ティア、ずっと会いたかった」
「……どうしてですか?」

 とうとう我慢できず、ティアは、そう問うてしまった。
 私も、と同意する言葉を口にしなかったのは、奇跡としか言いようがなかった。

 対してグレンシスは、ティアからそんなことを聞かれるとは思ってもみなかったようで、ややたじろいだ。 

「え、いや……そ、それは………ありがとうと言いたかったからだ。そして、お礼をしたかった。……やっとそれがかなって嬉しい。ティア………お前、なにか、望むものはあるか?」

 グレンシスの答えは、取り繕うような歯切れの悪い言い方だった。
 きっと、適当なことを考えながら口にしたのだろう。
 
 でも、ティアは臍を曲げることはしない。

 3年前、グレンシスの傷を癒してから、ティアが望んでいたことは、全部で3つ。

 ずっとイケメンでいてくれること。元気で過ごしてくれていること。……そして、できることなら、自分を覚えていて欲しいと。
 
 その全部が叶ったのだ。
 だから、もう他に何も望むものはなかった。

「もう、既にいただいていますので、お礼など不要です」
「貰っているだと?……俺はお前に、なにもやった覚えはないぞ」

 少しの間を置いて、グレンシスは身を屈めてティアを覗き込んだ。手綱を握ったまま、なぜかしかめっ面で。

 ───こっちを向くな。前を向け。

 ティアは仰け反りながら、イケメン騎士様に向かって前方を指さす。
 そうすれば、グレンシスは少し……いや、かなり不満げではあったけれど、視線を戻してくれた。

 さて、突然だけれど、移し身の術には、3つの禁忌がある。

 一つ目は、長い苦痛を与える為に移し身の術を使うこと。
 二つ目は、移し身の術を生業としないこと。
 三つ目は、移し身の術を戦争の道具にしないこと。

 言い換えるなら、ティアが術を使うのはすべて善意の行動で、金銭を求めるための行動ではない。

 そして、術を使えば体調を崩すし、傷を引き受ければ痛みを伴うけれど、ティアは術を使うことを躊躇わない。

 その理由は、ひとえにこれしかない。

「私の願いは、いつも誰かの役に立ちたい。それだけです」

 グレンシスの質問の答えにはなってはいないことに気付いたティアは、慌てて補足をする。

「人は産まれたら死ぬものです。でも、生きている限り、笑っていて欲しいって思うんです。辛いことや痛いことで時間を割いて欲しくないんです。幸い私には、傷を癒す力があります。だからこの力で、騎士様が充実した時間を過ごすことができたなら……その、お手伝いができたなら、私は、もう十分なんです。騎士様が、こうして生きていてくれることが、何よりのお礼なんです」

 ティアは個人の気持ちを隠して、移し身の術を使う人間としての想いだけをグレンシスに伝えた。

「───……そうか」

 長い間の後、グレンシスはかすれた声でそう言った。

「はい。……騎士様、お元気そうで何よりです」

 ティアは、もしまた会えたら伝えようと思っていた言葉を、グレンシスに伝えることができて、ただただ嬉しかった。

 一生分の幸せを先払いで貰ったかのように、今までにない程の大きな喜びを噛み締めていた。
しおりを挟む
感想 143

あなたにおすすめの小説

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

【短編版】虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~

八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。 しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。 それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。 幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。 それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。 そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。 婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。 彼女の計画、それは自らが代理母となること。 だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。 こうして始まったフローラの代理母としての生活。 しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。 さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。 ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。 ※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります ※「小説家になろう」が先行公開で、長編版は現在「小説家になろう」のみ公開予定です

急に王妃って言われても…。オジサマが好きなだけだったのに…

satomi
恋愛
オジサマが好きな令嬢、私ミシェル=オートロックスと申します。侯爵家長女です。今回の夜会を逃すと、どこの馬の骨ともわからない男に私の純潔を捧げることに!ならばこの夜会で出会った素敵なオジサマに何としてでも純潔を捧げましょう!…と生まれたのが三つ子。子どもは予定外だったけど、可愛いから良し!

処理中です...